祝福のブルーローズ
さて、ここは王城のとある一室。そこには王太子ライアンの元で働く直属の部下数名が集められていた。もちろん、王太子が指揮を執るクラウス達特務のメンバーや第一騎士隊長フェルンバッハと副隊長リーヴェスも顔を揃えている。
「なぁ、俺たち……何で呼ばれたか知ってるか?」
「いや……でも見てみろよ、ここにいる全員がライアン殿下の部下だ。特務はもちろんだが、殿下付の第一騎士隊や執務室を担当しているメイドまでいるぞ……これはただの集まりではないだろうな」
集められた人々はそこかしこでコソコソと話し合っている。
それもそのはず、ここにいる全員が一様に理由を知らされず集められたのだから仕方がないだろう。
しばらくするとカチャ……と小さな音を立ててドアが開かれた。
入ってきた人物はもちろん、王太子ライアンだ。その後ろにはライアンの秘書官で側近のディランの姿もあった。
ライアンが入室すると皆、一同に立ち上がる。
「急な呼び出しにもかかわらず全員集まってくれたようだね。突然の呼び出しに疑問を持つものが多いだろうが、まずは座ってくれ」
ライアンはいつもの様に穏やかな笑みを浮かべながら席に着いた。
「さて、今日集まってもらったのはある人物の紹介と、今後私の身を取り巻く環境の変化についての話だ」
ライアンの話を聞いて、集められた人々はピンと同じ事を思いついた。
ある人物の紹介……もしや最近噂の婚約者殿ではないかと。
「と、その前に……」
ライアンはディランへ目で合図すると、隣の部屋へ続く扉を開けさせた。
「失礼致します」
隣の部屋からはカラカラと台車を押しメイドが一人入ってきた。
メイド達は顔を合わせ「誰かしら?」と顔を見合わせていた。
そのメイドは一人一人へ小さな小瓶を配って歩く。小瓶の中には透明な液体が入っており、光の加減で細かい青い粒子が螺旋状に対流しているのが見える。
「さぁ、準備は整ったようだね。始めようか」
ライアンはそう言って組んだ両手の甲に顎を乗せた。集められた人々は一体何が始まるのかと不安げな表情を見せる。
「それでは私の方からご説明致します」
ディランは一歩前へ出ると淡々と説明を始めた。
「まず初めに今配られた小瓶をご覧下さい。こちらはライアン殿下と親交の深い、ある魔術師から貰い受けたものです。【魔女】と言った方が分かりやすいかもしれませんね」
ディランがそう言うと、周りからは「おぉ、やはり!」との声が聞こえてきた。
「それで、こちらの小瓶は一体……?」
一人の騎士がスッと片手を上げディランに質問する。
「こちらは……【魔女の祝福の聖水】です。先日、魔女リリー様から「殿下をお慕いする部下の皆様に祝福を」と頂いたもので、こちらを飲み干せば祝福を得られ、その身を守ってくれる効果があるそうです。殿下の信頼を得る部下の方にお渡し下さいとの事でした」
ディランがそう言うと、すぐに辺りはざわめき立つ。
ここに集められたということは、王太子ライアンに認められ信頼を得ているということだ。騎士も秘書官もメイドもそれぞれが喜びを隠せないでいる。
が、しかし。ディランの次の一言でそのざわめきはピタリと静かになる。
「ただし、殿下に忠誠を尽くせぬもの、邪な思考がある者には別の効果が現れるそうです。まぁ、ここに集められた者に限ってそんな者はいないと思いますがね」
ディランはそう言うと、小瓶を開け、中身を一気に飲み干した。
すると、ディランの体は青い粒子によって包まれ、パンと弾けた。
「ふむ。なるほど……では、皆さんもどうぞ」
そう言われてすぐ様動いたのが特務部隊だった。さすが王太子直属の部隊とあって、誰一人として躊躇わず小瓶の中を飲み干すとその身はディラン同様に青い粒子によって包まれ、弾けた。
フェルンバッハ隊長とリーヴェス副隊長も間を開けずに躊躇わず飲み込む。
その様子を見て、騎士も秘書官も次々と小瓶の蓋をあけ、メイド達もおどおどしながらも小瓶の蓋を開ける。
祝福を授けるとは聞こえがいいが、これは言わば忠誠を尽くすかどうか試されているのだ。ライアンを裏切る気はなくとも、人間多少はやましい心を持っているものなので、ほんの少し躊躇いは出てしまう。
だが、ほとんどの者が中身を飲み込み小瓶を空にしていく。
ーーただ一人を除いて。
「どうしました? 第二秘書官……」
一人、青い顔をしてダラダラと汗を落とす者がいた。第二秘書官……そう、あの時リリーが王都に到着してまもなく、リリーを迎えに来たと言っていた男だ。
三人の令嬢から出てきた男の名は、この者の名前だったのだ。
「あ……い、いや……」
「何を躊躇うのです、貴方は私の次に殿下に近しい部下ではありませんか。大丈夫です、忠誠が本物なら皆と同じく祝福が得られますよ」
ディランはそう言って朗らかな顔を向けているが、目は笑ってはいなかった。
男はカタカタと手を震わせながら小瓶を持つが、中身を飲み干す事は出来なかった。そして、あろう事か小瓶を床に叩きつけ、廊下へ続く扉へと手を掛けようと走った。
