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回顧録4 ブラッドパイソン

引き続き回顧録です。

「ご馳走様でした。美味しかったです、また来ますね!」

「毎度ありー!」

 店主にお礼を言って屋台を出る。

 クラウスさんはお代を払うため店主と会話しているのだが、何やら「ブラッドパイソン……精……が……今夜……朝まで……」など店主の言葉が零れ聞こえてきた。

 はて? なんの事やら。


 しばらく待つと直ぐにクラウスさんがやって来た。

「クラウスさん、お店の人と何話してたの? なんかすごく楽しそうだったけど……」

「いや、楽しそうなのは店主だけだったろう? ちょっと揶揄われただけだよ」

 クラウスさんはそう言うと苦笑いをし「次のお店に行こうか」と私の肩を寄せた。

 さっきまでは手だけの触れ合いが、今度は肩から背中にクラウスさんの温もりを感じる。

 少しドキッとしたが、ほんのりと酔いが回っているのか、私もクラウスさんの腰に手を回し、頭をクラウスさんに預けた。


「リリー……酔ってる?」

「ん〜ちょっとだけ。どうしたの?」

「いつもは恥ずかしがるのに……今日は素直だなって」

「うん……ちょっと……甘えたくなっちゃった」

 酔いのせいか素直な気持ちがスルスルと溢れ出る。


「……っ! 今のは……グッとくる……」

「え? 今なんて?」

 周りの賑やかな雰囲気のせいか、クラウスさんの言葉が聞き取れなかった。

「いや、いつもそうやって素直に甘えてくれると嬉しいな……と」

 クラウスさんの目を見ればどことなくいつもと違う笑みを向けている。

(あ……もしかして……照れてる?)

 いつもは私ばかりがドキドキさせられているので、クラウスさんの照れた顔が見られて上機嫌になってしまう。

 好きな人のそんな顔を見ると、キュン……と胸が締め付けられるようだ。

(ああ……やっぱり私、クラウスさんの事が好だわ)

 改めてクラウスさんに対する想いが強くなったようだ。


「ねぇ。次はどのお店にしよっか?」

「そうだな……リリーはまだ食べられそう? それに酔いの方は大丈夫?」

「お腹はまだ半分くらいかな。酔いは……焼酎2杯、しかも薄めの2杯だからほんのりいい気分くらい。もう少し飲みたい気分よ」

「そうか。それじゃあもう一軒だけ寄っていこうか」


 肩を寄せ合いながらいい気分で歩いていると、一軒だけ一際賑わいを見せている屋台が見えてきた。

 屋台には蒸籠のようなものが並べてあり、蒸気がシュワシュワと立ち上っている。先程の炭火焼きの香ばしい香りとは違ったほっこりする香りだ。


「クラウスさん、あのお店気にならない?」

「どれどれ? あぁ本当だね。なんの屋台だろう? 行ってみようか?」

「少し混んでいるようだけど……うん、ちょっと覗いて見ましょう」


 行列が出来ているということはきっと美味しいお店のはず。今日は少し遅くなっても大丈夫なので、思い切って並んでみることにした。

 こちらの屋台ではカウンター席は無く、屋台の前にテーブルと椅子が並べられている。どのテーブルも家族連れや友達同士のグループなどが多く見受けられた。


「いらっしゃい。ここは蒸し料理専門屋台だよ! お客さん、何にします? ……って、満席か」

 店主はぐるりと周りを見渡すと、申し訳なさそうな顔をした。

「すまねぇな。満席のようだから少し待つか……それとも持ち帰りにするかい?」


 確かに周りを見れば満席で、家族連れや友人同士のグループがが楽しげに食事をしている。

 折角二人で外食をしに来たんだ、持ち帰って家で……では夜市の雰囲気が台無しだし、外で食べるから美味しい……ってのもあるしね。


「私は少し待ってもいいから外で食べていきたいわ」

「そうだな。リリーにとっては初めての夜市だからな」

 クラウスさんのその言葉を聞いて店主がハッとする。

「なんだ、お嬢さん。夜市は初めてか! もしかして観光客かい?」

「まぁ、当たらずとも遠からずってとこですね。夜市ってとても賑やかで楽しいですね」

 私がそう言うと店主は少し考え、何かを閃いたようだった。

「そうだ! お二人さん、もし良かったらこの屋台の裏に広場があるんだが、そこで食べていくってのはどうだい? そこなら夜市の賑わいも感じつつ、ゆっくりしていけるぜ。意外と知られてない穴場だからそんなに人はいないはずだ」


「広場か……うん、そこで食べていきましょう」

 私達は店主の提案に乗ることにして、三種類の料理を注文した。

 しばらく待てばホカホカの料理が袋に入れられ、中には箸と思しき物も入れられた。

(おお! ここってお箸の文化もあるのね! 今までどこでも見たことがなかったけど、王都なら探せばあるのかもね!)

