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ホットタオルと膝枕

 そうそう、忘れるところだったけどもう一つ事件があったんだわ。ホントとばっちりもいい所だったわ。そう、あれはひと月前だったかしら……


「貴女、殿下の何なのかしら?」

 まるで汚いものを見るかのような蔑んだ視線が私に送られている。それも一つではなく三人から。

 突如、馬車に押し込められとある屋敷へと連れてこられたのだ。

 馬車に押し込められた時は何事かと思ったが、馬車の中にはどこぞのお嬢様がふんわり羽付きの扇を持ち目だけを覗かせこう言ったのだ。

「貴女にお話がありますわ。わたくしが直々にお迎えに来て差しあげたのですから大人しく付いて来て下さるかしら?」と。


 馬車に押し込められた時、すぐさまロジーとスノーが反応したが、命の危険がない限り力を使っちゃダメよ、との私の言葉を覚えていたのだろう、念話だけで確認を取ってきた。

『リリー、大丈夫そう?』

『ええ。取り敢えず様子見でいきましょ』

『何かあってからでは遅い。少しでも危ない流れになったら止めるぞ』

『分かってるわ。スノーも落ち着いてね』

 何がどうなっているのか分からないが、付いて来たら目の前の状況に至った訳で……


「えっと……何? と言われましてもただの友人と言うか、良くはしていただいてますけど、特別何もないですよ」

 私は感じているまま、ありのままの関係を口にすると、お嬢様達はムッと表情を顰めた。


「何も? 嘘おっしゃい」

「そうですわ。殿下が最近頻繁にお通いになってるのは貴女のご自宅ではないの?」

「それに、既にお名前で呼び合う仲だとも聞きましたわ」

「ええ! 聞いた話ですと殿下には想い人が出来たらしく、足繁く通っていると聞くではないですか。貴女なのでしょう? どうやって殿下に取り入ったのかしら?」

「わたくし達、殿下に見初められる為にあの手この手で努力してきましたのに、突然現れた貴女に横から奪われるなんて……」

「王宮でも王太子妃候補を選んでいると聞きますし、殿下ももういいお年頃ですから私達も必死なんですわ」

「それなのに、それなのに! 貴女ときたら特務のウィンザーベルク様とも良い仲だと聞くではありませんか!」

「二人の男性に色気を振りまくだなんて、なんて卑猥なのかしら」

「同じ女性として不愉快極まりないですわ。街で人気の魔女だなんて言いますけど低俗ですわね」


 おぉ……凄いマシンガントーク。言葉を挟む隙がないわね。

 あれ? そう言えば、このお嬢様方……どこかで見たことがあるわね……えっと、そうだ! あの時、劇場を視察に訪れた時にいた三人組だわ。ライアン様も何故このお嬢様方がライアン様の往く先々に現れるのか不思議がっていたっけ……。

 ある程度言いたい放題言ったお嬢様方だったが、私がうわの空だったのが気に入らなかったのか、ますますヒートアップした。


「貴女ちゃんと聞いてますの!?」

「わたくし達を馬鹿にしているのかしら!」

「低俗な魔女はお話も聞けないのかしら!?」


 う〜ん、困ったな……。この状態なら何を言っても聞く耳を持ってくれなさそうね。

 それにしても、言葉の端々に聞こえてくる内容が、随分と詳しすぎる。

 私の家に頻繁に来ている事は王宮の中でもディランさん達秘書官や、クラウスさん達特務部隊の人達くらいしか知らないはず。それに、あの視察の時もライアン様は一部の人間しか知らないはずなのにと言っていた。

 何故このお嬢様方が知っているのだろう。少し、探りを入れてみるか。


「あの……どなたかと勘違いなさっているのではないでしょうか……確かに劇場視察の際は同行しましたけど、殿下はあくまで客人として接してくださいました。お名前を呼んでしまったのは私が田舎育ちで貴族の常識を全く知らなかったからですし、殿下とは貴女方が言うような関係ではありません」

「嘘おっしゃい! わたくし達の確かな情報筋から得た話ですわ。その視察だってその方から教えていただいてるんですから、信用は出来ますわ」

 