「お前は馬鹿か」
第二秘書官はすぐ様フェルンバッハ隊長によって捕縛された。よくもまぁこのメンツが揃っている中で逃げられると思ったものだ。
呆気なく縛り上げられた第二秘書官は騎士達によって囲まれている。
「……残念だよ。君が私を裏切ろうとしていたとはね」
一部始終を静かに見ていたライアンはそう口にした。
「ところでこの聖水? 邪な思考がある者が飲むとどうなるんだい? リリー」
ライアンは何故かここには居ないはずの人間に声を掛ける。そしてその目線の先には先程小瓶を配って歩いていたメイドがいた。
あ、どうも。正体不明のメイドこと、わたくしリリーです。こっそり事の成り行きを見守らせて頂きました。
クラウスさん達一部の特務のメンバーと、フェルンバッハ隊長さん、リーヴェス副隊長さんは私だって気が付いていたけど、他のお会いしたことのない方々は「え?」と私を見る。
「お、お、お前……!」
第二秘書官の男はようやく私の存在に気が付いたようだ。
「ふふふっ。実はこれ……そんな大層な効果無いんです。この小瓶の中には祝福の効果しかありませんよ。騙すような事を言ってしまいましたが、そもそも邪な思考があると……なんて言われて素直に飲める人なんて、本当に殿下をお慕いしている人しかいませんからね」
【祝福のブルーローズウォーター】☆☆☆☆☆
神の箱庭で採取された青い薔薇から作られたローズウォーター。
青い薔薇の花言葉は神の祝福。一度きりだが、自身に降りかかる災厄を免れることが出来る。
「……とまぁ、効果はこんな感じでその他の効果はありません。騙すような事をしてしまって申し訳なかったのですが、殿下からご自身の周りで不可解な出来事が起きていると相談されたので、こちらを準備したんです。クラウスさんもフェルンバッハ隊長も黙っててごめんなさい」
二人や特務の部下、リーヴェス副隊長まで試すようなことをしてしまったので気まずい。
「いや、殿下の身を守るためだ。仕方の無いことだろう、リリー殿が気に病むことではない」
「そうですよ。おかげで裏切り者を炙り出していただいたのですから」
リーヴェス副隊長は第二秘書官の男を凍える様な視線で貫く。
「そうだね。そのおかげで魔女の加護も得られた事だし、私達にとっては有難いばかりだよ」
「さぁ、それじゃあここからは俺たちの仕事だな。リリー殿、ご協力感謝する」
フェルンバッハ隊長はそう言って第二秘書官の男を、縛っていた綱ごと引っ張る。
「貴方には何から何まで全て話してもらいますよ」
リーヴェス副隊長の冷たい言葉に男はガタガタと震えていた。
「あ、フェルンバッハ隊長、リーヴェス副隊長。ちょっと待ってください」
私は部屋を出ようとしていた二人を止め、アイテムボックスからローズウォーターとは別の小瓶を取り出した。
「あの、もし良かったらこちらをお使いください」
フェルンバッハ隊長に手渡すと、クラウスさんがピクリと反応した。
「リリー、もしかしてそれって……」
「ええ。とってもお口が滑らかになる超強力なアレよ」
そう、アイテムボックスから取り出したのはブローディア伯爵様に渡した物と一緒の自白剤。あの時レール子爵に使ったアレだ。
「おぉ! 例のアレか! 報告書で読んだが、ブローディア伯爵が大変感謝していたそうだな。これをくれるのか?」
「ええ。ほんの数回分ですけど口を割らせるのには充分かと」
「そうか、いや〜その効果をこの目で見られるなんて楽しみだな!」
フェルンバッハ隊長は「ハハハハハ!」と笑いながらリーヴェス副隊長を伴って部屋を出ていった。第二秘書官は私達がハッキリと効果を明言しなかったアレの存在に、これから自身に起こるであろう恐怖に顔を青くして連れていかれたのだった。
フェルンバッハ隊長達が部屋を出ていくと、部屋に静けさが訪れる。皆、目の前で起きた事が信じられないようだった。まさかこんな身近に殿下の裏切り者がいただなんて信じられないのだろう。中には親しくしていた者もいたのか驚きを隠せないでいる者もいた。
「さて、あの者の事は第一騎士隊に任せるとして、少し話をしようか。リリーもいる事だし、いつものお茶を皆に出してくれるかい?」
ライアン様はそう言って私に笑みを向けた。
「分かりました。少しお時間頂きますね」
そう言ってハーブティーの準備を始めると、すぐにメイドさん達が駆けつけて手伝いを申し出てくれた。
「本日のハーブティーはセントジョーンズワートとミントのブレンドティーです。不安や高ぶった気持ちを抑えてくれる作用があるハーブティーとなっております。みなさん、少し気持ちを落ちつけてからお話をお聞きしましょう」
メイドさん達に手伝ってもらい、全員にハーブティーが配られる。
一口飲めばホッと心地よいため息がこぼれ、強ばっていた皆の表情も、心做しか穏やかになったような気がする。
そうして落ち着いたところでライアン様は口を開いたのだった。




