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精霊と緑の魔法

「ロジー」

 深紅のペンダントトップに手を添え、名前を呼ぶ。すると、柔らかい光を発しながらロジーが宙を舞う。

『はぁ~い。やっと僕の出番?』

 ロジーはちょこんと私の肩に乗るとくすりと笑って院長先生達を見た。


「リ、リリーさん!!」 

 椅子に座っていた院長先生はガタリと音を立てて立ち上がった。勢いがよかったせいか椅子はそのまま倒れてしまう。

「あぁ、ごめんなさい」

 動揺しながら倒れた椅子を何とか元に戻して座り直す。

『ごめんねびっくりさせて。おばあちゃん大丈夫?』

 驚くなと言ってもまぁ、無理よね。デルマ、ローレン、ガーランの三人も驚きすぎて言葉もない様子だ。じっとロジーを見つめている。


「リリーさん、その子……」

「ええ。その道のスペシャリスト、精霊のロジーです」

「精霊……ずっとおとぎ話の中の存在だと思ってました……リリーさんは精霊の主人なんですね」

『主人……っていうか、僕達家族なんだ〜』

 ロジーは嬉しそうに飛び回り、テーブルにあったクッキーを見つけ『食べてもいい?』と院長先生におねだりしている。


「それで、今日はロジーに相談に乗ってもらおうと思いまして。ロジー、さっき外に出ている間何か感じるものはあった?」

『あ、うんうん、何かね【想い】の積もった植物があるみたいだったね。ここの孤児院、その【想い】によって守られているようにも感じたよ。どっちかって言うと見守ってる感じかな?』


 【想い】か……。ロジーが言うには、植物は魔力は持たないが意思は必ず持っていると言う。きっとその意思がここの【想い】なのだろう。


「院長先生、外に行ってみましょう。ここを見守っくれている植物に会いに」

 私達はロジーを先頭に外へと出た。

『何かね、色んな方向から見られてる感じがする』

 色んな方向……って事は一つの植物だけじゃない? いや、何か違う気がする……

 グルっと見回してみると、庭にはこの世界の花や木が植えられていて、緑の多い庭だと伺える。

 色んな方向、色んな方向と考えながら見回すと、ある植物が必ず視界に入ってくることに気が付いた。


「あ」

『気が付いた?』

「うん」

 短くロジーと言葉をかわすと、私達は孤児院の敷地の端っこまでやってきた。

 そこには私がこの孤児院を初めて見た時に緑の壁だと思っていた植物……緑の生垣があった。壁と言っても私の胸くらいまでの高さの低木だ。

 生垣は孤児院全体をぐるっと囲んでいて、色んな方向から見守られているというロジーの言葉にもピッタリな植物だった。


「院長先生、この生垣はいつからここに?」

 振り向くと、院長先生は目に涙を浮かべていた。

「ごめんなさいね……色々と思い出しちゃって……この木はこの孤児院を建てた時からずっとここにあるわ。元々は私が暮らしていた邸宅の生垣だったんだけど、家を引き払う際にこの木も一緒に連れてきたの。主人との思い出の木だから……」

 思い出の木か……それならやはりこの木が【想い】の源なのだろう。


「ロジー、どう?」

 生垣に手を触れ、目を瞑っていたロジーは『間違いないみたい。この木だね』と微笑んだ。

『僕みたいに精霊化は無理だけど、リリーの魔力を僕がこの木と繋げばきっと力が開花するはずだよ。あ、院長先生にも手伝ってもらった方がいいね』


 ロジーはそう言うと、院長先生へと手を伸ばした。

「院長先生、ロジーの手を取って下さい。きっとこの木が子供達と孤児院を守ってくれるから」

 私は院長先生の肩口に手を添え、そう促した。

 院長先生は恐る恐るロジーの手のひらに人差し指を乗せる。

『じゃあ話しかけてみるね。リリー、魔力を……』


 ロジーに言われるまま魔力を流す。

 ーーどうかこの孤児院を守るために力を貸してーー


 私が魔力を流すと生垣はザワザワと騒めき、ぶわりと波打つ。そしてそれは波紋となって横続きの生垣へと続いていく。

 魔力を流し続けていると頭の中にイメージが流れてきた。


 あれは……今より少し若いライアン様と子供達が遊ぶ姿、それから三人の小さな男の子が木に登って降りれなくなり大泣きしている姿……あ、これ三羽烏っぽいわね、と次々に孤児院の思い出が映し出される。

