大地への祝福とBBQ
さぁ、今日はいよいよ子供達と共に苗を植える日だ。あの日渡した苗はちゃんと育っているかしら?
そう考えながら私達は再び孤児院を訪れた。今日はジャンクとリリアナ、ロジーも一緒だ。ロジーはいつもの様にペンダントトップとして私の首元で揺れている。
孤児院に入るとすぐ右手に新しい建物が建築されていた。
「流石ライアン様……行動が早いわね」
あの日、ここにお店を構えることを決めてから二週間でここまで建設されるとは思っても見なかった。
「ここが新しい【ミュゼ】ですか?」
ジャンクは建設中の建物をみながら尋ねてきた。
「そうよ。店名は後から考えるとしてだけど【ミュゼ】の名前は外せないわね」
「きっと子供たちが喜びますね」
リリアナも建物を見上げて嬉しそうに微笑んだ。
「リリーさん、お待ちしておりました。子供達、リリーさんが来るのを今か今かと待っているんですよ」
そう声をかけてくれたのはここを卒院した卒院生だった。
「デルマさん。おはよう。貴女が手伝ってくれると助かるわ」
「いえ! こちらこそ働き口を紹介してくださってありがとうございます。元々私の家みたいな所なので恩返しするつもりで一生懸命働かせて頂きますね」
この二週間でここの卒院生三名と面談した結果、三人共とても優秀な若者だということが分かった。礼儀正しく、ミュゼの運営を任せても大丈夫なほど優秀だった。それは、院長先生の教育の賜物なのだろう。
結果、三人共孤児院再生の為の人員として働いてもらうこととなったのだ。
孤児院の中に入るとあっという間に子供達に囲まれた。
「魔女様〜! あのね、あのね! 魔女様の苗、毎日皆でお水をあげたんだよ!」
「それでね、ちょっとだけ大きくなったんだよ!」
子供達のその様子に大切に育ててくれたことが伝わってきた。
子供達……可愛いわね……天使だわ……
「あー! 兎さんだー!」
「虎さんもいるー! ねぇねぇ、兎さんと虎さんは魔女様のお友達なの〜?」
隣を見るとリリアナとジャンクも子供たちに囲まれ、あたふたしていた。ジャンクは正確にはライオンと虎のハーフだが、子供達には薄い虎柄の見た目のジャンクは虎の亜人として認識されているようだ。
「あ、あの……お、お友達です。私はリリアナと言います。みんなよろしくね」
「いでっ! 誰だ尻尾引っ張ったの! あ、おい、いでででで! それ本物だから! や、やめ……」
リリアナには女の子が集まり「お耳可愛い〜」とキラキラの目を向けられている反面、ジャンクは子供達のおもちゃと化し、男の子たちによってもみくちゃにされていた。
「ふふふっ。ジャンク、大人気ね!」
微笑ましくその様子を見ていると、ジャンクは「助けてくれ〜」と大袈裟に声を上げる。するとそれが子供達のツボに入ったのか益々ヒートアップして、辺りは笑いの渦に包まれた。
ジャンク、意外と子供の扱いが分かっているのね。グッジョブよ!
「はいはいみんな! 今日はね、私のお友達もお手伝いに来てくれました。兎さんの亜人さんはリリアナちゃん、虎さんの亜人さんはジャンク君です。みんなよろしくね〜」
「はぁ〜い!」
子供達は一斉に返事を返してくれた。幼稚園の先生ってこんな気分なのね……子供達、可愛すぎよ。
「リリーさん、いらっしゃい」
少し遅れて院長先生と残り二人の卒院生、ローレさんとガーランさんもやってきた。
「おはようございます院長先生、ローレさんガーランさん」
院長先生はもみくちゃにされるジャンクをみて目を丸くしたが、すぐに「あらまぁ、大人気ね」と微笑んでいた。
そこからすぐに私達は畑へとやってきた。二週間前、荒地と呼べるその土地は見事ふかふかの畑へと変貌を遂げていた。
手で土を掬って土の状態を確かめてみても野菜作りに適した丁度良い土に仕上がっている。
「うん、上出来! これなら美味しいお野菜が育てられそうね!」
子供達がみんなでお水をあげた苗も、どれも枯れることなく生き生きと空に向かっていた。
「みんな頑張ったわね、とってもいい状態よ。これなら土に植えられるわ」
そこから子供達に苗を一つずつ持つよう指示し、植え方を教えた後一斉に苗を植えた。
苗の中には子供達が大好きなさつまいもの苗も用意した。秋になれば美味しいお芋が食べられることだろう。
子供達は顔を泥だらけにしながらも楽しそうに植えている。あの三羽烏も小さい子の面倒を見ながら自分たちも懸命に働いていた。
「終わった〜!」
全ての苗を植えた後は、子供達はクタクタになり、地面に座り込んでいた。
「よ〜し! 次は私の番ね!」
最後に畑全体へと水魔法を唱える。霧雨のように優しく水をかければ、陽の光が反射して虹が浮かび出る。
ーーこの土地が実り豊かな土地になり、子供達を充たしてくれますようにーー
そう祈りを込めると虹はぶわりと光を放ち、大地に吸い込まれていった。
子供達はその様子を、歓喜のため息を吐きながら見届けた。
「みんなお疲れ様。頑張ったわね! えらいえらい! いまリリアナお姉ちゃんとジャンクお兄ちゃんが飲み物を配ってくれるから、そのまま待っててね」