 そんな事を思いつつも飲み物を注文しようとすると、店主から初めての夜市へのサービスとして店主お勧めの果実酒を頂いた。

 

 店主が言うようにすぐ裏にはちょっとした広場があり、間隔を開けてベンチが設備されてある。

 屋台の喧騒は広場まで届いているものの、程よく静かな雰囲気が落ち着く。

 既に二つのベンチはカップルであろう男女が私たちと同じようにお酒を飲みながら談笑していた。


 クラウスさんは懐から取り出したハンカチをベンチに敷き「どうぞ」と勧めてくれた。

 二人でベンチに座ると、先程購入した袋を開けると、ホカホカの蒸気がフワリと広がる。


「美味しそうね! こっちはパオって言ってたわね」

 パオは肉や野菜などの具材を薄い生地で包んだ食べ物だ。中には肉や野菜の他、スープが入っていて、箸でつつけばタプンと揺れる。

 薄い生地なのに突いても破れないこの生地……何で出来ているのだろう?


「こっちは赤が鮮やかだな。身がプリっとした美味そうなロブだな」

 クラウスさんが言うようにもう一品は、大きな海老にチリソースの様なものがかけられた食べ物だ。

 殻を剥かれた海老はブラックタイガーほどの大きさがありそうだ。川海老と聞いていたので、こちらの川にはそんな大きな海老が生息しているのだろう。驚きだ。


「最後はお魚料理だったわね。何て言うお魚だったかしら?」

「フランだね。この地域で最もよく食べられる魚だよ」

 最後の一つは白身魚のフランをすり潰してつみれにしたお料理だった。

 まるではんぺんのようにフワフワとしたその身には、細かく刻まれた食材が混ぜこまれている。


「それじゃあ頂きましょう」

「そうだな。熱いから気をつけるんだよ」

 まるで子供を心配するかのように火傷の心配をしてくるクラウスさんに笑ってしまう。

 まずはパオを箸ではさみ口の中へと運ぶ。一つが一口サイズで出来ているので丸ごと口の中に運べば、噛んだ瞬間中からジュワッとスープが溢れ出した。

 これはアレだ……そう、小籠包だ。


「お肉の味が染みたこのスープ、とっても美味しいわ!」

「そうだな。中の野菜も歯ごたえがあっていいね」

「そうだ、お店の方のサービスのお酒、果実酒って言ってたわね」

 クラウスさんに一つ渡して二人でカップに口を付ける。


「うわ……これ、グリーンフルーツだ……って、アルコール強っ!」

 程よく甘酸っぱいグリーンフルーツが口の中に広がるや否や、飲み込んだ後に広がるアルコールの香りが鼻から抜ける。

「ははは! 本当だね。果実酒も様々あるからね、酔いが回らないように少しずつ飲むといいよ」

「そうね。これって原液そのまま……ストレートなのね」


 ちびちびと口に含みながら料理をつつく。強いアルコールも慣れてくれば脂っこい料理をサッパリと流してくれる良いお供だ。

「この大きなエビもプリプリして美味しい……」

 チリソースだと思っていたソースは、辛味がない甘めのソースで、子供にも食べやすい料理のようだ。

「この海老はロブと言ってね。森の中にある湖でよく獲れるんだ」

「へぇ! 湖なんだ。川海老って言っていたからてっきり、こちらの川ではこんな大きな海老が生息してるんだろうな。って思ってたわ」

「湖から流れ出て川に生息しているロブもいるからな。一括りに川海老と呼んでいるのだろう」


「フランのつみれも中に混ぜこまれた食材がいい歯ごたえね。フワフワで優しいお味。グリーンフルーツにも合うわね」

「確かにどの料理にも合うな……今度、二人で新しい果実酒を探してみるのもいいな」

「ふふふっ。楽しそう。二人でね」

 この先の予定を二人で考えられるって、こんな嬉しいことはないわね。


 その後も楽しく語らいながら残った果実酒を全部飲み干した。

