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回顧録3 夜市

ブックマーク、評価、ありがとうございます。

「うわ〜! 賑やかね! これが庶民の夜の台所、夜市なのね!」

 目の前には屋台がずらりと並び、火が灯されたランタンが夜の街を照らしている。

 辺りにはいい香りが漂い、空腹を刺激してくる。


「こうして城下の街には所々毎日夜市が開かれているんだ。庶民の夜は家族で夜市で夕食をとるのが一般的と言われているね。俺も初めて夜市を見た時は驚いたよ」

 クラウスさんがそう説明するように屋台の前に併設された机と椅子には、家族であろう親子が何家族も見受けられた。

 その他にも、食べ歩き可能な軽食もあるので、若い男女は手を繋ぎながら仲睦まじく歩く姿が見られる。


「ねぇ、クラウスさん。もし良かったらなんだけど……」

 私はクラウスさんと組んだ腕をそっと外し右手を差し出した。

「手を……繋いでくれる?」

 私の言葉に周りを見渡したクラウスさんは「なるほど」と頷く。

「確かにここは庶民の台所。ここは彼らに合わせるべきだな」

 そう言えば、クラウスさんを見てみると庶民に合わせてかいつもより落ち着いた服を着ていた。この場に浮かないようにわざわざ用意してくれたのだろう。


 私の差し出した手をクラウスさんの手が包む。その手は大きく、武骨……とまでは行かないが、剣だこの残る剣士の手だった。


「俺の手は固くてリリーの手とは真逆だな。不快ではないかい?」

「ううん。全然。クラウスさんの手は……皆を、この国の皆を守る立派な手よ。それが不快なわけないじゃない。私はこの手が好きよ」

 繋いだ手を肘を折り近づける。するとクラウスさんは口角を上げ、耳元で囁くように「好きなのは俺の手だけかい?」などと聞いてきた。

 その声が、吐息が私の体をゾクリと泡立たせる。

(なんて事を! ああ……耳が……痺れる)

