昼下がりのティータイム
孤児院を訪れてからふた月が経とうとしていた。
あれから孤児院で販売されたシロップを初めとする商品は、王都で爆発的人気となった。
客層は主に一般区画の人々で、日々シロップを求める列が店の外に並んでいる。
ちなみに決めかねていたお店の名前は、子供達の多数決で【ミュゼ セーレン】に決まった。セーレンとはこの国の古い言葉で祝福を表す言葉らしい。
そして思わぬ所で人気の商品となったのもある。それは、私が孤児院の至る所に植えた花々だ。
花壇にはチューリップやクロッカス、グラジオラスにガーベラなどが色んな所で咲き誇っている。
相変わらず季節を全く無視した花達だがこれはこれで豪華で綺麗だ。
で、その花々を【ミュゼ セーレン】の店内に飾ったところ、お客様からの反響が大きく、また貴族の耳にも入り、今では貴族の使用人がわざわざここまで買いに来るまでになっていた。
本来こちらが私の専門分野なので、それはそれは張り切って育てた。
その花々の中でも特にネリネという花は一般層からも貴族からも人気が高く、売れ筋の花となっている。
何故かと言えば、「ネリネにはダイヤモンドリリーっていう別名があるのよ」と教えたら、魔女様と同じ名が付けられた祝福の花! として人気が出たのだ。
「名前にリリーと付くだけでなんの効果もないわよ」と言ったのだが、その名が付くだけでご利益があると言ってみんな挙って買いに来るのだった。
ご利益だなんて恐れ多いわ……とは思いつつ、念の為久しぶりの鑑定をした所、これがまぁ……なんて言うか、本当にあった訳だ。ご利益が。
【ネリネ】
別名ダイヤモンドリリーの名を持つヒガンバナ科の植物。魔女の祝福の大地で育てられたネリネは祝福の効果を持ち幸福を招くとされている。
ほんとビックリよね。今までハーブ以外に特別な効果が出た花はなかったので驚きだ。
このふた月で孤児院の子供達も畑仕事に慣れ、お店の経営も大きい子達が主体となってそつ無くこなせるようになった。もう私の手伝いは要らないだろう。
それから嬉しい再会もあった。
いつもの様にサボ……お茶をしに来たライアン様をもてなしていた時だ。
「リリー、ちょっといいか?」
後からやってきたクラウスさんに呼ばれ、席を立つ。
「どうかしました?」
「ああ、実はリリーに来客なんだが、ブローディア伯爵の令嬢、ヴェロニカを覚えているかい?」
「ええ、もちろん。お友達だもの。クラウスさんのいとこなのよね?」
ヴェロニカか……初めてあった時は強烈だったわね。ヴェロニカったら私の事を父親、つまりブローディア伯爵様の後妻さん候補だと勘違いし、口撃してきたのよね……。その後すぐにその誤解は解け、謝罪と共に友達になって欲しいとお願いしてきたんだっけ。
「ああ。そのヴェロニカがリリーに会いたいと騎士隊舎まで……」
クラウスさんがそこまで言うと「いけませんヴェロニカ様、魔女様は来客中でございます!」とローズガーデンの外から声が聞こえた。
「わたくしはリリーの友人ですわ。なぜ友人に会うのに許可が必要ですの?」
そうヴェロニカの抗議するような声が聞こえた。
「相変らずね……ってか、何でまた王都に?」
「ヴェロニカはもうすぐ王都の学院へ入学するからな。入学はだいぶ先だが、その準備の為だろう。さすがにライアンと会わせるわけにはいかないから日を改めるよう説得してくるよ。俺が言えば納得してくれるだろう……」
ああ、なるほど。そう言えばそんな事言ってたわね。
そう言ってローズガーデンを出ようとしたクラウスさんに、ライアン様が待ったをかけた。
「ねぇ、ヴェロニカ嬢ってもしかしてブローディア伯爵の?」
「あれ? ライアン様知ってるんですか?」
名前を聞いただけですぐにどこの令嬢か分かるなんて以外。
「まあね。伯爵家以上の人間は大体頭に入ってるよ。会った事はないけど名前だけなら聞き覚えがある。せっかく来たんだから一緒にどうかな? 向こうは確か社交界デビューまだだったよね? それなら俺の顔分からないだろうから、俺の事は末端貴族のライで紹介してくれてもいいよ」
ライアン様は得意気に口角を上げた。
「簡単に言うなよ……」
クラウスさんは呆れ顔だ。そりゃそうだ、何度も言うがこの人……いえ、この方はこんなんでも……あら、失礼。こう見えて王太子殿下なのだから。
「大丈夫だって! 俺、一度俺のことを知らない女性と話してみたかったんだよね。俺に寄ってくる女性は大体身分狙いで、見え透いたお世辞と見栄ばかりの女性達だけだからさ」
ね、お願い! と手を合わせて懇願してくる。ライアン様も立場上色々と大変なのだな……と考えていると、クラウスさんが口を開く。
「はぁ〜。分かったよ……いいか、その代わり絶っっっ対バレないようにしろよ」
「分かってるって! クラウスの許可も出た事だしリリー……呼んできなよ」
