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菜園ビフォーアフター

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「院長先生、おはようございます」


 初めて孤児院を訪れた次の日、私は朝から再び孤児院を訪れていた。クラウスさんは後程合流する予定だ。


「リリーさん、おはよう。今日はよろしくお願いしますね」

 院長先生は畑仕事をする格好に着替えて、院内の子供達を引き連れてきた。子供達は皆、新しいことを始める事を楽しみにしているようで、とてもいい笑顔を浮かべている。


「みんなもお手伝いありがとうね。今日はやってもらいたいことが沢山あるから助かるわ! それに、今後の貴方たちの生活の知識として役に立つはずだから皆頑張って覚えてね」

 そう言うと子供達は素直に頷いてくれて、特に女の子は私の用意したハーブの苗に興味津々の様子だった。


 だが、一部の男の子はツンと顔を逸らし数人でヒソヒソと語り合っている。

「野菜なんて育てたってなぁ。俺達はここを出たら冒険ギルドに登録するんだ、俺達には関係ないだろ」

「そうだな。土いじりなんて力のないやつがやる事だろ、俺たちは力のある冒険者になるんだ」

「俺もこの魔法の力を使って冒険者になるんだ。手っ取り早く稼ぐには冒険者だよな!」


 他の子供たちより少し年上……ちょうどジャンクとリリアナくらいの年齢の男の子たちは、そう言ってつまらなさそうにこちらを伺っている。


「こら! またお前たちは……せっかくリリーさんがお前達の為に力を貸してくれるというのになんて態度だい! リリーさんごめんなさいね、あの三人は二年後ここを出る最年長なんだけど、どうも生意気で……」

「いいえ、いいんですよ。年頃ですもんね。あの年代って格好つけたくなるもんですもの、気にしてませんよ」


 私は、申し訳なさそうに謝罪しようとする院長先生を止めて三人の男の子の方に体を向ける。

「貴方達がここを出たら何をするかは貴方達の自由よ。でもね、もう二年はここで暮らすんでしょ? 貴方達にいい言葉を教えてあげるわ。【働かざる者食うべからず】……ここでお世話になってる以上、ちゃんとお手伝いしてちょうだい。それに、畑仕事を馬鹿にしちゃいけないわ。畑仕事ってすっごい体力使うから知らず知らずの内に筋肉も付いてくるのよ。冒険者になりたいのなら少しは体を鍛えた方がいいわよ」


 私がそう言うと男の子達は眉を顰めさせた。

「なんだよ……女のくせに偉そうな事言うなよ」

「そうだそうだ、何が畑仕事だ。俺達はそんな事しなくても力はあるぞ」

「それに魔法だって使える、見てろ! 炎よ、焼き尽くせ! ファイアボール!」


 そう言って一人の男の子が火魔法を唱え、積み上げていた丸太に向かって丸い炎の塊をぶつけた。

「あ! その丸太これから使うのよ!」

 その丸太は新しく作る畑の柵用に準備した材料だった。


 私はすぐさまパチン! と指を鳴らし炎の上から水を被せ、一瞬のうちに火を消した。

 幸いにも男の子が唱えた火魔法はそれ程強力ではなかったので、丸太も表面が焦げただけで済んだ。

「もう、危ないじゃない。ダメよ、こんな所で火魔法使っちゃ」


「え、え? 水?」

「魔法か……? でも、詠唱は?」

「まさか……そんな……無詠唱!?」

 男の子三人は火の消えた水浸しの丸太をぽかんと口を開けて見ている。


「あのね、偉そうな口はこのくらい出来てからにしてちょうだい」

 私は土魔法を放ち、固く踏み均された地面を掘り返した。地面はゴゴゴゴゴ……と地響きを上げ深さ四、五十センチの土が空に舞う。

 土はやはり堅く、大小の塊がごろごろと浮かんでいて、かなりの量の石も混ざっていた。これでは植物は根が這れず、満足に栄養を吸収できないだろう。


 宙に浮かんだ土は次に放った風魔法を受けて粉々に砕け、大小あった土の塊は見る影もなくなった。

 流石に石ころは砕けなかったので、後で子供達と一緒に除去しよう。

 魔法を解けば宙に浮いていた土はドサッと地面に戻った。


 小さな子達は土が宙に浮いた事で目をキラキラさせ「すごーい!!」とはしゃいでいたが、例の三人は開いた口が塞がっていない。


「嘘だろ……」

「あんなの反則だろ……」

「お、俺……自信無くなってきた……」

 三人はそれぞれ肩を落とし、打ちひしがれてる様だった。


「さぁ! 硬かった土は魔法で耕したからここからは人力よ! 皆いい? さっき土を浮かせてみて分かったと思うけど、ここの土には大きい石から小さい石まで沢山あったよね? 植物はああいった石なんかがあると根が張れずに大きくなれないの。だから皆で協力して石を取り除くわよ。さぁ、頑張ろう!」