働いた後はちゃんと水分補給をしないとね。
予め用意しておいたリモーネのステビア漬けを、冷たい水で割ったものを子供達に配ると、その甘さに子供達は頬を押え「美味しい〜」と喜んでくれた。
「今日はみんな頑張ったから特別なお昼ご飯を食べましょう」
私がそう言うと、いち早く反応したのは三羽烏だった。
「なになになに? 特別な昼飯って」
「やったー! 魔女様のご飯だ!」
「この間の焼き芋も美味かったもんな!」
と、大喜びしている。こうして見るとやっぱりまだまだ子供ね。
「まだまだ元気そうね。貴方達にはお手伝いをしてもらおうかしら?」
そう言うと「やるやるやる! 美味いものを食べれるならなんでもやる!」とやる気十分だった。
「ふふふっ。今日はね、皆でバーベキューをしたいと思います!」
私がバーベキューと言うと、三羽烏は「ば、ばーべ、何だって?」と首を傾げている。
「バーベキューよ。みんなお肉は好き?」
「に、肉!?」
「ええ、お肉よ」
「「「大好きだぁ〜!!」」」
お肉と聞いただけで子供達は大喜び。これは食べさせがいがありそうね。
「じゃあ貴方達にはお肉を切ってもらおうかしら」
そう言ってテーブルに取り出したのはベルベットバイソンの肉の塊が五個と様々な野菜だ。
「す、すげぇ! これ何の肉!? こんなでかい塊見た事ないよ」
「これはね、ベルベットバイソンって言って毛並みが美しい巨大な牛よ。ちなみにこのベルベットバイソンを倒したのはそこにいるリリアナね。彼女、ああ見えてとんでもなく強いんだから」
私がそう言うと三羽烏は目を丸くして「すげぇ……」とリリアナに尊敬の眼差しを送っていた。
「それじゃあこれを食べやすい大きさに切っておいてね。小さい子供達もいるんだからちゃんと考えて切るのよ」
そう言って私はバーベキューの土台作りに移った。
「院長先生、このドラム缶ってもう要らないですか?」
庭には三つのドラム缶が転がっていて、もうだいぶ放置されているように思えた。
「ええ。捨て場所に困ってずっと放置してしまっているので構いませんよ」
院長先生の許可を貰うと私はそのドラム缶を風魔法を使い、縦半分に切断した。
そしてそのドラム缶を横に倒し、その中に木炭をガラガラと入れた。
三羽烏の様子を見れば、肉を切り終えたのか野菜を切り始めていた。
「さてと、みんな危ないから少し下がっていてね」
子供たちを下がらせると木炭に向けて高火力の火魔法を唱えた。木炭は一気に赤く色付きパチパチと乾いた音が爆ぜる。
「うん。いい感じ! 後はここに金網を乗せれば準備完了よ!」
金網をドラム缶の上にセットしていると、丁度三羽烏が切り終えた肉と野菜を運んできた。
「うぉ〜! 何だこれ!」
「あ! これ、そこに転がってたドラム缶じゃん!」
「当たり〜。この上でお肉を焼くのよ。一緒に焼くのを手伝って」
こうして子供達は初めてのバーベキューを楽しんだのだった。おいしいおいしいと頬をいっぱいにして食べる姿に何だか嬉しくなってくる。
「ねぇ、リリーさん」
院長先生はコソコソと耳打ちしてきた。
「このお肉……もしかすると高級な魔獣のお肉じゃないかしら?」
さすが元商家。
「あ〜えっと……べ、ベルベットバイソンです……」
「まぁ、やっぱり。そんな高級なお肉……本当に頂いてよかったのかしら?」
先にベルベットバイソンの肉だと言えば、きっと院長先生は遠慮してしまうだろうと思っていたので黙っていたが、やはりバレてしまったらしい。
「いいんですよ。子供たちの笑顔が見れれば」
それにこれは本心なので心置き無く食べて欲しい。
その後もバーベキューは続き、お腹いっぱい食べた後はいつもの様にお昼寝タイムとなった。
「リリーさん、本当にありがとう。子供達のあんな楽しそうな顔、久しぶりに見たわ」
「ふふっ。楽しかったですね!」
私達大人組は食後のティータイム中だ。お茶を飲みながら孤児院再生計画を話し合う。
そして話し合いの結果、子供達にも簡単に栽培できて、なおかつ加工も簡単なものだけを販売したいと考え、ポプリとバーブティー、それからステビアを使ったジャムやコンポートを販売しようとなった。
中でも目玉はステビアスイーツだ。ここ王都では様々なフルーツが売られているので色んな種類のジャムやコンポートが出来上がるだろう。
既に畑にはハーブ専門の畑を作っており、ラベンダー、カモミール、ステビアの三種類を植えてある。できる範囲での販売なので、欲張らず三種類のハーブでセーブしておいた。
「方針が決まったところで次の議題に移りますか……最大の課題、防犯についてです」
前にも語った通り、よからぬ事を企む連中に目を付けられ、子供達の安全が脅かされるのだけは避けなければならない。
「私達もそこだけが心配でね……」
院長先生もやはり防犯が一番の懸念事項なのだろう。
「実は……今日はもう一人その道に詳しいアドバイザーを連れてきているんです。驚かせてしまうと思いますけど、どうか落ち着いて下さいね」
私がそう言うと院長先生を初め卒院生達は首を傾げるのだった。




