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加工屋のくまさん

 屋台からしばらく歩いていくと、次第に周りの建物や雰囲気が洗練された造りへと変わっていく。

 都民の居住区から商業街へと近づいた証拠だ。とは言っても、居住区と商業街は特別区な切りがある訳ではないので、自由に行き来が可能だ。

 まずはマダム・ミンディの服飾店へと向かい、私とリリアナの服を引取りに行く。


「あ、俺は外で待ってるから……」

 ジャンクはそう言うと、マダム・ミンディのお店のドアの横に背中を預けた。

 前回ここに来た時、珍しい毛色のジャンクはマダム・ミンディとそのお弟子の三人の興味を大変引き、もみくちゃにされてしまったので、苦手なのだろう。ある意味モテモテだったのだが、あまりにもグイグイと食いつく四人に完全に引いてしまったのである。

 私は苦笑いをすると、リリアナを連れてマダム・ミンディの服飾店へと入っていった。

 

 チリンチリンと可愛らしいドアベルが鳴ると「いらっしゃ〜い」とマダム・ミンディが迎えてくれた。

 今日、服を引取りに来るのは伝えてあったので、トルソーには二人分の衣類が何着もかけてあった。

「こんにちは、相変わらず仕事が早いですね。これが頼んでいた服ですか?」

「そうよ〜。可愛い服を作っていると、時間なんてあっという間に過ぎちゃってね〜。今回は特にリリアナちゃんの服に力を入れちゃったわ。実際に見てもらいましょうね」

 マダムはそう言うと、一着の袖付きのローブのような服を運んできた。


「ジャジャーン、これさえあればどんなに強い日差しでも、その白いお肌もバッチリ守られるわ!」

 そう言って見せてくれたのはシルクのような素材でできたローブだった。

 常夏の南の島へ行くのにローブだなんて、逆に暑いのではないだろうか……などとおもうが、リリアナにとってはこれが大事なのだ。

 リリアナは元は森の奥地で暮らす狩人だ。森の奥は陽の光が余り入らず、直射日光に当たることは滅多になかった。

 そのため、リリアナの真っ白な肌は陽の光に敏感なので、日焼けなどしてしまえば大事になってしまう。

 私達と暮らすようになって、だいぶ陽の光にも慣れたが、南の島の強烈な日差しには耐えられないだろうと、このローブを用意してもらったのだ。


「随分と薄い生地ですね。それに、なんだろう……生地がひんやりする?」

 ローブを手渡されたリリアナは、その不思議な触り心地に首を傾げている。

 私もローブを触ってみると、やはりひんやりとした触り心地だ。うん、これならリリアナも南の島で快適に過ごせそう。


「もう、リリーちゃんのアイデア最高よね! 大大大成功よ!」

 そう、実はこのひんやり効果は私のアイデアで、最初にリリアナの肌を守るための服を相談しに来た時に提案したものだった。


 リリアナの肌を守るためマダムは一枚の生地を持ってきた。その生地は薄いのに丈夫で、陽の光に透かせても光が貫通しない特別な生地だった。

 これならばリリアナの肌を守れると喜んだのだが「それでもきっと暑くて蒸れるでしょうね」と一抹の不安が残ってしまった。だが、そこでふと日本にいた時を思い出した。


 ……そういえば日本にいた時、触れるとひんやりするタオルとかインナーあったわよね。あれってどうなってるんだろう……。ってかそもそもここ、魔法が使えるんだから魔法で何とかならないのかしら? そうだ! 例えば魔石を使って……

「マダム、ちょっと提案したいことがあるんですけど、ダメで元々くらいの感覚で聞いてもらえませんか?」

 

 そう言って提案したのが、このひんやり生地だった。

 どうやったかと言うと、散々実験した結果、私の魔法で生み出した精製水に、氷の魔石を粉になるまで砕いたものを溶かし、そこにさっきの生地を浸してみたのだ。

 

「もう、リリーちゃんのおかげでお店は大繁盛よ。魔石を砕くなんて誰も考えなかったことですもの。おかげで貴族のご婦人方やお嬢様方が挙って注文をして下さるのよ」

 マダムが言うには、貴族のドレスは見栄えはいいが、夏は暑くて蒸れてしまう。だが、見栄えのためにひたすら我慢していたのだとか。

 確かに、真夏にあのドレスを着なくてはならないと思うと、嫌気がさすだろう。


「リリーさん、マダム、ありがとうございます」

 リリアナはローブを羽織り可愛らしい笑顔を見せてくれた。


 残りの衣類を受け取ると、私達は次の目的地の装備屋へと向かった。


「いいもの作ってもらえてよかったな、リリアナ」

 マダム・ミンディのお店を出ると、ジャンクはリリアナにそう声をかけていた。

「うん。これで皆に迷惑をかけないで付いていけるわ」

 リリアナは本当に嬉しそうに微笑んでいる。

「馬鹿だな〜。誰も迷惑だなんて思ってないって。リリアナは皆に遠慮しすぎなんだよ。俺も最初はさ、ちょっとは遠慮してたけど、ずっとリリーさんに付いていくって決めてからは遠慮しないようにしてるんだ。その方がリリーさんも気が楽だって言ってるしね。リリアナもさ、色々心配なことあると思うけど、もう少し肩の力を抜いていこうぜ。リリアナの姉さんの事は俺も協力するからさ」

