マダム・ミンディ
「〜〜~♪︎〜〜〜♪︎〜〜〜♪︎」
鏡に向かいながらお化粧中の私です。
今日は楽しい楽しいデート! あぁ、浮かれちゃう!
「今日のお肌、調子いいわね。やっぱり昨日、寝る前にパックして良かった!」
クラウスさん、あまり濃いお化粧は好きではないって言っていたから、薄く白粉を叩いて新作の口紅を塗る。小さな小瓶に入った口紅をブラシで取ってトントンと唇に乗せていけば、パッと色付く。
「うん、いい色!」
この口紅は花から色を抽出した自然色の口紅だ。「花から採った色でお化粧品作れないかしら」と思い付き、作ってみたところ思った以上にいい物が出来てしまった。
世界に分布する花々は種類も多く色とりどり。色の種類は花の種類と比例し、そしてその花ごとにも色は様々だ。
「これって自分に合う自分だけの口紅作れちゃうんじゃない?」
オーダーメイドの口紅……いいかも! 早速、思いついた事をメモに取りアイテムボックスへしまった。
最近、何か思いつくと直ぐにメモをとるようにしている。新しいアイデアが次から次へと湧き出てくるので忘れない為に、そして更に新しいアイデアが浮かぶようにとメモをとるのだ。
ちなみに今日の口紅はゼラニウムの花から抽出したピンク色だ。
この、花から色を抽出する方法が本当に苦労した。思いついたはいいが、中々綺麗な色に抽出出来なかったのだ。
まず、一番最初に思い浮かべたのは、小さい頃に遊んだ色水遊びだ。朝顔なんかを水につけて色水とか作らなかった? 赤、青、紫、なんかがメジャーよね。それからおしろい花からは黄色も作れたわね。
その色水を参考に色を抽出したのだが、色水は時間とともに段々と変色し、綺麗な色を保てなかった。
なので、水ではなく数種類のオイルで試したところ、前にブローディアで手に入れたココミルクの原料、ココの実から取れるココオイルが素晴らしい結果を出してくれた。
ココオイルは食用にも使われるので、安心して唇に使えるのもメリットよね。それに、保湿性が高いので、使えば唇がウルウルのツヤツヤになるのだ。
そして、より綺麗な発色にする為、レモングラスのエッセンシャルオイルをほんの少しだけ加えた。
レモングラスを入れたのは、色水作りでレモン汁を入れると綺麗な色が抽出出来ることから思い付いた。
おかげで、綺麗な色と共にほんのりと爽やかなレモングラスが香る口紅が誕生したのだ。
もちろん、新しく作った物なので鑑定したわよ。また、いつかみたいにおかしな効果が出るといけないからね!
【ココルージュ】☆☆
ココオイルを原料とした今までにないルージュ。
ココオイルとレモングラスが合わさった事により、新たな効果を発揮。
表皮を潤すだけではなく、その効果は真皮まで届き内部から潤いをもたらす。
と言うわけで、ココルージュを塗った私の唇は、薄く色付き艶やかだ。
後は着替えるだけ。クローゼットを開くと既に決めてあるワンピースを取り出す。
このワンピースは王都に着いてからアニーさんオススメのお店で作ってもらったものだ。
あまり服を持たない私を思ってか、アニーさんが勧めてくれたのだ。
アニーさんが行きつけだというそのお店は、王都の中心部にほど近い落ち着いた場所にあった。
ちなみに、王都中心部には王城があり、貴族街がその近くに位置する。その反対側にはクラウスさん達が所属する騎士隊舎と訓練場などがあり、私の家もその辺に位置してある。
お店の外には洗練された看板が掲げてあり、そこには【マダム・ミンディ服飾店】と書かれていた。
お店の扉を開けるとチリンチリン、とドアベルが可愛らしい音を鳴らす。中に入れば色とりどりの布が掛けられた壁が迎えてくれ、キャビネットには可愛らしい小物がずらりと並んでいて、少し高い位置には可愛らしいワンピースやブラウス、スカートが飾られていた。
「か、可愛い……あ、お花のバレッタだわ!」
キョロキョロと色々な服に目を惹かれていると、可愛らしい声が聞こえてきた。
「まぁまぁまぁ! 可愛らしいお嬢様だこと!」
パッと声が聞こえた方に目をやるが人の姿が見当たらない。
「あ、あれ? こ、こんにちは……?」
姿が見えないが挨拶は大事。声の方に向かって挨拶すると、返事が返ってきた。
「はぃはぃ。こんにちは! うふふふふっ。ここよ、こーこ!」
そう言われよく探してみれば、なんとカウンターの上に小さな女性が立っていた。
よく見ればふくよかな年配の女性で、身長はおよそ二十センチ程しかない小さなおば様だった。
「うふふふふっ! 貴女、小人族は初めて見るのかしら?」
「あ、は、はい! 初めまして、リリーと申します。アニーさんからの紹介で尋ねてきました。よろしくお願いします」
軽くカーテシーで挨拶すれば彼女はにっこりと笑ってくれた。
小人族! アニーさんが言っていたのはこの事だったのね!
