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幸せな日々に、  作者: 岩月クロ
番外編
8/9

8:それを信頼と呼ぶための、初めの一歩

 ルイルという男は面白い。

 初めて見た時は、正直、なんだこいつは、と思った。どうせすぐ辞めるに違いない、とも思った。なにせ、仕事内容がきついのだ。並みの体力じゃやっていけない。だから、仏頂面でスカしたこんなやつ、すぐに弱音を吐いて辞めるだろう。ちょっと顔が整っているのも気に食わない。ならば無理に関わる必要も無いし、辞めないようにと勇気付けてやることだって面倒だ。――少なくとも、デュークはそういう認識をしていた。

 辞めるやつはいくら働き掛けたって辞めていくのだ。自分はそういうやつを何人も見てきた。

 ましてや、こいつはそれまでのやつよりも体力が無さそうだ。……正確には、筋肉が無さそう、か。それをイチから指導してやろうというほど、デュークは優しくもないし、自分の生活に余裕があるわけでもない。そもそも、この職を選ぶ輩はほとんどが金に困っているので、新人指導なんてやるのは、余程の酔狂なやつか、なにかしら裏の事情を持つやつくらいだ。

 どちらにせよ、こんな痩せっぽちが長続きするとは到底思えなかった。

 だから、すぐに存在ごと忘れた。


 その認識が百八十度回転したのは、ある雨の日のことだった。


 うちの仕事は、基本的には体力・筋力が武器となる。それが足りないやつは、知恵や話術を用いて仕事をクリアする。一応、荷物運搬・傭兵紛いの仕事がメインではあるが、その他、雑多に仕事が転がっている。要は『何でも屋』だ。簡単なものは実力が無いやつでもできるが、せいぜい小遣い稼ぎ程度で、とてもそれだけでは食ってはいけない。払いの良い仕事ほど、当然、厄介な内容であることが多い。まともな護衛・傭兵を雇う余裕が無い店に、使い捨てできる駒扱いされるのが常だ。――実際、個人請負ではなく、組織からの仕事斡旋という形になるので、“替えはいくらでも利く”というのはあながち間違った認識ではない。組織としても、マージンを引っこ抜けるなら、それを(こな)すのが誰であっても構わないのだ。無論、完遂率の高い構成員は、組織の信頼度・ネームバリューにも直結するので、重要な存在ではあるが。

 雨の日の仕事は、“厄介”に入る部類だ。みな一様に嫌がる。可能な限り避けるのが常套手段だ。リターンも大きいが、リスクも大きく、下手を打てば客先の信用を失った上で、赤字まで抱えることになりかねない。用心棒の類いでは、視界の悪さは初動の遅れに、足元の悪さは動き難さに繋がる。商品運搬も、肝心の商品の破損リスクが上がる。運べば良いというわけではない。依頼主の中には、せっかくの商品を濡らして堪るかと天候を見て納期を変える者もいるが、割増料金を払ってでも着日指定をする者も多い。


 違う側面からこれらの仕事を捉えると、新人にとっては“チャンス”ともいえる。

 たとえば普段の商品運搬の仕事は、既に先輩のお得意様となったいるパターンの方が多いため、そこに割り込むことは難しい。客先で良い結果を出して気に入られたとしても、先輩の客を奪った、と目を付けられるからだ。むしろ奪うことが当たり前の弱肉強食の世界でいったい何を言っているのだか、とデュークは呆れるのだが、そういう結論に至る輩は割と多い。それを理由に身勝手な報復をする者も、残念ながら多い。止める義理も無いのでデュークも知らんぷりだが。ぐだぐだと長くなったが、要するに、お互いもっと上手くやれよ、という話だ。

 その点、雨天は競争率も下がる。更に、自ら立候補しても「仕事を奪った」と誹られる組織内リスクも軽減される。給与も晴天時よりも良い。その為の割増料金制度だ。ただしそれらは全て、仕事内容が最悪という前提があった上での『良い』だ。それに、給与が良いといっても、届けるまでに中身が濡れて使い物にならなくなっていたら、逆に負債を背負うハメになる。組織は、使える人材は手元に置くが、不要な人材をわざわざ手元に留める努力なぞしない。自分の尻は自分で拭け、サヨウナラ、だ。


 仕事が大きければ大きいほど、難易度も高い。そういう意味で雨天での仕事がギャンブル性が高いことを知る新人は、一段上にいくチャンスだとわかっていても、積極的に受託しようとはしない。それで失敗して消えた同僚を多く知っているからだ。なかにはそういったリスク込みで立候補する輩もいるが、そういう例は極めて稀で、そのうち痺れを切らした『先輩』が、適当に名指しで決める。それは例えば、普段からひどく気に入らないやつだったり、あるいは逆に期待しているやつだったりする。