 院長先生は目を閉じて「ああ、そうだったわね。そんな事もあったわね」と涙を流しながら嬉しそうに呟いている。

 このイメージはこの生垣の見たもので、どんどんと時を遡っている事に気が付いた。


 そして場面は孤児院から移り、一件の豪華な邸宅へと場所を移した。

 そこではまだ若い男女が手を取り合い、この生垣を植樹している様子が見えた。近くには産まれたばかりの赤ちゃんが白いおくるみに包まれてメイドらしき人に抱かれている。


「あぁ……貴方……それに私の赤ちゃん……そう、そうよ、この木はあの子が生まれた時の記念樹……だから一緒に連れてきたの」

 院長先生は今は亡き夫と子供を思い出し、そう呟いた。


 そこでこの木のイメージは終わった。

「ずっと覚えててくれたのね。ありがとう……ありがとう」

 院長先生は生垣にそっと手を触れた。


 ーーザワザワザワーー

 緑の生垣は院長先生が触れている手を優しく包むように形を変える。

「まぁ! 私の言葉が分かるの?」

 そう院長先生が声をかけると、ユラユラと葉を揺らしてみせた。

『成功したみたいだね。おばあちゃんの心がリリーの魔力によってこの木に伝えられたんだ。この木はずっとここを守ってくれるはずだよ』

 それからロジーは院長先生に『良かったね!』と微笑んだ。


「ふふふっ。まるで産まれたばかりのロジーみたいね。ロジーもこうやって身振り手振りで感情表現してくれたわよね」

 つい一年前の出来事を思い出した。

『えへへ。僕、リリーに愛されてたからね〜』


 それから二週間前、私は植物の生育状態を見る為、毎日孤児院を訪れた。

 毎日って大袈裟じゃないかって? それがね、箱庭までとは言わないが、やはり私の魔力を帯びた大地は植物の生育を促すようで、次の日には芽が出てたのよね。確か、バースの村でも私の魔力を帯びた大地は植物の生育が早かったが、ここの大地はより早かった。

 そこから約一週間でメキメキと草丈は伸び、二週間前目にして野菜の収穫が出来るようになってしまった。

 同じくハーブも二週間で収穫時期となった。


 このあまりにも早い生育に、院長先生を始めスタッフ一同呆気にとられていた。

「リリーさんのお野菜はこんなにも早く収穫出来るの?」

「いえいえ! 普通は早くて二ヶ月くらいかかると思うんですけど……多分、大地に吸い込まれていった私の魔力が関係しているのかと……」

「まぁ! それじゃあこの土地は魔女様の祝福の大地になのね!」

 院長先生は「ありがたや〜」と言わんばかりに熱い視線を送ってくる。


「ま、まぁそんなところだと思います。私がここに植えたお野菜の種やハーブの種は、私の魔力を帯びた大地以外では育たないので覚えておいてください。これで子供達もお腹いっぱい食べれますね!」

 今日は子供達と一緒にお野菜とハーブを収穫して、ポプリやカモミールティー、ステビアシロップを作ろうと思う。

 既に孤児院に建設された販売所はとても可愛らしい外観で、こじんまりとしているが販売所としては十分な広さが確保されている。

 ここのハーブで得られた利益はきっと子供達を充たしてくれるだろう。


 それから子供達と一緒にハーブを加工したのだが、子供達はステビアの存在に大いに興奮していた。それもそのはず、いくら王都といえど砂糖などの甘味は値段が高く、一般区画の者にとってはなかなか手が出せない代物なのだ。

