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仮面とクラウス

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いひゃい(痛い)! リリー、いひゃい(痛い)よ!」

「もう! 何なのよさっきのは!」

 

 ぎゃあぎゃあと騒ぐここは、劇場にあるとある一室だ。建設責任者に許可を貰い、まるっと一室を私達だけ四人にしてもらったのだ。ついでに、消音魔道具(サイレンサー)を起動してある。

 日頃、ライアン様には丁寧な言葉遣いを心掛けているが、今はそんな事は吹き飛んでしまっている。

 私達は部屋に入り、消音魔道具(サイレンサー)を起動させると、ライアン様を囲んだ。

 そして、ディランさんが怒鳴る前、私はライアン様の両頬をムギュッとつまんで、さっきの言動を問い詰めている。


「で? 何のつもり? ちゃんと説明してくれるまで離さないわよ」

「ごめんっへは(てば)ひょうひ(調子)にのり()ぎた。だからはなひへ(離して)……」


「もお! あの令嬢達の私を見る目! これから先どうしてくれるって言うのよ! ちゃんと説明しなさいよ!」

 そう言って両手を離そうとしたのだが……


「リリー、そのままで」

「むしろもっと力を込めるといい」

 メラメラと怒りの炎に包まれるディランさんとバチバチと雷を放電させるクラウスさんによって止められた。


「わ、悪かっはっへ(たって)! そこまでほんひ(本気)になるなよ!」

 二人の様子にライアン様は本気で怯えている。


「あぁもぉ、いいから早く説明して」

 パッと手を離すと、ライアン様は両手で頬をさすりながら言い訳をした。

「いやさ、馬車降りたらいきなり囲まれて困ってたんだよね。あの令嬢達、最近どこから情報を仕入れるのかよく俺の前に現れるんだわ。公式の場ならそれなりの対応はするが、今日は非公式の視察だったからな。取り繕うのに苦労したよ。で、丁度よくリリーがいたから魔除けになるかな〜って……」


 呆れた……そんな理由?

「誰が魔除けよ!」

「ごめんってば。じゃあ魔除けが嫌なら本当にそういう関係になってみる?」

 冗談も程々にして……じゃないと……

 

「いい加減にしろ。俺のリリーになんて事言うんだ。お前にはやらん!」

 ほらね? そう言ってクラウスさんがバチバチと雷を鳴らした。隣ではディランさんが、「ヒュゥ」と口笛を鳴らす。


「へぇ、()()リリーね。仮面、剥がれてきたね」

 ……言われて気付いた。クラウスさん、いつもは自分の事「私」って言ってたわね。仮面って何かしら?

「っ……うるさい!」

 そう言うクラウスさんは心做しか顔が赤い気がするし、いつもの穏やかな口調からは想像がつかないくらい取り乱している。

 そこにライアン様は畳み掛けるかのように言葉を投げかけた。


「いつまで猫かぶってる気だよクラウス。リリーの前でまで紳士ぶっちゃってさ。ソレ、外面用だろ? そんな付き合いしか出来ないなら俺が貰うよ?」

 え? ど、どういう事? ライアン様が何を言っているのか分からない。外面用? そんな付き合い?

 ライアン様の言葉に心が揺れる。一体、なんの話なの?


 訳も分からず狼狽えていると、クラウスさんとバチッと目が合った。

「……っ、リリー」

 クラウスさんは言葉に詰まっているようで、中々その先が出てこない。


「よしっ、ディラン。視察行くか! お前らはそこでゆ〜っくり話してるといいよ」

 ニッ! と笑った後、ライアン様はディランさんを連れて部屋を出て行ってしまった。部屋を出る直前、ディランさんの苦笑いが見えた気がした。


 二人が出て行くとクラウスさんはドサッとソファに座り込み、頭を抱えてしまう。

 しばらくすると、クラウスさんは大きく溜息を吐いてチラリと私を見上げた。

 その表情が何とも切な気で、何とも色っぽい。その顔は反則よ……。

 暫く口ごもっていたクラウスさんはようやく意を決したようで、私を真っ直ぐに見て口を開いた。


「すまない、リリー。ライアンの……言う通りなんだ……少し長くなるが聞いてくれるか?」

 そう言うと、クラウスさんは昔話をしてくれた。まだ十代だった頃の苦い思い出を。

 私はクラウスさんの隣に座り、彼の手を握って静かに話を聞いた。


「ディランのお陰で事なきを得たが、それからかな……女性に対して壁を作るようになったのは。ライアンから仮面を被ってる、なんて言われたりしたな……」

 成程ね。女性不信になるのも納得できるわ。

 ライアン様はそれでクラウスさんが反応するようにわざと私にちょっかいかけたのね。素直な自分を曝け出させる為に。

 

