孤児院
クラウスさんと共に馬車に乗り、たどり着いた場所は多くの都民が住む居住区だった。
居住区では多くの住民が生活しており、都民向けの市場や雑貨店などが立ち並んでいた。
「今まで俺達がいた区画は貴族街や商業街で主に富裕層が暮らしているが、こちら側はこの王都に住む一般の住民達だ。ここはここで活気があって皆、生き生きとしているだろう?」
クラウスさんが言う通り、道行く人々は活気に溢れ近くの広場では子供達が楽しそうに遊んでいるのが見えた。
「まるで別の街に来たみたいね。王都って一つの街の中に色んな区画があるのね……」
「そうだな。ここは広いからな……一日では案内しきれない程だよ」
「市場は朝方が一番活気があるのかしら。今度来てみたいわね」
「ふふふ。リリーなら言うと思った」
しばらくクラウスさんに辺りを案内してもらっていると、ふと視界の端に大きな建物が目に入った。
そこは低い緑の塀に囲まれ、庭と思しき広場には遊具が置かれていた。パッと見ただけでもかなりの広さの敷地だ。
「クラウスさん、あそこ……もしかして学校とかかしら?」
「ん? ああ、あそこは孤児院だね。事故や病気、もしくは何らかの事情で親をなくした子供達が住んでいるところだよ」
孤児院……そうか、この世界にも子供達を見守ってくれる施設があるのね。
「クラウスさん、孤児院って自由に出入りしていいものなのかしら? もし良かったら訪問してみたいのだけれど」
「それなら大丈夫だけど、どうしてそう思ったんだい?」
「う〜ん、この国の事を理解したいから……かな。ライアン様のご好意であそこに住まわせてもらっているけど、アズレアの人々を知るには色んなところを見て回らないと分からないものね。それに、最近までずっと子供達と一緒に過ごしていたからか、孤児って聞くとその子達がどう暮らしているか気になるの」
「そうか、分かったよ。ここの院長は元々商業街に住んでいらした方なんだが、若い頃に夫と子供を亡くしてね……行商先で魔獣に襲われたらしいんだ。彼女だけは命を取りとめたものの、一度に愛するものを二人も失ってしまって、絶望の淵に沈んでいたそうなんだ」
孤児院へ向かいながらクラウスさんは院長先生について話してくれた。
そして、絶望していた院長先生はある子供達と出会ったそうだ。そう、親を亡くし行き場を無くしてしまった子供達だ。
そういった子供達の多くは院長先生が孤児院を開くまでは路上生活や、娼館などで下働きをしていたのだそうで、院長先生はそんな子供達を引き取り、財を投げ売ってこの孤児院を開いたそうだ。
「その院長の行動に王も感銘を受けてね。国から補助金が出されるようになったんだよ」
「凄く、良い王様なんですね」
「そうさ、王は常に国民を思い、国民の為に尽くしてくれる。だから俺達もこの国に尽くすのさ。さぁ、着いたよ」
到着すると緑の塀だと思っていたのは生垣であることに気がついた。それに、チラッと見えたが畑なんかもあるようだ。
「あ! 隊長さんだ! 隊長さんこんにちは!」
孤児院の様子を眺めていると可愛らしい女の子の声が聞こえた。目の前には五、六歳程の女の子が私達を見上げていた。クラウスさんを隊長さんって呼ぶって事は、クラウスさんはここを何度か訪ねているのだろう。
「やぁ、こんにちは。今日も元気だね。院長先生はいるかな? 今日は院長先生にお話があって来たんだ」
「分かったー! 今呼んでくるねー!」
女の子は元気に走って建物の中へと入っていった。
「クラウスさん、ここの子達と知り合いなの?」
「まぁな……俺って言うかライアンがだけど……」
「ライアン様? 何でライアン様が……あ、まさか……」
「そう、よくお忍びで遊びに来てる。子供達はライアンが王太子殿下だって気付いてないから黙っててね。流石に院長は気付いているが、何も言わないで普通の客人として振舞ってくれている。そのライアンを迎えに来てるうちに俺の事も「隊長さん」って呼ばれるようになったって訳だ」
ライアン様……色んな所に現れてるのね……
後からクラウスさんから聞いた話だが、ライアン様はこうして街の色々な場所をお忍びで巡り、街の中の問題点などを自ら調査しているのだそうだ。
ただ、それだけ聞けば聞こえはいいが、毎度毎度黙って出ていく為にディランさんとクラウスさんの苦労は計り知れない。
二人が言うには「あれは絶対俺達を困らせて楽しんでいる」との事で、短い付き合いの私にも彼の考えが手に取るように分かってしまう。
「隊長さ〜ん! 院長先生連れてきたよ〜!」
しばらく二人で待っていると、先程の女の子が年配の女性の手を引き、ニコニコと歩いてきた。
「まぁまぁ、ウィンザーベルク様。半年ぶりでございましょうか、お久しぶりでございます」
院長先生はにこやかに私達を迎えてくれた。
「突然の訪問で申し訳ない。少し様子を見に来たのだがいいだろうか?」
「ええ、ええ。子供達が喜びます。ところで、そちらの可愛らしいお連れ様はどなたかしら? ご紹介下さる?」