 ほうほう、確かな情報筋ね……

「まぁ、それでは殿下のプライベートまで知っているその情報筋さんは余程のお役職なのでしょうね」

 そう言ってわざとらしく驚いてみせる。


「もちろんですわ! なんと言っても殿下のだい……」

「いけませんわ!」

 惜しかったわね、もう少しで聞けそうだったのに邪魔されてしまった。だい……なんだろう。

「危ないところでしたわ、お気をつけなさって? あの方のお名前は絶対に明かしてはなりませんわ。この先殿下の情報を得られなくなったらどうするおつもり?」

 口を滑らせた一人の令嬢をもう一人の令嬢が叱責している。


 ここまで面倒に巻き込まれたのなら今更知らん顔も出来ないので、何とか情報を掴んでみることにした。

「何度も言いますが、おそらくその方の勘違いだと思いますよ? 証拠はありませんが……そうですね……貴女方のお手伝いをすれば信じて貰えますか?」

「手伝い? 手伝いって何の?」


「もちろん殿下と貴女方の橋渡しですわ。私としてはそんな噂が無くなればそれでいいので、なんでも協力しますよ。どの道、もうそろそろ王都を離れるつもりでしたから、貴女方に協力しましょう」

 私の言葉に三人は目を大きくした。


「そ、そんな事本当に出来ますの?」

「ええ。貴女方が言っていた通り、殿下は時々私のお茶会に訪れるんです。いつもは他の方もご一緒なんですけど、貴女方が良ければ殿下と私と貴女方の五人でお茶会なんてどうかしら? あ、殿下はお付の方がいらっしゃると思うからもう一人でしょうか」

 そう言うと、三人は目の色を変え飛びつき、後日私の庭のお茶会へと招待することになった。

 そこで根掘り葉掘り暴露大会になることとは知らずに、三人のお嬢様方は喜びあっていた。


 ーーそして三日が経った午後、私はローズガーデンでお茶会の準備をしていた。

『リリーってば首突っ込みすぎだよね。あんなの放っておけばいいのに』

『確かに、どうせすぐにここから離れるんだ、リリーに害はないだろう』

 余程面倒事に首を突っ込んで欲しくなかったのか、ロジーとスノーはあまりいい顔をしていない。

「まぁまぁ、いいじゃない。ここでこうして暮らしていけるのもライアン様のお陰なんだから」


 テーブルセットが終わり、しばらくするとライアン様、ディランさん、クラウスさんがやって来た。

「やあ、リリー。話は聞いたよ、ご招待ありがとう」

「話は聞いたよ……じゃないだろう! もっと他に言うことがあるだろうに全く。リリー巻き込んですまないな、やはり王宮の誰かが情報を漏らしているようだ。大体の目星は付いてるものの確たる証拠がなく、手を出せないでいたんだ。今日、この場で決定的な証拠を得ることが出来れば、今までの煩わしい面倒が片付くだろう」

 ディランさんは余程お疲れなのか、目の下に隈が出来ていた。

 それもそうだろう。王族の行動が城の者によって外部に漏洩していただなんて、由々しき事態だ。後でディランさんにはカモミールの蒸しタオルをオススメしておこう。


 クラウスさんは三日前のあの日、帰宅してからすぐに連絡を取り、事の詳細を話した。

「攫われた!? 誰に!? 一体何の目的で!? け、怪我は!?」

 と、その時のクラウスさんと言ったら動揺しすぎて机の角に足をぶつけ、ティーカップをソーサーに落とし割ってしまい、慌てて破片を拾おうとして指を切ってしまうほどだった。

 

「クラウスさん、落ち着いて。何もされなかったし、話をしただけだから。あ、ほら血が出ちゃってるじゃない」

 綺麗な布でクラウスさんの指を包み、止血する。

「本当に何も無かったのか?」

 クラウスさんは指を抑えている間もずっと心配そうにしている。

「本当になかったわよ。大丈夫。ただ、話しておいた方が良さそうな話題がてんこ盛りだったけどね」

 それから傷の手当をしながらあった事を全て話した。

 やはりクラウスさん達も何故、毎度毎度彼女達が現れるのか気になっていたらしく、その確かな情報筋の存在を突き止めようとなった。

 そしてその日から三日間、ディランさんやライアン様と話し合い、今日の日を迎えたわけだ。


「あ、いらしたみたいね」

 耳を澄ませばカラカラとした馬車の音がする。

 さぁ、これからどんな情報が得られるか。ライアン様の腕の見せどころだ。私は余計なことは言わず、同席してくれるだけでいいと言うので、全てはライアン様に託したーー。


 結果、ライアン様の話術にお嬢様方は頬を染めてスラスラと言葉を返して言った。よくもまぁそれだけ言葉が出てくるもんだと感心してしまう。とにかくヨイショヨイショで彼女達の美しさを褒めちぎる。おかげで気を良くしたお嬢様方からは重要な証言を得ることに成功したのだ。


