穏やかなひと時
カマッセ達との遭遇戦の後は特に何事も起こらず、エターナとアストは並んでゆっくりと歩いていた
「しっかし、あいつらも少しは懲りたかしらねぇ?」
誰にともなく言った少女の、銀髪の頭に乗っかっている黒猫が「さて、どうでしょうか?」と答えた。 ああいうタイプは割と懲りるという事はしないのではないかという気がする。
「まあ、だからと言って無闇に殺すのもどうかとも思うしな」
「まーねー」
ゴブリンやオークのような蛮族を殺害しても罪に問われる事もないし、戦いとなれば基本的に殺すのが前提なのが一般的ではあるが、野生動物と同じくらいの感覚でむやみやたらに命を奪うのは良い事でもないという部分はあった。
「ところでアイン、何か気になる事でもあるの?」
カマッセ達を倒した後ずっとアインの表情が少し険しいのをエターナは気にしていた。
「……いえ、何でもありませんよ?」
明るい顔を作って言ってみせるが、実はあることはあるのだ。 先の戦闘の終了直後に一瞬だが何か視線めいたものを感じたのであるが、それは気のせいとも考えられなくもないくらいに曖昧なものだ。
一応警戒してはいたが今はもう何も感じられず、やはり気のせいかと思う。
「それよりも……」
アインが空を見上げてみれば徐々に西の方向が赤く染まっていたが、まだ村なり町なりがありそうな気配はない。
「……そろそろ野宿を考えた方がいいでしょう」
すっかり暗くなった夜空に三日月が浮かぶ、その下でエターナとアストは向かい合って地面に座っていた。 男のアストは当然だが、スパッツを穿いてるとはいえエターナも短いスカートでどっしりと胡坐をかいているのは、彼女の性格が現れているといえるだろう。
二人の間にはニ十センチくらいの正方形のプレートに載った鍋が置いてあり、中では野菜のスープがグツグツと煮込まれていた。 瓶詰にされていたそれらの食材を煮込むのに使われている熱源は、四角いプレートから発せられているものである。
マナをエネルギーとして料理に使える程度の熱を発する、ヒート・プレートというその道具は多少高価ではあるが旅にあると便利であり、金銭的に余裕のある旅人は大抵持っている。
そして周囲を照らしている明かりもマナを使ったランタンだ、魔法使いでない人々にとってもマナは生活に欠かせない存在となっているのが今の時代なのだ。
これらはすべてエターナのリュックから出したものである。 口から入る大きさの物であればいくらでも詰め込めるというこのピンク色のリュックは、トキハから貰った物で、エターナもどういう原理なのかは知らない。
ちなみに、いくらでも入るといっても中身の重量がなくなるわけでもないので、本当にいくらでもとはいかないが。
「そろそろいいかな~?」
「ああ、良さそうだ」
アストがお玉を使い三つ用意されていた木製のお椀にスープを注ぎ、エターナとアインの前に置いた後に自分の分を手に取る。 湯気と共に漂ってくる匂いが食欲をそそられさっそく一口啜る、料理屋のものに比べれば粗末で味も落ちるのであろうが、アストには充分に美味しいと感じられる。
エターナの幸せそうな顔をみれば、彼女もそれは同じだろうと分かる。
「……アイン、食べないの?」
「少し冷めるのを待っているんです」
そんな会話に、文字通りの猫舌って事かと、心の中で苦笑するアストだ。
そういえばと、不意にアストは思う。
「エターナはどうしてドラゴンを見たいなんて思ったんだ?」
アスト自身もドラゴンという存在にまったく興味がないという事もないが、それにしても探してまで見たいとも思えない。
大人から聞かされたり書物で読んだりしてきた様々な物語では、ドラゴンは時に人間を襲い町を破壊する凶暴な怪物であったり、また別の物語では人々を悪魔の脅威から救う守護神だったりする。
その上、アスト自身が生きてきた時間の中で知りえる限りではドラゴンを実際に見た人の話など聞いた事もなく、あくまで空想の産物であるという認識が強かった。
「何でって言われてもなぁ……」
少し困惑した様子で考え込んだエターナが「ん~~? 何となく?」と答えたのに、「何だそりゃ?」と思わず返してしまう。
「だってさ~言葉で説明するの難しいんだもん!」
エターナの中の感覚ではとてもシンプルな想いではあるのだが、言葉にして口に出そうとするとどう表現していいのか分からない。
すると、そこへ「……そうですね」とアインが口を開いた。
「エターナがドラゴンを見たいという気持ち、それはおそらくアスト君のものと同じはずですよ」
「僕の?」
「今は違うかも知れません、ですがあなたにもそんな事を想った事があるのではありませんか?」
アストが頷くと、アインは「そういう事です」と笑ったが、まだ意味が分からないアストとエターナはキョトンとした顔を見合わせた。
「根本的なものは同じ……ただエターナはアスト君よりもその想いが強く、今も変わらず持ち続けているというだけの事なんですよ」
エターナの表情がやや興奮したものへと変わり「うん、そう! そうだよアスト!」とアストを見つめた。 少女の無邪気な喜びの表情に思わずドキッとなりながらも、「成程ね……」と納得するアストだ。
「ええ、それだけの事なんですよ」
幼い頃の漠然とした夢は、成長と共に知ることになる現実というものにやがてその多くが消えていく。
それはそれで正しく大人になるという事だろうとアインも思う。 しかし、それでも中には幼い頃の夢を一途に追い続ける人間がいてもいいとも思う、例えその先にどんな結果が待っていようともだ。
存在するかも分からないドラゴンを捜すエターナと世界一の剣士を目指すアスト、アインからすれば二人が追い求めるものは現実味のない夢であっても、まだそれが許されるのが彼女らの年頃だと思う。
それにどんなに可能性が低いとしてもゼロではないのなら、あるいは叶えてしまうのが若い人間の力であるとアインは信じていた。