ユグドラ・ブレス
「いけない! それはっ!!」
アインの叫びを無視してエターナは言葉を紡ぎ続ける。
「……我ここに願う、我が身の窮地を救い得るのその大いなる力を授けたまえ……」
”祈りの言葉”……自らの意志を持つとも言われるユグドラシルに呼びかけ助力を願う文字通りの祈りの言葉だ。 もちろん、ただこれだけでユグドラシルの力を借りる事は出来ない、大事なのは世界樹の存在を己の心で感じ取る事だ。
それに関しては問題ないと思うのは、《ユグドラ・ブレス》を試みるのはこれが初めてではないからだ。 トキハからこの話を聞いたとに自分でもやってみたいと言い出して、それをトキハが苦笑しながらも了承したのは、いくらなんでもいきなり出来るとは思っていなかったのだろう。
しかし、エターナは出来てしまった。
正確に言えばユグドラシルと繋がりマナを導くところまではだ。 その後は無尽蔵に押し寄せるマナを制御出ずに半ば暴走させてしまったのだ、トキハに強制的に繋がりを絶ってもらわなければ命を落としていただろう。
「世界樹……ユグドラシルか、その力を導く術が使えるというのか?」
バルバトスが黙って見ているのは本当に出来ると思っていないのか、あるいは出来たとしても脅威にならないと踏んでいるのかは分からない。
「問題はここから……」
大気中に存在するマナ、そして両の脚で踏みしめている大地を通して世界樹の存在は何となくではあるが感じ取ってはいると思う。 前にやった時と同じ感覚だから間違いない、どうして出来るのかは分からないし、今は考えてる場合ではない。
エターナの足元が淡い光を放ち、そこからいくつもの光の粒子がしみ出してくるかのように現れる。 あっという間に数を増やしたそれはマナだ、本来不可視であるはずのものが光として視えるというのは、ひとつひとつがマナの集合体というべきものであり、そのエネルギー量も押して図るべしである。
前回はこのマナの流れを制御できず、これらが一度にエターナの身体に吸収されようとした。 いくらマナが生命活動を活性化させると言っても、許容量以上を受け入れようとすれば空気を入れ過ぎた風船めいて爆ぜてしまう。
バルバドスが攻撃してこないかという焦りや、失敗すれば確実に死ぬという恐怖の感情を抑えながら慎重にマナを一か所に集めていく、その作業は体感的にはとても長い時間に感じられた。
「……いける!」
気が付けば周囲にあった粒子は消え、胸の前に眩く輝く大きな光が完成していた。 しかし、自分の体力や精神力までその光に吸われたかのように激しい疲労感もあり、気を抜けば意識を失いそうになってもいた。
「制御した?……信じられない……」
アインの驚いた声が聞こえたが、発した言葉の意味を理解している余裕はない。
原理としては《マナ・アロー》のようにマナのエネルギーを放つイメージでいいらしいとは聞いてはいたが、トキハが実演してくれたわけではないので発動を自分の目で見た事はない。
「おいおい……子供が使う魔法じゃないぞ……!?」
バルバトスの声には驚きと僅かな焦りがあった。
「《ユグドラ・ブレス》いっけぇぇえええええええっ!!!!」
叫ぶと同時に集めたエネルギーのすべてを開放した、白く輝く膨大なエネルギーの奔流が魔神へと向かって伸びていく、それはアスト達も思わず腕で目を覆うくらいに激しいものだ。
「う……うぉぉぉおおおおおおおっ!!!?」
両手を交差させた防御姿勢のバルバトスの姿は、光の中へと消えた。
目を見開き愕然とした表情で眼前の光景を見つめるエターナ……。
大地は抉られ、斜線上にあった樹木は完全に消失している。 燃えたとか砕けたとかではなく、完全に消滅したのだ。