 リリアナを気遣うジャンクの言葉に、私もうんうんと頷いた。


 マダム・ミンディのお店からほど近い場所に、私たちの目的地である【加工屋】が見えてきた。

 加工屋とは、魔石や素材からオリジナルの装備を作ってくれるお店である。

 因みに、既製品は【武器屋】と【防具屋】で販売されている。


 ここへは私からの注文の品と、ジャンクの武器となる物と、防具を注文してある。リリアナの武器はその身に宿る魔力から作り出される魔弓と矢なので、防具のみの注文だ。


「こんにちは」

 扉を開け声をかけると、「おう! 来たな!」と威勢のいい声が聞こえる。この加工屋の主、バーニーさんだ。

 ドスドスとゆったり歩くバーニーさんは、身長二メートルで茶色い髪に丸い耳がトレードマークの熊の亜人さんだ。


 ここの加工屋は、特務部隊でもお世話になっている超一流の加工屋で、本来なら一見さんお断りのお店なのだが、特務部隊の紹介状と蜂蜜たっぷりのハニーマフィンを持参したら、「しょ、しょうがねぇな、俺はそんなに甘いもの好きじゃねぇが、折角だから貰っといてやる」と、お土産を受け取り、私たちの注文を取ってくれることとなった。


 甘いものは好きじゃない……なんて言っていたが、事前調査で甘いものが大好きなことは把握済みだ。ガウルさんいわく、「男が甘いものが好きだなんてバレると、舐められそう」と言っていたとか。そんな事ないのにね。


「バーニーさん、良かったらこれどうぞ。また作りすぎちゃったのでお裾分けです。また懲りずに甘いもの持ってきちゃいました」

 そう言ってアイテムボックスから取り出したのは、ハニーレモンのアイシングケーキと、キンキツの実の蜂蜜漬けだ。

「また甘いのかよ……俺は甘いの苦手だってーのに。しょうがねぇ、貰ってやるよ」

 バーニーさんは、そう言って仕方なさそうに受け取ってくれた。丸いしっぽを全力に振って……。喜んで貰えてるようで何よりだ。


「よしっ、それじゃあお披露目と行くか!」

「はい、お願いします」

 バーニーさんは、一旦奥の部屋へ行くと二本の包みを抱えて戻ってきた。

「待たせたな、まずはそっちの坊主の武器だ。ほら、自分で開けて確かめてみろ」

 バーニーさんは、そう言ってジャンクに二つの包みを渡した。


「あ、ありがとうございます!」

 ジャンクは丁寧に包みを開ける。すると、中からくの字に湾曲した幅の広い刀身がその姿を現した。

「おぉぉ。かっけー! しかも二本! 双剣ですか!?」

「おお、そうだ。お前さんなら使いこなせると思ってな。一本は大型、もう片方は小型の【ククリ】と呼ばれる武器だ。そっちの小型の方は投擲にも向いているから近距離と中距離の両方行けるぞ。元は農業用の大型凡庸刃物だった物を戦闘用に加工したものなんだがな、これが意外と使いやすそうで、お前さんに向いてると思ったんだわ。因みに柄にはフォレストイーグルから出た風の魔石を仕込んであるから、驚くほど軽く素早く動けるだろうよ。切れ味を試してみたいなら、そこの扉を開けると屋外の試験場になってるから自由に使っていいぞ」


 それを聞いたジャンクは目を輝かせ、獣化して飛び出して行った。

「すいません……騒がしくって……」

「ははは! 喜んでもらえてるようで良かったよ。それじゃあ次はお嬢さんからの注文の品だな。いや〜久しぶりにいい素材を見せてもらったよ、見事なベルベットバイソンの毛皮を見せられたと思ったら、今度は希少価値の高いズラトロクの角だもんなぁ。しかもお嬢さん方二人が仕留めただなんて……未だに信じられないよ」

 そう言ってバーニーさんは、奥の部屋から大量の包みを抱えて戻ってきた。


「よしっ、これで全部だな。まずはベルベットバイソンから確認してみてくれ」

 バーニーさんから受け取った包みを開けると、中から艶やかで触り心地の良い一枚のローブが出てきた。

「うわ……凄い滑らか……」

 その見事な仕上がりと滑らかな触り心地にリリアナはうっとりとため息が出てしまった。


「凄いですね……元より艶やかだったベルベットバイソンの毛皮がより一層滑らかになってます」

「ありがとよ。その言葉、加工屋冥利に尽きるぜ。全部合わせてローブ八枚、ちょうどピッタリの毛皮だった。きっとこのベルベットバイソンはこの為に生まれてきたんだな! ハハハ!」

 バーニーさんはそう言って豪快に笑い、八枚のローブを渡してくれた。

 

 ローブは細やかな部分まで丁寧に仕上げられ、仕立ての良い貴族の服に引けを取らない程だ。

 あの巨体で針仕事をしたのかしら? と、その姿を想像して笑ってしまったのは内緒だ。


「さぁ、これで最後だ」

 目の前には小さな小箱がちょこんと置いてある。その箱をそっと開ければ、大きめの指輪が納められていた。

 装飾品ではないので決して華美ではないが、雷の魔力を持ったズラトロクの角からできたこの指輪は、持ち主の雷の魔力を助長させる効果があるそうだ。

 

 これはもちろん、雷の魔力持ちのクラウスさんへの贈り物だ。少しでも力になれればと作ってもらったのだ。

 指輪を贈るだなんて意味深だが、魔術師は魔力を助長させる為に、よく指輪をするのだという。確かにディランさんも、右手の人差し指に指輪をしていたような気がする。


 喜んでもらえると良いな……そう思いながらそっと小箱を閉じた。

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