 ライアン様も幼馴染としてクラウスさんを心配していたのだろう。少しだけ、ライアン様を見直したわ。


「だから、仮面とか、冷血紳士なんて呼ばれてたのね」

「ははは、情けないだろ? 騎士道精神が聞いて呆れるよ」

「ううん、そんな事ない」

 

 騎士道精神……前にクラウスさんに教えて貰ったことがある。それは、騎士たる者勇敢であれ、慈悲の心を持ち優しくあれ、貴婦人に献身せよ。などの騎士としての精神面の心得のようなものだ。

 簡単に言うと、模範的であれ。と言う事らしい。その他にも騎士の十戒なんてのもあるらしい。

 

「クラウスさんはいつだって勇敢で、優しくて、献身的だったわ。普通、そんな酷いことされたらなりふり構わず、女性に対してもっと酷い対応しちゃうでしょ? クラウスさんは立派な騎士よ。前にも言ったことあるけど……私、どんなクラウスさんでも好きよ……直ぐにとは言わないから、私の前では本当のクラウスさんを見せてくれると嬉しいわ」


 クラウスさんはきっと、自分が傷つかないように、そして相手を傷つけないようにと、騎士としての自分で本当の自分を隠してしまったのだろう。

 初めてあった時から比べれば、徐々に接し方は崩れてきたが、未だ固いことは気になっていた。

 だが、時折ディランさんやライアン様と話をしている時、かなり砕けた話し方をしていて、きっとこれが本当のクラウスさんなんだろうと、少しやきもちを焼いてしまったことも確かだ。


「十年も仮面を被ったままだったからな。これが普通になってしまっていたから中々抜けなくてね。これからリリーとはずっと一緒にいたいと思ってるから……少しずつ本当の自分に戻れるよう努力するよ」

「うん」


 クラウスさんは私を抱き寄せようと手を引くが、ピクリと何かに反応した。

 すると、人差し指を唇に当て「シーッ」とジェスチャーする。どうしたのか気になるが、取り敢えず言われた通りにしていると、クラウスさんは人差し指をドアノブに近づけた。

 指先からは青白い静電気のようなものが走っていて、その手がドアノブに触れそうになった瞬間、バチバチバチ!! と音を立てて電気がドアノブに吸い込まれた。


「ギャーーーーーー!!」

 その悲鳴は消音魔道具(サイレンサー)によって掻き消されたが、すぐそばに居た私達には一瞬にして誰の物か分かってしまった。


「ライアン様……」

 きっとドアの向こう側で聞き耳を立てていたに違いない。

 さっき見直したと思ったけど、前言撤回ね。あとで、彼には「デリカシー」とか「プライバシー」という言葉を教えて差し上げなければならないわね。


「だから言ったのに……」

 そう言いながら呆れ顔のディランさんが扉を開け部屋に入って来る。そして、開けられた扉の先にはライアン様が床に転がっていた。

「酷いじゃないかクラウス! あぁ、まだビリビリする。リリー助けてよ」

「ライアン様? 自業自得です。ほんと……馬鹿なんじゃないですか?」

「リリー辛辣! でもそんなリリーもいいね。馬鹿なんて言われたの初めてだよ。やっぱりリリーといると面白いわ! ははは!」

 床に転がったまま、ライアン様はカラカラと笑っている。


 あぁ、頭痛くなってきた……


 せっかく劇場見学に来たのに殆ど見て回れず、ライアン様とのドタバタで終わってしまったことがちょっと残念だったが、私のその様子を見たクラウスさんが、「初興行の日、リリーを誘うから楽しみに待ってて」と耳元で囁かれ、あっという間に機嫌が良くなってしまった。