 帰る頃には心地よく酔いが回った私は、クラウスさんに身を預けゆったりとした足取りで帰路に着いた。

 辻馬車の中でも会話は途切れることがなく、話が弾む。

 このまま家にたどり着けばそんな楽しい時間はそこまで……何となく名残惜しくクラウスさんの肩に頭を預けた。


「さて、今日は楽しかったね。次は果実酒巡り、楽しみにしているよ」

 気が付けばあっという間に家の前。

「うん」

「だいぶ酔ってるみたいだから足元気を付けるんだよ」

「うん……」

「リリー……?」


 これは我儘だろうか。あんなに楽しかったはずなのに、別れの時間が訪れ一気に気が沈む。

 明日だって明後日だって何時だって会えるのに、たった一晩離れるのがこんなに寂しいとは。

「そんな顔をされると……俺も離れづらくなるよ?」


「まだ、も、もう少しだけ……」

 酔いの勢いとは何と恐ろしいことか。

「リリー……」

 気が付けばクラウスさんの腰に手を回し、深く深く口付けを交わしていた。

 クラウスさんも私の頭を支え、何度も何度も口付けをかわす。


「まだ、離れたくない……」

「リリー、それはどう受け取ったらいい?」

 戸惑うクラウスさんをよそに私は玄関の扉を開けた。


「お願い……」


 リリーのたったその一言でクラウスの理性は吹き飛んだ。

 一瞬たりとも離れたくないと、口付けを交わしながらクラウスは後ろ手に扉を閉めた。


 今宵はブラッドパイソンお陰で眠れぬ夜となりそうだ。


 【ブラッドパイソン】

 真っ赤な血のような鱗を持ち、また非常に固い鱗によってその身を守っている蛇型の魔獣。

 固い鱗を剥げばしっかりとした肉厚の身が現れる。

 鱗は素材として、身は食材として重宝されており、非常に精が付く食材となっている。

 庶民の間ではここぞと言う時の精力剤として扱われることも。


++++++++


(ん……眩しい……)

 窓から差し込む朝日にギュッと目を瞑り、寝返りを打つ。

(暖かい……ん? 暖かい!?)

 隣に感じる気配にバッ! と起き上がった。

「リリー、おはよう」

 そこには眠たげな表情のクラウスさんが……


(な、なななな、何でクラウスさんが!? まずい……お、思い出せない)

 必死に思い出そうにも辻馬車に乗った辺りからの記憶が曖昧だ。

 それでも玄関前で深く口付けをした事は覚えている。まさか……そのまま!?

「リリー?」

 クラウスさんの言葉にギクリと固まる。

「昨日のリリーは……情熱的で翻弄されてしまったよ」

 ……はわわわわわ! な、なんて事なの! 

 そう慌てていると、「ふっ」とクラウスさんが笑を零した。


「ふふっ、はははっ! リリーは可愛いね。何も……ではないけどしてないよ。まさか生殺しにさせられるとは思っていなかったけどね」

 な、なな生殺し!? 改めて状況を確認すると、服が乱れているものの、二人とも服を着た状態でベッドに横になっていた。


 どうやら二人で部屋になだれ込んだ後、私は酔いのせいか寝落ちしてしまったらしい。

 クラウスさんは仕方なく帰ろうとしたのだが、私に服をがっちり捕まれ仕方なくそのまま朝まで過ごしたそうで……

 なんて! なんて事を!

「ごっ、ごめんなさい……」

 聞けば誘ったのは私の方からだったらしく、合わせる顔がなく布団に潜り込んだ。


「さすがにこの状態で眠れるはずもないからね。可愛いリリーの寝顔を堪能させてもらったよ。よく我慢した俺にご褒美を貰わないとね」

 そう言ってクラウスさんは同じく布団に潜ると、しばらくの間私を翻弄したのだった。


【酒は飲んでも呑まれるな】

見事に酒に呑まれたリリーと、とばっちりを喰らったクラウスのお話でした。

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