 しかし、その時は違った。


「誰か行きたいやつぁはいるかー?」


 全く期待していない声で形式的にただ言っただけであったはずの言葉に、そいつは無言で真っ直ぐに挙手した。

 ――あーあ、金に目が眩んだか。馬鹿だなあ。

 その時の感想が、これだ。

 これはデュークの持論だが、信頼を得るということは、長い月日を掛けて地道に行う方が良い。急に得ようとして失敗したら、本末転倒だ。入ってすぐにこんな仕事をわざわざ取るなんて、とんだ大馬鹿だ。

 ――ざーんねん、新人が一人『落ちた』な。

 その時のデュークは、その彼の顔を見ても名前すら思い出さなかった。俺たちよか顔がよくて腹立つなあ、そういえば、こんな顔のやついたっけか、という程度に過ぎなかった。


 だからこそ、全員驚いたのだろう。


 彼はその仕事を完璧に熟し、あろうことか相手方の商人の信頼までも得た。

 見事だな、と思うやつもいれば、嫉妬の目で見るやつもいた。前者は『先輩』が多く、後者は『同期』が多い。多い、というだけで、実際はごちゃ混ぜになっていた。感心と嫉妬の二つを比率で比べるなら、三対七、といったところか。ちなみにデュークは三の方だ。自分の客が減ったわけではない、という部分も、正直大きい。

 それをきっかけに、名前と顔を憶えた。

 だが、だからといって話し掛けることはしなかった。労いの一言を掛けただけだ。彼はそれに驚いたようだったが、すぐに無表情に戻った。一時(いっとき)、時の人となった彼だが、しかし本人はそれを鬱陶しく思っているように見えた。それが思い違いだったのか否かは定かではないが、親しくなった今になって当時のことを思い返すと、やはり見込み通りだったのではないかと思う。何故なら、噂が立つと目立つ。目立つと、過激な連中が出てくる。過激な連中は、すぐに口が出るし、それ以上に手と足も出る。知らないところで相当洗礼(・・)を受けたのだろう。――大人しく受けたとも思えないが。


 黙々と仕事をするやつだった。

 生来無口な性質なのだろうと思っていたのだが、実はそうではないと発覚したのは、仕事場に少女が訪れた時だ。

 ちょうど彼と同い年ぐらいの娘で、服こそ至って普通の、それこそ安物といった類いの物だったが、ひどく端整な顔をしていた。それが逆に近寄り難い雰囲気を放っている、そんな娘だった。――(のち)に、彼を通して彼女とも親しくなったが、やはりその認識は今でも変わらない。事実、ルイルか、もしくはあの孤児院の者と一緒でない時に纏っている雰囲気は、非常に冷淡だ。それが彼女の最大の鎧なのだろう。最近は、デュークの近くにいる時にもそれが薄れてきていることが、何気なく嬉しかったりする――。



 ともかく、その少女アイクが来た時、デュークばかりではなく、ちょうど居合わせた仕事場の全員が騒ついた。最初は単に、その少女が美人だったから。



「何してんだよ、アイク」

 ルイルの思い切り顰められた顔には、なんで来たんだ、と言外に含まれていた。あれだけ顔の良い娘だ。下手にこんな荒くれ者どもが集まるところへ放り込んだら、表沙汰にできないことが起こってもおかしくない。

「あら、来ちゃ悪かった?」

「良いと思ってるのなら、今すぐその認識を改めろ」

 険のある言い方だ。こいつ、知り合いにまでこうなのか、と驚く。

「一人か?」

 同行者の存在を探しているのか、首を巡らす。

「違うわ。ほら」

 アイクが半端横にズレると、ふわふわとした髪の幼い少女が現れた。ぽやんとした顔をした、可愛らしい少女だ。背中にしがみついていたらしい。慌てて、またアイクの背中に隠れる。よく見ると、彼女のパンツルックの端から、ぎゅうっとしがみついている手が見えた。

「……怖がってんだろ」

「だからって入り口で待たせるわけにも、ねえ?」

「そりゃそうだけど」

 そもそも、無理に来なくてもいいだろう、と。

 おそらくはそういう意味合いの言葉を続けようとしたのだろう。アイクの後ろからおずおずと顔を見せる少女の存在がなければ、続けていたに違いない。


「エフィー、どうしたの?」


 驚いたように、アイクが目を大きくさせた。

 エフィーと呼ばれた少女は、アイクの影から完全に出てくると、胸の前で手を組んだ。恥ずかしが屋で、人見知りなのだろう。きょろきょろと忙しなく視線を泳がせ、人と目が合うとびくりと肩を震わす。そんな彼女を見て苛立ちを抱く者がいることも、悲しきかな事実であり、幼くとも……あるいは、幼いからこそ敏感に察知するのだろう。彼女は更に萎縮した。