 失敗したのは、子供達に「この葉っぱはお砂糖よりも甘いのよ」と言ってしまい、興味をひかれた子供たちが生の葉っぱをヒョイッと口の中に入れてしまった事だ。

「にがーーーーーい!!」

「甘いけど苦いよー!」 

「それに葉っぱ臭い!!」

「魔女様これ美味しくないよー」

 と、非難轟々だった。


「ダメよそのまま食べちゃ。この葉っぱはシロップにしないと美味しくないのよ。ペッ、しなさい、ほらペッ!」

 うえ〜っ、と顔を顰めながら子供達が口からだす姿を院長先生が苦笑いしながら見守っている。

 まぁ……何事も経験ですもんね。


「あのね、この葉っぱから甘〜いシロップが作れるんだけど、適当に作っちゃうととっても不味いシロップになるからみんなもちゃんと覚えるのよ」

 子供達からは「はぁ〜い」とやや沈んだ返事が帰ってきた。あはは……これは出鼻をくじかれちゃったわね。


「みんなきっとすぐに甘いシロップ食べたいだろうから、まずは時短の方の抽出方法を使ってシロップを作ってみるわね。売り物にする方のシロップは葉っぱを乾燥させてから作るから、時間がかかるの。じゃ、作るわね。まずはお鍋にお湯を沸かして、お湯が沸くまでステビアの葉っぱをちぎります。はい、みんなもちぎって〜。あ、葉っぱをちぎった後の茎の部分は苦いのがいっぱい入ってるから入れちゃダメよ〜」

 

 子供達は大量のステビアをプチプチとちぎっていく。うんうん、みんなでやると早いわね。

「はい、次にそのちぎった葉っぱを荒くちぎります。こうすると甘いのが出やすくなるからね」

 こうしてちぎっている間に、お鍋から湯気が上がり、ふつふつと気泡が浮かんでくる。


「ここからは熱いお湯を使うから、ここから先の作業は大きいお兄さん、お姉さんにやってもらいましょう」

 小さい子が火傷してしまうといけないので、ここは要注意だ。

 沸騰したお湯に、ドサッとちぎった葉っぱを入れ、一分程煮出す。あまり火を入れすぎると苦味成分が出てしまうので気を付ける。とろみのあるシロップにしたいのなら、ちぎった葉っぱを一晩水に付けておき、葉っぱを取り出してから煮詰めるといい感じのシロップが出来上がるだろう。


「さぁ、あとはこの上澄みをサラシで漉して冷ませば完成よ。この下に沈んでるのは苦味成分が入ってるから使わないわよ。上澄みだけね」

 ガラス瓶に漉したシロップを入れ、粗熱を摂る。完全無添加、カロリーゼロの琥珀色に輝くシロップの完成だ。

 完全に冷めるまで子供達は待てそうになかったので、ちょっとだけ魔法を使ってシロップを冷ます。


「さぁ、お待ちかね! 試食タイムよ!」

 一人一人にスプーンを配り、そこにシロップを垂らしていく。みんなで一緒に食べようとなったので、誰もフライングすることなくお利口に待っていてくれる。

 さっきの生葉を食べた子達は、さっきの苦味で懲りたのか未だに甘いシロップを疑いの目で見ている。ふふっ、そんな目で見るのは今のうちだけ、後で大いに驚くわよ。


「それじゃあ、みんなでいただきます!」

「いただきます!」

 子供達と一緒に食事を取っているうちに、子供達にも「いただきます」が定着した。何だか学校給食を思い出し、頬がゆるゆるしてしまう。


 スプーンを咥えた子供達はゆっくりと目が大きく開いた。

「うわ〜! うわ〜! あ、甘〜い!!」

「全然苦くない……さっきは変な味したのに」

「ん〜!! 美味しい〜!!」

 子供達の驚く姿に思わずドヤ顔になる。


「これさえあれば、ジャムもコンポートも作れるから色々試してみようね」

 滅多に甘味を食べる機会がない子供達は、シロップに魅了されている。


「甘くて美味しくて幸せ〜」

「うんうん。幸せのシロップだね!」

「幸せのシロップ! いい名前だね!」

 そうして子供達が作った【幸せのシロップ】は瞬く間に王都へと浸透したのだった。


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