 そう説明すると子供達は元気よく畑に入り石を拾っていく。


「ほら、貴方達も。【働かざる者食うべからず】よ。さっきも言ったけど畑仕事っていい体力作りになるんだからね。冒険者を夢見るのはいいんだけど、まずは体作りしなきゃ。そんな細腕じゃ剣も握れないわよ。それに魔力持ちの貴方、魔力持ちの少ないご時世で魔力を持って産まれたことはとても幸運だと思うわ。でもね、持ってるだけじゃダメ。さっき見せてくれた火の魔法、あれではホーンラビット一体すら倒れてくれないわ。三人共、今持っているプライドは全部捨てなさい」


 キツイことを言うようだが一番怖いのは実力の伴わない過度の自信だ。

 ちらりと聞いた話だと冒険者一年目で命を落とす若者は少なくないらしい。生き残れるのは自分の実力をきちんと把握出来ている者だけなのだ。

 この子達にはそんな事になってほしくないのでつい口喧しくなってしまうが仕方がない。


「いい? 冒険者になる事を反対しているわけじゃないの。でも今の貴方達じゃまだまだ冒険者としてやっていけないわ。まずはしっかりとした体を作らないとね。貴方達はまだスタートラインにすら経っていないわ。焦る必要は無いから、デビューの日に向けてきちんと体を作りなさい。期待してるわよ、三羽烏」


「さ、さんば?」

「あの……三羽烏って?」

 あら、この国ではそう言う言い方はしないかしら?

「三羽烏ってね、私の故郷の言葉で『ある集団において特に優れた三人を指す言葉』なのよ。貴方達もそうなれるといいわね」


「特に優れた三人……」

「はは……それいいな」

「ああ。三羽烏か……うん。魔女様、俺達三羽烏になれるように頑張るよ」

 三人は三羽烏が気に入ったようで「俺達のチーム名、三羽烏にしようぜ! なんてったって魔女様が命名してくれたんだ! 絶対強くなれるよ!」などと言っている。


 あらあらあら、さっきまで女の癖にとか言ってたのはどの口かしら。


「ほらほら、野菜が収穫できればお腹いっぱい食べる事が出来るわよ、それは体作りに繋がるからしっかりと働きなさい」

 私がそう言うと三羽烏達はやる気を出したようで畑へ向かって行った。


 畑では小さい子達が土の中から石を拾い集め一箇所に集めている。そして、それを大きい子達が邪魔にならないような場所へと何度も往復しながら運んでいた。

 三羽烏も「大きい石は俺達が運ぶから無理するなよ」などと声を掛けていて、さっきはツンツンしていたけど本当は面倒見の良い素直な子達なのだと分かる。


「リリーさんありがとう」

 子供達に混じり私も石拾いをしていると院長先生がそっと近付いてきて声を掛けてきた。

「え?」

「あの子達の事、気にかけてくれて嬉しかったわ。冒険者になるなんてずっと心配していたから。確かにあの子達の言う通り、冒険者にはとても稼ぎのいい方たちがいるわ。でもねぇ……」

 院長先生の言いたいことはよく分かる。甘い考えで冒険者を続けていける程世の中甘くない。


「でもね、あの子達が冒険者になって稼ぎたいって言ったのはこの孤児院の為なの。国からの支援金はとても有難いのだけれど、ここに来る子供達は増える一方でね。今は何とかやっていけてるけどいつまで続けていけるか……」

 

 で、その院長先生の苦悩を知った三羽烏は少しでも孤児院の為に、そしてお世話になってる院長先生の為に冒険者になる事を決めたのだったそう。

 なるほどね。考え方は安易だけどその気持ちは分かったわ。それなら私もこの子達の為に力を貸したい。


「院長先生、もし良かったら私にも孤児院運営のお手伝いをさせて頂けませんか? とてもいい案があるんです。畑仕事が終わったらご相談させてください」

 そう提案すると院長先生は「まぁ本当に?」と喜んでくれた。


 しばらく石拾いをしていると、一人の子が「あっ!」と声を上げた。

 どうしたのかと思えば、孤児院の建物の陰から三人の男性が近付いて来るのが見えた。


「あー! ライ君だー!!」

「ほんとだ! ライ君久しぶりー!」

「隊長さんと魔法使いのお兄ちゃんもいるよ!」

 子供達が手を振る先にはライアン様を先頭にクラウスさんとディランさんが後に続いてこちらに歩いて来ていた。


 ん? 子供達、今なんて言った? 【ライ君】? クラウスさんを見れば人差し指を唇に当て、シーッとジェスチャーしていた。

 ああ、なるほど。ライアン様、ここにお忍びで来てるって行ったわね。ここでは【ライ君】で通しているのね。ほんと自由な人ね。


 呆れながらも三人に手を振ると、私に気付いたライアン様が大きく手を振り「リリー!」と駆け寄ってきた。

 その駆け寄る姿は、喜び駆け回るワンコのようだ。前からライアン様って何かに似てるなぁと思っていたが、ワンコにそっくりなのだ。


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