「やはり予想通りの人物だったな」

 お茶会を終えた後、ディランさんは眉間にシワを寄せて難しい顔をしていた。

 その人物はお嬢様方に、金品と交換にライアン様の非公開の公務をバラしていたのだ。

「ただの金品目的でそんなことしたのかしら?」

「それだけならいいがな……他に目的があるとすれば厄介だ。問い詰めなければならないだろうな」


 あぁ、段々と眉間のシワが深くなって……

「ディランさん、眉間……凄いことになってますよ。それに隈も……」

「そりゃそうだろ。コイツのせいで毎日毎日対応に追われてるからな。知ってるか? 王太子殿下がとうとう妃殿下を迎えられる、どうやら相手はあの有名な魔女様らしい。なんて噂がたってるんだぞ。挙句の果てにはその噂が陛下のお耳に入って王妃殿下と大盛り上がり……ついに孫の顔が拝めるのね! なんてどんどん話が進んでいくし、ライアンはライアンで否定もせずにのらりくらり……その誤解を解くのに俺がどれほど……」


 あぁ、これはダメだ……ディランさんの独り言が止まらない。余程ストレスを抱えていたのだろう、私は急いでラベンダーのホットタオルを準備し、ディランさんをソファに寝かせまぶたの上にタオルを置いた。

「ライアン様、ディランさんが可哀想。あまりディランさんに迷惑かけるなら箱庭の立ち入り禁止しますよ?」

 白い目でライアン様を見れば「それだけは勘弁してくれ」と頼まれた。

 それに、きちんと王様と王妃様に誤解を解くようにも念を押した。


「リリーのホットタオルは効果抜群だからな。少し休めばいつものディランに戻るだろう」

「そうね。でもいくら効くからといって徹夜はダメよ、ね? クラウスさん?」

「す、すまない。以後気をつけるよ……」


 何を気をつけるのかと言うと、攫われたとクラウスさんに言った後、心配したクラウスさんはここで寝泊まりしていた。ロジーもスノーもいるし、耳のいいリリアナも、勘の鋭いジャンクもいるから大丈夫と言ったが、それでは俺の気が済まないとずっと一緒にいてくれていたのだ。

 異変に気づいたのは二日目の昼過ぎ……どこかふわふわした雰囲気のクラウスさんにどうかしたの? と聞くが、何でもないと返される。

 が、そこでロジーが突然やってきて「こいつ二日前からずっと寝てないよ」とチクってくれたのだ。


「もお! 二徹なんて信じられない!」

 私はすぐさまカモミールのホットタオルを準備し、クラウスさんに横になるように言ったのだが「俺は大丈夫」の一点張り。

 心配してくれるのは有難いが、クラウスさんが体調を壊してしまえば私の気が治まらない。

「分かったわ。じゃあソファに座るだけ、はい、ここに座って」

 自らもソファに座り、となりをポンポンと叩き、ここに座るように言う。

 そして、隣に座ったクラウスさんをグイッと引っ張り、頭を腿の上に乗せ、ホットタオルを無理やり乗せた。まぁ、いわゆる膝枕だ。


「リ、リリー!?」

「問答無用、眠って」

 すぐに起き上がろうとするクラウスさんだったが、カモミールの魔力には逆らえず、すぐさま寝入ってしまった。

「全く……私の為とはいえ仕方がない人ね」

 

 タオルの熱が冷めてきたところでタオルを外し、髪を撫でる。こんな無理をしてくれるのも私のためなんだよね……とクラウスさんの額に口付けを落とすと、身動ぎを一つし、私の腰に腕を回し抱きついた形で寝息を立てた。

「可愛い……」

 そんなクラウスさんが愛おしくてしばらく髪を撫でながら寝顔を見ていると、ジャンクがリビングに入ってきたが、すぐ様回れ右をして出ていってしまった。

 リビングの外ではジャンクがリリアナに「ダメじゃない邪魔しちゃ。空気読みなさいよね」と叱られていて、何だか居た堪れない気分だった。


 その一時間後、目を覚ましたクラウスさんがどうなったかはご想像にお任せするが、まぁ……とっても慌てていたとだけ伝えておこう。

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