院長先生は私を見るとにこやかに微笑んだ。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。リリーと申します。クラウスさんから院長先生がお一人で開いた孤児院だとお聞きして、是非訪ねてみたいとお願いしたんです。私も少し前までたくさんの子供達と一緒に暮らしていたのでここの子達の様子も見てみたくて……」
「リリーはね、薬草を使った日用品や薬を作っているんだ。院長も【ハーブの魔女】の名を聞いたことがないだろうか?」
クラウスさんがそう言うと、院長先生は両手をパンと胸の前で合わせ、顔を綻ばせた。
「まぁ! 貴女が噂の魔女様なのね! 魔女なんて言うからどんな人かと思えば、こんな可愛らしい女性だったなんて。それに、見たところウィンザーベルク様の想い人みたいね」
パチンとウインクするその姿が何とも可愛らしい。
「ええ。リリーは……私の最愛の女神ですよ」
クラウスさんはそう言って堂々と惚気けるので、院長先生は目を丸くしたあと「ふふふ」と笑うと「まるであの物語のようね」と呟いた。
なんの事かと尋ねてみれば、なんでも最近王都で人気の物語らしく、子供向けの絵本から大人向けの恋愛小説まで幅広く出版されているらしい。
「じゃじゃーん! これの事だよー!」
その物語を知らないと言う私の為に、先程の女の子が絵本を持ってきてくれて、他の子も交え読み聞かせをすることになった。
で、その物語って言うのが読んでみて頭を抱えたくなる内容だった……
むかしむかし、とある国の西の外れの森に薬師の魔女が住んでいました。
魔女は若いながらも様々な薬草を使い、薬を作りながら森の奥でひっそりと暮らしていました。
ある日、魔女はいつもの様に近くの村で薬を売った帰り、一人の騎士と出会います。
その騎士は魔獣との戦いで酷い怪我を負い、命の危険がある程の重症で発見されました。
ですが、魔女はその知識と薬草で騎士の命を救います。
「ありがとう。貴女は私の女神だ。貴女に救われたこの命、生涯貴女の為に使うと誓おう」
騎士は魔女に対し、騎士の誓を立てます。
それから騎士は、一度国に帰らなければならないと魔女の元を去りますが、一年後お供を連れて再び魔女の元を訪ねます。
「私の女神……迎えに来たよ。さぁ、共に行こう」
魔女は騎士の手を取り、二人は抱き合います。
こうして二人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ。
まぁ、簡単に言うとそんな内容だった。
「クラウスさん……これって……」
「ああ、どこかで聞いた事があるような話だな……」
「奇遇ですね……私もです……」
二人がそう思うのもあながち間違いではなく、大当たりであった。
事の発端はバースでの子供達の噂話から始まる。
「騎士様、かっこよかったねぇ!」
「うんうん!」
「それに、魔女様もお姫様みたいで綺麗だったね!」
リリー達が旅立った数日後、子供達はクラウスとリリーの話で持ち切りだった。
そして、そこに一人の旅人が偶然通り掛かかる。その旅人は国中を旅し、自分の目と耳で見聞きた事を物語として書き綴る【流れの物書き】だった。
「楽しそうな話をしているね。もし良かったら僕にもそのお話を聞かせてくれないかな? お礼に今ブローディアで人気の【あんぱん】をご馳走するからさ」
旅人はそう言ってバッグから一つ一つ丁寧に包まれた【あんぱん】を取り出すと、子供達は喜んで教えてくれたのだった。
そうして彼の書いた物語は国中へと広がったのだ。
「まぁ、ただの偶然だと思うことにしよう……」
「そうね。不思議な事もあるものね」
当事者の二人は知らず知らずの内に本のモデルになっていたのだった。
その後も孤児院内を子供達に案内してもらい、裏庭へとやってきた。
そこには広い畑が広がっていて、この世界の野菜が育てられていた。
「国から支援は頂いてますけど、子供は増える一方で……何とか自分達でも作物を育てて暮らしているんですよ。でもなかなか上手く育たなくてねぇ」
院長先生はそう言って畑を見回した。
私もその畑を見てみると、痩せた土地だということが分かる。土の状態を手で確かめてみれば、やはりゴツゴツとしていて硬い塊が多く見受けられ、育てられている野菜も食べるところがほとんど無いような状態だった。
固く踏み固められた地面を浅く掘り返して平らに均しただけの畑……それでは食物は育たないだろう。
「院長先生、この土では食物は育ちません……もし良かったらなんですけど、私が手を加えてみても良いですか?」
私の魔力付きの畑になれば作物の成長も少しだけ早くなることがバースの村で実証済みなので、今から種を蒔いたとしても余裕で夏野菜が収穫できるだろう。
そうなれば子供達もお腹いっぱい食べる事が出来るはずだ。
「それはいい考えだね。院長、ここはリリーを信じて任せて貰えないだろうか。植物の事に関したらリリーの右に出る者はいないからね」
クラウスさんは私の思惑を直ぐに察してくれて、院長先生に勧めてくれた。
「まぁ! 本当に!?」
「ええ。子供達のため私にも協力させてください」
こうして孤児院の食料確保の為の菜園改造計画が始まったのだった。