 肩が強張る。だが、ごくり、と喉を動かした後、細い声で喋り始めた。

「こ、こんにち、は。あの、……あいさつ、しなくちゃ、て。ルイルのおにいちゃん、がんばってる、から……」

 言うなり俯いてしまったエフィーに、ルイルとアイクは顔を見合わせ、互いにふわりと柔らかい笑みを交わした。ルイルが少女を軽々と抱き上げる。入った当時は細かった腕は、仕事を通して見るからに筋肉がついていた。

「ありがとな、エフィー」

 きょとん、としてから、子供特有の純粋なはにかみ笑いを浮かべたその子は、とても愛らしかった。それ以上に、今まで見たことがないルイルの姿に、周りは驚いていたようだったが。

 やがて、ゆっくりとその身体を下ろしたルイルは、ぽんと頭を撫でる。


「今日は本を買いに?」

「うん……。あたらしいの、買いにいくの」

「そうか。良かったな」

「ついでに他の買い物もね。貴方がいないから、重量のある物は後日だけど」

「……なるほど。俺は次の休みに、買い出しに借り出されるわけだな」


 当たり前じゃないの、と言うアイクに、ルイルは肩を竦めた。そういう態度を取りたくなるのも理解できる。この仕事で休みを取ることは、なかなか難しい。依頼と依頼の合間を自力で見つけ出して、ようやく勝ち取れる。本来ならゆっくり身体を休めたい、というのが本音だろう。

「それじゃあ、わたしたちは行くわね。本当にちょっと顔を見に寄っただけだから」

「……別に来なくても構わないんだけどな」

 ボソッと呟かれた言葉に、アイクが微笑んだ。だが、目が笑ってない。

「何か言った?」

「いや、特に何も」

 顔を逸らしながら、しれっとそんな受け答えをする姿はさすが、とでも言うべきか……。

「じゃあ、ね。ルイルのおにいちゃん、おうちで、みんなで、まってるね」

「ん。気を付けてな。……お前も。油断するなよ。暗くなる前に帰れよ。エフィーがいるから大丈夫だろうけど」

「わかってるわよ」

 口酸っぱく言うルイルに、腰に手を当て、ふんと鼻を鳴らす。あれは前科があると見た。ルイルが文句を言いながらも買い出しを断らない背景には、そういう理由があるのかもしれない。――美人が見るからに重い荷物を抱えていたら、それに託けて話し掛ける輩もいるだろう。

 とはいえ、デュークなら一人で送り出す。休みくらい寝ていたい。ついでに言うなら、先ほどの少女、懐に暗器を仕込んでいた。見る者が見ればわかる。あるいは、わかるように(・・・・・・)知らしめている。つまり、ぱっと見ではわからない方の暗器もあるのだろう。やけに静かな足の運びといい、手練れであるに違いない。おそらく荷さえ捨てたら、どうとでも逃げ(おお)せるだろう。そんな相手に手を出そうというのは、文字通り、身の程知らずだけだ。

 それでも、気になるものなのだろう。家族なら。

「家族サービスってのは辛いねえ……」

 通り過ぎる際に呟いた揶揄まじりの言葉に、ルイルが一瞬、足を止めた。


 ――たぶん、その時だろう。話し掛けようと思ったのは。

 きっかけが与えられて、チャンスだ、と思った自分が確かにそこにいた。


「お父さんは大変だあ」

「………別に、そういうんじゃねぇ」

「お前のこと言ったわけじゃねえよ、ルイルくーん」

 にやにやと意地悪く笑う自分の姿は、果たして彼の目にはどう映ったのだろう。これがきっかけに互いに挨拶を交わす仲になり、そのうち雑談もする関係性に進展したのだが、今でも何故なのかわからない。他の連中にするように、無視したって良かったのだから。

 しかし、彼はそのまま会話の応酬を続行した。

「くん、は止めろ。気色悪ぃ」

「先輩に対してなんという口の利き方! 嘆かわしいねえ」

「くん付けは止めてくださって結構です、先輩」

「…………うえぇ」

 自分で言わせておいてなんだが、冗談とはいえ気味が悪かった。鳥肌が立った。

 腕を摩る動作に、ルイルはむっとしたように顔を顰めると、そのまま歩き出す。それを、「まあ待て、待て」とか肩を掴んで強制的に引き止めた。

「なんつうか、あれだ。――――気に入った。仲良くしようじゃねーか」

 口をついて出たのは、今思えば小っ恥ずかしい、そんな言葉。

 きょとんと歳相応の表情をした彼は、次ににいっと笑った。

「よろしく、デューク先輩」


 それが彼と自分の間に築かれることになる『信頼』の、初めの一歩だった。




「ところで、なんで俺の名前知ってんだ?」

「……黙秘」


A.なかなか遣り手の人物だと聞き及び、観察していたそうですよ。

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