素材買取
「ああ、ここだよここ」
クラウスさんによって案内されたその店は、本当にこれがお店なのかと言うくらい、ボロボロだった。
「な、なんか凄いところね……潰れたりしないのかしら……」
その店は風が吹けば一瞬にして倒れてしまいそうな程、傷んでいる。
「まぁ、初めは驚くよな。だけどね、素材屋と言う職業は大金を扱う上に貴重な魔獣素材を保管してあるから、素材屋だと分からないように偽装している店がほとんどなんだよ。だから……ね? リリーも誰にも言っちゃいけないよ」
クラウスさんはそう言って耳打ちした。
「そんなに大事な場所、私に教えちゃって大丈夫なの? 急に不安になってきたんだけど……」
「大丈夫だよ。リリーの事はみんなが認めているからね。それに、ここの店にとってはとんでもない上客だろうからむしろ歓迎されるだろう」
そうして私達はボロボロの建物へ入った。
店に入り、奥へ進むごとに段々と周りの様子が変わってくる。それはまるで魔法のようで、一枚一枚薄いベールが剥がされていくイメージだ。
「クラウスさんこれって……」
「そう。この店はね、間違って知らない人が入店しても大丈夫なように、決められたルーティンを辿らなければいつまで経ってもボロボロの店なんだよ」
「だからさっきから色々触ったりしてたのね」
店に入ってからクラウスさんは、古びた時計の針を戻したり、アンティークの置物の角度を変えたりしていた。
それがこの店に入る鍵だからだろう。
「後でここの店長に教えてもらうといいよ。さぁ、これで最後だ」
クラウスさんはそう言ってホコリの被った本棚の中から一冊の本に指を伸ばし、ズズズッ……と本を押し込めた。
すると、最後のベールがふわりと外れ、柔らかな光に包まれた瞬間、一瞬にして全く違う雰囲気のお店が目の前に広がった。
そこは、古めかしさはあるものの、ただ古いだけではなく洗練された美しさが際立っている。まるで、アンティークショップのようだ。
「すごい……魔法みたい……」
「はははっ! 魔法だよ、リリー」
「あは、そうだった。まだまだ知らない魔法が沢山あるのね……」
「そうだね。俺もまだまだ知らない魔法は沢山あるから一緒に体験していこうね」
「ふふっ。楽しそう……」
二人で笑い合っていると盛大なため息と咳払いが聞こえた。
「おい、ここをどこだと思ってる。やるなら他でやってくれ! この色ボケ隊長!」
その声に弾かれるようにパッと離れると、クラウスさんは苦笑いをし、声の主に向かって挨拶をした。
「久しいな、クインツ。色ボケで結構、なんとでも呼んでくれ」
「ここは女連れで来るような場所ではないぞ。そんな事も忘れたか」
「まぁまぁ、彼女は特務の友人、そして私の特別な女性だ。それくらい許せ。それに、爺さんにとってとんでもない取引相手になる人物だぞ?」
クラウスさんが爺さんと呼ぶその方は、薄い茶色と黒の斑な体毛に、大きな目玉が特徴的な梟の亜人だった。
「はぁ? このお嬢ちゃんがか? ホーゥホゥホゥ! なんの冗談だクラウス」
「まぁまぁ。まずは彼女の話を聞いてやってくれ」
さぁ、とクラウスさんに目で促され、梟おじいちゃんの前へ向かった。
「はじめまして、リリーと申します。今日は買い取って頂きたい魔獣素材があるので見て頂きたく参りました。貴方の許可なくこの店を訪れてしまってごめんなさい。クラウスさん達特務のみんなが信頼を寄せる方だと伺いました。もし宜しかったら私の素材も見ていただけないでしょうか?」
すると梟おじいちゃんは片眉をクイッと上げ「ほぅ?」と私を見た。
「なんだ、随分と礼儀正しいじゃないか……儂はここのオーナーのクインツだ。まぁ、悪い子じゃなさそうだしせっかくここまで来たんだ、どれ……見てあげるから出してごらん。ラビットかい? それとも植物素材か?」
クインツさんはモノクルをかけると見せてごらんと手招きした。
「はははっ! リリー、面倒だから一気に見せてやってくれ。そうだな……クインツ、ここのテーブルいいか?」
「なんだ、そんなに持ってきたのか? お、もしやアイテムボックス持ちか!」
「ええ。すみませんが少し量がありまして……」
「分かった分かった。そこのテーブルを使っていいから全部出しなさい」
私はクラウスさんに言われた通り、クインツさんが指差したテーブルに素材を出した。
「えっと、これがコカトリスの嘴でしょ、あと爪と、風切羽と、尻尾の部分の皮も素材になるんですよね? あ、あと魔石。それからちっちゃいけどフォレストイーグルの魔石と、あ……これおっきいな……テーブル乗るかしら……よいっしょ! ベルベットバイソンの毛皮と魔石でしょ、それから……」
「ちょ! おい! ま、待て待て待て! お嬢ちゃん、この素材どうしたんだ? ベルベットバイソン!? しかもこんなデカいなんて……滅多にお目に掛かれるものじゃないぞ。どうやって手に入れたんだ?」
クインツさんは大きな目をこれでもかと言うほど見開き、アイテムボックスから取り出した素材を見ている。
「どうって……狩りとか討伐とかですけど……あ、全部一人で倒したんじゃないですよ! 仲間と一緒にとか他の仲間が単独で倒したのもあります。私が単独で倒したのはフォレストイーグルと、鹿っぽい魔獣だけです」
「フォレストイーグル!? お嬢ちゃんもしかして魔法使いか! ん?……鹿? い、いや、まさかな……ちなみに鹿っぽい魔獣ってどんなだ?」