 クラウスさんの不意打ちに言葉を返せず口をパクパクしていると、クラウスさんは満足気に笑った。

「俺のリリーは可愛いね。耳まで真っ赤」

 そう言って繋いだ手に軽く口付けを落とすと、何食わぬ顔で歩き続けた。


「も、もう……不意打ちは卑怯よ……」

 私の呟きは夜市の騒めきに溶け、クラウスさんの耳には届かなかった。


 未だ胸の鼓動が収まらないがしばらく手を繋ぎ、どこのお店にしようか悩んでいると、聞きなれた声が聞こえてきた。

「おう! クラウスじゃねえか! それに嬢ちゃんも! 何だい、デートかい?」

 声をかけてきたのは持ち帰り用の袋に料理と飲み物をぶら下げた梟の亜人クインツさんだった。


「クインツさん! クインツさんも夕飯ですか?」

「まぁな。儂は人が多いところはあまり好きではないからな、いつも屋台で酒とツマミを買って家で晩酌してるだよ」

「クインツ……あまり飲みすぎるなよ?」

「馬鹿野郎、儂の座右の銘は『酒を飲んでも飲まれるな』だ。儂にとっては適量よ! 儂にとっては薬のようなもんさ」

 そう言ってホーゥホゥホゥと笑うクインツさんに少しばかりお節介な言葉を送った。


「ねぇ、クインツさん。私の故郷にね『酒は百薬の長』なんて言葉があるのよね。適量のお酒はどんな良薬にも勝るって言葉よ」

「ホウ! 嬢ちゃんの故郷は儂と気があうな!」

「でもね、続く言葉に『されど万病の元』って言葉が続くの。飲みすぎは駄目よ」

 私の言葉にクインツさんは「ムムムムム」と言葉を失ってしまった。


「ハハハハハ! クインツもリリーの前では形無しだな。心配されてるんだ、少しは自粛してくれよな」

「分かっとるわい! 嬢ちゃんの言葉だったら悪いようには思わんよ」

「ふふふっ。おすすめは週に一度の休肝日を設けることよ。一週間に一度はお酒を飲まない日を作ることです。ぜひ試して見てくださいね」


 クインツさんは「善処する」との言葉と共に、おすすめの屋台を教えてもらいその場で別れた。


「おすすめの屋台教えてもらって良かったわね」

「ああ。俺も隊の皆で何度か来たことはあるが、詳しくは分からなかったから助かったよ」

 夜市は人混みで溢れているが、しっかりと繋がれた手は離れることなくしっかりと握られているため、逸れることは決してない。

「何も分からない所から二人でお気に入りの場所を見つけるのも楽しそうだけどね」

「そうか、そういう考えもあるわけか。それじゃあクインツの勧めの屋台の後は二人で色々な屋台を見てみよう。ここの通な歩き方は何軒かの屋台を渡り歩きながら飲むことだからね」

「ええ。楽しみね!」


 二人で語り合いながらしばらく歩けばクインツさんのおすすめの屋台が見えてきた。

 屋台からは白い煙がもくもくと空へ上っている。そして、香ばしく、炭火の香りが鼻をくすぐる。

「いい匂いね」

「ああ。ここは……串焼きの店か!」

「ほんと、炭火で串に刺したお肉を炙ってるのね」


 お店を覗けば、頭にタオルを巻いた店主が「いらっしゃい! 好きな席へどうぞ!」と声をかけてくれたので、丁度よく二人分空いていたカウンター席へと座る。

 目の前には長い炭火の焼き台の上に、香ばしく焼かれたお肉が並べられていて、時折パチッと炭火の爆ぜる小気味良い音が響く。


「クインツさんいいお店知ってますね」

「流石酒飲みは違うな。後で礼を言っておこう」

 教えてくれたクインツさんに感謝しなきゃね。そう二人で話していると、私たちの会話が聞こえたのか、店主が声をかけてくれた。


「あんたらクインツ爺さんの知り合いかい? あぁ、すまねえ。常連の名前が聞こえちまってな」

 店主は炭火をおこす団扇でパタパタと顔を仰ぎながら尋ねてきた。

「ええ。クインツさんにはいつもお世話になってます」

「店主に覚えてもらえると言うことは余程ここの屋台に顔を出しているのだな」

「ああそうさ! 有難いことに週に一度は必ず現れるな、あの爺さん。さて! ここは魔獣肉専門の串焼き屋だ。話もいいがまずは注文だ。何にする?」


 裏表一枚の木でできたメニュー表を眺めても、何を頼んだらいいか正直迷ってしまう。中には聞いたことの無い魔獣もあって中々に注文しづらい。


「ん〜どうしようかしら……お勧めは何ですか?」

 初めて来たお店で迷った時はやはりお店の人のお勧めが一番だ。

「そうだな……今日のお勧めはブラッドパイソンとウイングラビットだな。結構レアな肉なんだが、今日は安価で仕入れられたから是非注文してくれ。特にそっちの兄さんにはブラッドパイソンを勧めるよ!」

「ブラッドパイソン……クラウスさん知ってる?」

「ああ。何度か討伐をした事がある。血のように赤い鱗の蛇の魔物だな」

「え!? へ、蛇!?」

「硬い皮を剥ぐのは大変だが、肉質は柔らかかったな。見た目はアレだけど味は格別だよ。折角だから俺はパイソンを注文しよう。リリーはどうする? 折角だからウイングラビット注文しようか?」