 こうして視察とは名ばかりの一日が終わり、ようやく家に帰ってきた。


「それじゃあ、また明日」

 クラウスさんはそう言ってエントランスを去ろうとしたのだが、正直もう少し一緒にいたいと思ってしまう。

 去り際、ついクラウスさんの手を握ってしまった。


「あ、ごめんなさい」

「どうしたんだ?」

「ううん、何でもないの」

「駄目だよ、言いたいこと飲み込んじゃ。言ってごらん」

 そう言うクラウスさんの顔はとてつもなく甘く、目を合わせると恥ずかしくなるほどだ。


 言っちゃっていいかな……少し迷った後、正直に「もう少し一緒にいたい」と小さな声で言うと、クラウスさんはふふっと笑って「俺も」と言ってくれた。


「あ、でも二人が待ってるわよね……」

「あぁ、そうだな……」

 同じ気持ちでいてくれた事に嬉しく思ったが、ライアン様とディランさんの事をすっかり忘れていた。二人は外の馬車でクラウスさんを待っているはずだ。


「ごめんね。クラウスさん、まだお仕事中だったわね」

「そうだった……駄目だな、リリーといると周りが見えなくなってしまう。名残惜しいが……今日の所は帰るよ。明日は非番だからゆっくり出来ると思う。良かったら買い物にでも行かないか? そして、王都で人気の店でランチをしよう。午後からは買い物を続けてもいいし、リリーの庭でゆっくりと過ごすのもアリだな……」

「嬉しい! 明日はデートね! 私達、こうして二人で出かけたこと無かったからワクワクするわ。明日が楽しみ!」


 クラウスさんからデートの申し込みを受けて、顔が綻ぶ。

「それじゃあ、明日迎えに来るよ」

 そう言って私に口付けを落とすとクラウスさんは帰っていった。


「ふふふっ」

 嬉しすぎて顔がにやけてしまう。リビングに向かう足取りは軽く、何ならスキップも出来そうだ。


「随分と機嫌がいいな。そんなにあいつと出かけるのが嬉しいか」

「あ、スノー。おかえり! 三日もどこ行ってたの?」

 三日ぶりに現れたスノーは私の頭に口付けを落とすと「ただいま」と言って微笑んだ。


「まぁ、少しな」

「えー。教えてよ。気になるじゃない」

「こっちに来てみろ。見せたいものがある」

 スノーはそう言ってダイニングへと誘う。付いて行ってみれば、ダイニングの戸棚の中にはビッシリとガラス瓶が並んでいた。


「ス、スノー……これってまさか……」

「あぁ。全部酒だ。ワインに果実酒、ブランデーにショーチューもあるぞ」

 スノーは誇らしげに戸棚の中のお酒を説明してくれる。このワインはどこどこで作られたワインだとか、この果実酒は蜂蜜が入っていて甘いだとか、ショーチューを手に入れる為わざわざ港町まで行ってきただとか、いつになく饒舌に語る。


「嘘でしょ……港町ってそんな遠くまで行ってきたの!?」

「言う程遠くはないがな。リリーと一緒に飲みたくてな、つい夢中になってしまった」

 呆れた……


「もぉ……どんだけお酒好きなのよ……」

「酒が好きなのは確かだが、リリーに飲んでもらいたくてな。ここにある酒は全部リリーの好みのはずだ。後で一緒に飲もう」

 

 今、ここにあるのはって言ったわよね……って事は、スノー……自分用に山の様に買ってきたわね……うん、あえて聞かないでおこう。


「もう、呆れちゃうわ。でも、ありがとうね。スノーの気持ちが嬉しいわ。ディナーで頂くね」

「ああ」

 

 それからロジーとスノーと三人でディナーを取り、久しぶりにゆっくりとお酒を飲みながら過ごした。

 

 そうそう、気になっていたお酒代金だけど、スノーが魔獣を倒して手に入れた魔獣素材が元になっているらしい。

 あぁ、そう言えば、バースからここまで来るのに魔獣を何体か仕留めているから、アイテムボックスに素材がしまってあるんだったわ。明日、時間があったらクラウスさんに買い取ってくれるお店を紹介してもらおう。


 明日はデート! お酒も程々に、念入りにスキンケアして明日に備えよう。

 

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