ライアン様がそう言うので、本当に大丈夫なのかな? とは思いつつ、私はヴェロニカを迎えにローズガーデンの外へと出た。
すると、第一騎士隊の騎士様に止められているヴェロニカが、私の姿を見つけた。
「リリー!」
騎士に止められ、ムスッとした表情だったヴェロニカがパッと笑顔を見せる。
ヴェロニカの笑顔はまるで花が咲いた様に可愛らしい。それほどに彼女の笑顔は魅力的で、第一騎士隊の騎士様も思わず見とれるほどだ。
せっかく可愛いのだからもっと穏やかに振る舞えばいいのに……などと思ってしまう。
「ヴェロニカ、また会えて嬉しいわ。でも騎士様を困らせてはいけないわ。ダメって言われたんでしょう?」
私がそう言うと、すぐにシュンとしてしまう。
「ご、ごめんなさい……でも、すっごく会いたかったんですもの……お父様とも暫くは会えないし、こちらにお兄様もブローディア伯爵家使用人もいるのだけれど、一緒についてきてくれたのはメイドが二人だけだったから寂しくて……」
ヴェロニカも自分がわがままを言っている事は分かっているらしく、バツが悪そうにボソボソと言い訳をしている。
「もう、しょうがないわね。今回は多目に見てもらいましょう」
連れて来てくれた騎士様に謝罪をし、騎士様には騎士隊舎へと戻ってもらった。
「ヴェロニカ、さっき騎士様に私は来客中だと聞いたよね? それでね、そのお客様がご一緒にどうですか? って言ってくれたの。他の方と一緒でも構わない?」
そう聞けば「構わないわ。リリーとお話が出来るのなら」と即答した。
「じゃあきちんとご挨拶するのよ。お相手は貴女と同じ貴族の方だから礼儀正しくね。お相手のご好意でご一緒させていただくことを忘れない事。いいわね?」
何度も念を押して私たちはローズガーデンへと入った。
「ブローディア伯爵家、ヴェロニカでございます。本日は突然の訪問で貴重なお時間に割って入り申し訳ございません。ご好意に感謝致します」
ヴェロニカはそう言うと見事なカーテシーを披露した。さすが伯爵令嬢……私の付け焼き刃のカーテシーとは天と地の差、月とすっぽんだわ。幼い頃から教育されているだけある。
「そう固くならなくてもいいよ。ここはリリーのプライベートな庭だからね。ここではお互いの身分は関係なしに接してくれると嬉しい。僕のことはライと呼んでくれ。こんな美しいお嬢さんとお茶ができるなんて僕はなんて幸運なんだ」
ライアン様はふわりと微笑む。
(な〜にが僕よ。全く調子いいんだから)
その微笑みにヴェロニカは顔をほんのりと薔薇色に染め、ハッと何かに気付く。
「ラ、ライ様はリリーとどういったご関係でしょうか? もしかしてお二人は特別な……?」
「えっ!? やだ、違う違う。ライ……様とはただの……友人?」
危ない危ない、危うくライアン様と呼ぶところだった。
「やだなリリー、なんでそこで疑問符が付くの。僕達親友だろ? 何度もここでお茶してる仲じゃないか」
「あ、ははは。ソウデスネ。呼びもしていないのに毎度突然やってきますけどね」
嫌味を言ったつもりが「まあ! それほどに仲がよろしいご友人なのですね!」と、ヴェロニカは受け取ってしまった。ライアン様はそれを見てクスクスと笑っている。
「ヴェロニカ嬢は素直で可愛いね。リリーは素晴らしい女性だけど、既に特別な関係の男性がいるからね」と、ヴェロニカに方目を瞑ってみせる。
「え!? リリーいつの間に!? どなた!? どなたなの!?」
ヴェロニカは目を輝かせながら私に詰寄る。
「あ〜、えっと、その……」
少し恥ずかしくて目だけでクラウスさんをチラリと見ると、クラウスさんは目が合うと微笑んでくれた。その私の目線をヴェロニカが追う。
「ま、まさかクラウスお兄様なの!?」
「う、うん」
私が肯定すると、ヴェロニカは「まぁ! なんて素敵なの!」と満面の笑みを見せた。
それからライアン様は「どうせだからクラウスも一緒にティータイムに付き合えよ」と強引に椅子に座らせ、四人でのお茶会が始まった。
「まぁ、それではライ様とクラウスお兄様は学園での学友でいらしたのね。わたくしも社交シーズン後の学園生活が楽しみですわ。素敵なお友達が出来るように頑張りますわ」
「それにヴェロニカ嬢はもうすぐ社交界デビューも控えているからね。夜会で君と会えるのを楽しみにしているよ」
ヴェロニカはライアン様のその一言に頬を赤くした。
それもそのはず、社交界と言えば貴族の令嬢にとって将来のパートナーを得る為の出会いの場でもあるのだ。そこにライ様から「楽しみにしている」と言われれば、そう受け取っても過言ではない。
果たしてライアン様はどこまで身分を隠しておくのだろう。身分を考えないで話がしてみたいと言っていたので、まぁ今日くらいは黙っていてあげてもいいか。二人ともなんか楽しそうだしね。