「そうね。パイソンはちょっと抵抗あるからラビットをお願いします。あ、それとこっちのお野菜の串も少し下さい」

 ウイングラビットは翼の生えた大型の兎で空高く飛ぶことは出来ないが、その大きな体をほんの少し浮かせることが出来き、浮力を使いながら跳ねる珍しい兎の魔獣だ。

 前に食べたホーンラビットは少し肉質は硬かったが、美味しかったので、ウイングラビットもきっと美味しいはず。

 お肉だけでは胃もたれしそうなのでお野菜もしっかり食べるわよ。


「あいよ! それから飲み物はどうする? 俺のお勧めは最近開発したリモーネショーチューだ。ここ最近城下で人気のショーチューを水で割ったものにリモーネを絞って加えた爽やかな飲み物だぜ。魔獣の油もスッキリさせてくれるってわけだ! 女性にはステビアほんの少し加えたものが人気だな」


 ステビア……最近ではこうしてステビアが庶民の台所でも活躍するようになった事が嬉しく思う。クラウスさんを見ると私が何を考えているのか分かったみたいで、微笑んでくれた。


「それじゃあリモーネショーチューを頼む。リリーも同じものでいいかい?」

「うん。あ、私のはショーチュー少なめステビア入りで!」

「了解!」


 注文して程なく直ぐに飲み物が運ばれてきた。

「それじゃあ、リリーの初夜市に乾杯」

「ふふっ。乾杯」

 グラスを合わせて一口飲めば、爽やかな風味が口いっぱいに広がる。

「ほんのり甘くて飲みやすい。これなら確かに脂っこい串焼きにも会うわね」

「俺のは甘味は入ってないから尚更スッキリしそうだ」

 二口ほど飲むと今度は串焼きが焼きあがったようだ。


「はいよ! お待ちどう! 兄さんにはブラッドパイソン、お姉さんにはウイングラビットと野菜の串焼きだ。それぞれ部位三種の盛り合わせだから違いを楽しんでみてくれ」

 お皿には焼きあがったばかりの串焼きが湯気を立てて並べられた。カウンター席は、焼いて直ぐに目の前のお皿に置いてくれるようだ。


 二人で「いただきます」と言って一口かじれば、ラビット特有の野性味ある味が口の中に広がった。

「ん〜! 美味しい〜! これホントにもも肉なのかしら? ホーンラビットと違ってさほど固くないのね。浮力を使いながら跳ねるから肉質が固くならないのかもね。ほんのりとした塩味が旨味を引き立てるみたい」

「こっちのパイソンも脂が乗ってて柔らかくて美味しいよ。こっちは甘めのソースが絡んで……うん。リモーネショーチューとも合うな」


 ウイングラビットはもも肉と背ロース、そして翼の付け根部分の三種の串焼きだった。

 どれも歯ごたえが違い、脂身は少ないものの、その分しっかりとした肉の味が感じられる。

「ねぇ、クラウスさんもウイングラビット食べてみない? とっても美味しいわよ」

 クラウスさんにも食べてもらいたくて、串から肉を一つ外そうとすると、「いいね」と言って口を開けた。


「えっ?」

「一つくれるんだろ? ほら」

 クラウスさんは催促するように口を開いている。

(これって食べさせろってこと!? これって……恋人同士の憧れ、「あーん」じゃない! これって異世界共通なの!?)

 もはやパニックである。しかし、いつまでもクラウスさんを待たせておく訳には行かないので、外した肉を串に軽く刺してクラウスさんの口元に運んだ。


「うん。これも美味しいね。ホーンラビットは野営でよく食べていたが、それよりも肉質は柔らかいしホーンラビット程の血肉の味はしないな」

 クラウスさんは満足そうに私を見ると、グラスの中身を煽った。いつもは上品にワインを飲んだりしているのだが、今日のクラウスさんはいつもと違うようだ。


「クラウスさん、いつもはそんな飲み方しないのに、珍しいね」

「そうだね。きっと……リリーと二人だから浮かれているのかもね」

(クラウスさんが浮かれてる? 私と一緒だから?)

 クラウスさんのその言葉に驚く。

(でも……嬉しいな。信頼してくれてるみたいで嬉しい)


 その後もお酒のお代わりと別の串焼きを注文して、一時間ほど楽しい時間を過ごしたのだった。


 

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