「あ、すっごい大きな角が生えている鹿だったんですよ〜。倒したら根元からポロンと落ちちゃったんですけど」
そう言ってアイテムボックスからズルズルと大きな角を取り出した。
これは西の森で素材採取している時に出くわした鹿の魔獣の戦利品だ。
その鹿は金色の毛並みに白く光る巨大な角を有していた。そして、その角からは電撃が発せられ危うく感電死するところだった。
どうやって切り抜けたかと言うと、毎度お馴染み……ウォーターロックと名付けた水球に閉じ込めたところ、窒息するまでもなく、自分の電撃で感電死したのだった。
ロジーからは哀れだと同情され、スノーからは雷の耐性あるはずなのになぜ自分の魔法で感電するんだと不思議がっていた。
「ズ! ズラトロク!! こりゃあ驚いた……これ、本当にお嬢ちゃんが倒したのか?」
「ええ。西の森に住んでいる頃に」
「西の森……? と言うとアズレアとサラセニアの国境にある、あの魔の森か! 人は住めないと聞いておったが、一体どういう訳だ……」
クインツさんは不思議そうにクラウスさんを見た。
「まぁ、そんなに詮索しないでやってくれ。身元は俺達がちゃんと把握しているし、なんと言っても王太子殿下の友人だからな」
「そうかそうか、訳アリなんだね。お前たちがそんなに言う方なのだから追求するのはやめておくよ……それにしてもこのズラトロクには驚いた……儂も一体分、丸のままの状態の角は初めて見たからな。そうそうお目にかかれない物だよ」
「えっと、それで買取って頂けますか? まだまだアイテムボックスに入ってる素材もあって、そちらも見て頂けたら嬉しいのですが……」
この際なのでアイテムボックス内の素材関連を全て見てもらおう。
「う〜ん……買取は問題ない。むしろこちらから売ってくれとお願いしなければならない程だからな。ただ、高額素材すぎてこちらの予算が心配だな……」
「そんなにですか?」
「ああ。例えばこのズラトロクの角なら金剛石貨十枚はくだらないな……」
は?
「こ、こここここ、金剛石貨? 十枚!?」
「そうだ。しかし、ここまで状態が良い角は滅多にないからな、時間さえあればコレクターにもっと高い値で売ることが出来るが……どうする?」
えっと、金剛石貨って十万の単位だっけ? ち、違う! それは大金貨だ! って事は百万が十枚で……い、一千万……!
「嘘でしょ……この角がそんなに高価だったなんて……」
「当たり前だ。まず、個体数が少ないからな。それに、討伐するのにもかなりの腕が必要になる。そして、討伐できたとしても流通するのは攻撃によって折れてしまったり傷だらけの角だけだからな。その点、お嬢ちゃんの持ってきた角はどこも欠けることなく、傷もついていない。こんなにいい品はないよ」
「そうなんだ……知らないことだらけね……でも、この角はクインツさんの見立てで買い取って下さい。実は、この角……ある事に使いたいので少し持ち帰りたいんです。あと、ベルベットバイソンの皮も半分は持ち帰りで。残りは全部買取でお願いします」
「そうか、少し勿体ない気もするがそれはお嬢ちゃんの獲物だからな。そうさせてもらうよ」
そうして無事買取をしてもらい、大量の金剛石貨がアイテムボックスへと保管された。
ズラトロクの角、ベルベットバイソンの皮、コカトリス素材以外にも、知らず知らずの内に狩っていたホーンラビットの変異種なんかにも高額が付いた。
後から教えて貰ったのだが、世の中にはもっと高額の素材があり、鱗一つで金剛石貨一つ(どんな鱗よ。鱗なんてだいぶ数があるじゃないの)なんて物や、心臓一つで金剛石貨百枚(何に使うのよ……)なんて物が存在するらしい……
「クインツさん、ありがとうございました!」
「こちらこそいい素材をありがとう。また何かあればいつでもおいで。素材のことなら何でも相談に乗るよ」
そうしてクインツさんに別れを告げ店を後にした。
「クインツさん……いい人でしたね」
「だろう? ああ見えて人の面倒を見るのが好きな爺だからね。ところで……ズラトロクの角とベルベットバイソンの毛皮、何に使うんだい?」
やっぱり気になるわよね……でも……
「ん〜、まだ内緒かな。出来上がったらクラウスさんに最初に教えるから楽しみにしてて」
「そうか……リリーがそう言うなら楽しみに待っているとしよう」
先程、クインツさんからお勧めの加工屋を紹介してもらった。クインツさんからは「儂の知っている中でも最高の加工屋だ」とお墨付きを頂いてあるので、期待ができそうだ。
「さて、次はどこに行こうか……リクエストはあるかい?」
「ん〜、そうね……」
行きたいところか……そう言えば、ここから反対側って言ったことがないわね。
「ねえ、クラウスさん」
「なんだい?」
「ここから反対側って何があるの?」
「反対側……そうか、リリーはまだ言ったことがなかったね」
私の行動範囲は王都に到着してから騎士隊舎と自宅、商業街くらいなので、そこから反対側に何があるのか分からなかった。
「それじゃあ今日の残り時間はリリーの知らないこの街を案内するとしよう」
クラウスさんはここから少し遠いからと言って、馬車を借りてきてくれた。
「さぁ行こうか」
差し出された手を取ると馬車へと乗り込み、まだ見ぬ王都へと出発した。