ここを紹介された際、アニーさんが「きっと驚くわよ!」と言っていたのを思い出した。
「うんうん。礼儀正しいのね。気に入ったわ! 私はここのオーナー、小人族のミンディよ。貴女の事はアンネリースから聞いているわ。あの子にとっても良くしてくれたんですってね! あんまり嬉しそうに話すから早く会いたくて仕方がなかったわ!」
「そ、そんな! 良くしてもらったのは私なんです。アニーさんには色々教えて貰って……姉が出来たようで嬉しかったんです」
アニーさんは私の理解者で話し相手で良き友人だ。よく、相談事にも乗ってくれるので姉のように慕っている。
「まぁ、素敵ね……あの子も貴女の事を妹のようだって言ってたのよ」
思わぬ所でアニーさんの気持ちを聞いて嬉しくなってしまった。
「さて、本題に入りましょうか」
「はい! よろしくお願いします」
「それじゃあ今日は採寸とどんな服に仕立てていくか相談しましょうね」
「はい」
アニーさんが紹介してくれた【マダム・ミンディの服飾店】は完全オーダーメイドのお店なので、まずは採寸から始まった。
「みんな! お仕事よ!」
マダムがそう声をかければ、奥から三人の若い小人族がやって来た。
「はーい!」
か、可愛い〜!
ふんわりワンピースに白いフリル付きのエプロンを身に付けた少女達がすぐにやって来て次々に挨拶する。
「エミルです!」
「エリルです!」
「エセルです!」
「こんにちは。リリーです。今日はよろしくお願いしますね」
恐らく三つ子だろう三人は、髪の色は違うが三人とも同じ顔をしていた。
ピンクの髪がエミルちゃんで、水色がエリルちゃん、若草色がエセルちゃんだ。
「それじゃあ採寸始めまーす」
「両手を広げてくださーい」
「動かないでくださいねー」
言われた通り、両手を広げてじっとしていると、三人はパチン! と指を鳴らした。
すると、その合図でメジャーがふわりと浮き、シュルシュルと私の体に巻きついてきた。
「わっ! みんな魔法使えるのね!」
私が驚いてみせると、マダムが「小人族み〜んな魔法が使えるのよ」と教えてくれた。
採寸はスリーサイズの他にも首回りや腕回り、手首の回りまで事細かに採寸され、あっという間に終わってしまった。
「はい、お疲れ様。次はこっちでデザインの相談をしましょう。お紅茶を用意するわね」
マダムはそう言うと、指をパチンと弾いてティーセットを浮かせた。
素敵すぎる! まるで魔法の国にいるみたい! あ、魔法の国だったわ、ここ。
目の前の光景がファンタジー過ぎてときめいてしまったわ。
それからマダムとどんな服を何着作るのかを相談し、マダムは次々にスケッチを完成させた。
後はマダムたちに任せて服が出来上がるのを待つだけなので、その日はそこで終了。
後日、連絡を貰いマダムの元を訪れると、トルソーに掛けられたワンピースと、ブラウス、スカートが三着ずつ用意されてあった。
その出来栄えは見事という他はなく、実際に着てみると自分の体にピッタリとフィットし着心地がとてもよかった。
「ありがとうございます! なんて素敵なの……」
「うふふっ。喜んでもらえて良かったわ!」
「はい! 大切にしますね!」
私はお礼を言うと代金と共に、庭の花で作ったブーケを四つとポプリを渡した。
「良かったら受け取ってください。マダムとエミルちゃん、エリルちゃん、エセルちゃんをイメージしたブーケとポプリです」
一人一人に渡し終えるとマダムはハッと何かに気付いたようだった。
「あ、貴女もしかして世間で有名な魔女様!?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? アニーさんに何も聞いてないんですか?」
「驚いたわ〜! あの子も何も言わないんですもの……ありがとうね、また来てちょうだい! こんなに素敵な物を頂いたんですもの、次はもっといい物を作ってみせるわ!」
その言葉通り、数日後ラッピングされた小包が届き、開けてみれば中には可愛らしいバッグが入っていた。
私はマダムに作ってもらった大人上品なワンピースに着替え、バッグにハンカチとココルージュとお財布を入れて肩にかけた。
すると、丁度よくカランカランと呼び鈴が鳴った。きっと、クラウスさんが迎えに来てくれたのだろう。
「ロジー、スノー。行ってくるわね!」
「行ってらっしゃい。あんまり遅くなっちゃ駄目だよ」
「楽しんでこい。何かあったらいつでも念話を送ってくれ」
二人に声をかけ、エントランスまで降りると扉を開けた。
「おはようリリー……」
「おはようクラウスさん」
「驚いたよ……なんて綺麗なんだ。似合ってるよ、リリー」
クラウスさんは目を細めて新しい服を褒めてくれた。
「ありがとう……クラウスさんもその……とってもかっこいい……」
「ふふふ、リリーとの初めてのデートだからな。気合を入れてきた。年甲斐もなく楽しみで中々寝付けなかったよ」
「クラウスさんも!? 実は私も……」
二人でエントランスで照れあっていると二階から声が飛んできた。
「さっさと出かけなよ〜。全く……見せつけるなよな!」
その言葉に二人で苦笑いしながら外へと出た。
今日はきっと楽しくなるわ! 今日という一日に胸を弾ませながら、差し出された腕に手を添えて箱庭を出たのだった。