全てが消え去ったと思えるその光景の中で「……やるじゃねえか?」と楽しそうに笑うバルバトスの姿に、「嘘でしょう……?」と呟いていた。
流石に無傷でもなかった、左腕が消失してはいた。 赤い血が流れ落ちる事もない断面が、まるで暗闇へと繋がっているような黒さを見せている。 乗っ取られただけではく、いつの間にか肉体そのものも人ならざる者に変貌していた。
「咄嗟とはいえきっちり防御したが……左腕を持っていかれたか。 いや、たいしたもんだぜ?」
信じられないのはアスト達も同じだった、魔法の知識に疎い者であっても《ユグドラ・ブレス》は桁外れの威力を持っていると分かる。
「なら、俺も少し本気になってやるか……」
言いながら右腕を横に伸ばすと、次の瞬間にはその手に武器が握られていた。
刃のある向きとは逆に沿った刀身は、確か刀という名の武器であるとアストは思い出す。 「じゃあ、いくぜ?」とバルバトスが見据える先にいるのはエターナだったのにアストとガリアも気が付き三人同時に地を蹴った。
「させるかっ!!」
「嬢ちゃん!」
振るわれた刀はまだアスト達に届かない間合いであったが、彼らが薙ぎ払われたかのように弾き飛ばされたのは刀から放たれた衝撃波のためだ。
「アスト! ガリア!」
それに気を取られたエターナは、思わずエターナル・ピコハンを出現させようとしたのを止めてしまった。
「くっ!」
アインの放った《ファイア・ボール》はバルバトスを直撃し炎で包んだが、彼はまるで意に返さぬ様子で無防備に佇む少女へと迫った。 残忍な笑いを浮かべ「終わりだ……」と刀を躊躇なく振り下ろした。
「「「エターナっ!!!?」」」
悲鳴にも近い叫び、その後に訪れた沈黙を破ったのは「……何の真似だ?」というバルバトスの声だ。
「真剣白羽どり!」
銀色の輝きを持つ刀身はそれを見据える蒼い瞳の寸前で止められ、更にその上には彼女の掌が重ね合わさっている。
「……間に合ってねえよ……」
バルバトスは溜息を吐くと刀を引いた。 その行動はアイン達には不可解なものに見え、エターナはその間に今度こそエターナル・ピコハンを出現させた。
「お前には恐怖とか絶望ってもんがねえのかよ?」
「……へ?」
「多分、切り札であろう魔法が通じなかった……つうわけでもないが、俺を倒せなかった。 それともまだ何かあるのか?」
何かを期待するかのような顔をするバルバトスに「ん? ないよ?」とあっさり返答するエターナである。
「てか、そんなポンポンといいアイデアなんて出てくるわけないでしょうが!」
「そりゃまぁ……そうだろうが……」
元より彼女を斬るつもりはなかった、寸止めし少女の恐怖と絶望に満ちた表情を眺めてやろうとしたに過ぎなかったのだ。 圧倒的な力による逃れらない死を前にして泣き叫ぶこともせず真っすぐで力強い瞳で自分を返すエターナという存在は不可解である。
「お前は死が怖くないのか?」
「怖いよ?」
あっさりと認め「でもさ……」と続ける。
「怖がってたってどうにもならないなら、やれるだけの事をやってあがくだけよ、それで死んだら死んだらでそん時はそん時っ!」
不意打ちのつもりでエターナ・インパクトを叩きこんだがあっさりと刀で受け止められた、ハンマーと刃がぶつかり合い互いに弾き合う。
「達観しているのかただの馬鹿なのか!」
横薙ぎに振るわれた一撃はピコハンの黄色い柄で止めれたが、エターナではそのパワーに踏ん張れず勢いよく吹っ飛んだ。 「……わきゃっ!!?」と悲鳴を上げ数度転がった後に起き上がり、「馬鹿って言うな~!」と言い返す。
「俺がその気ならお前らはとっくに死んでるんだぞ?」
「生きてんじゃん!」
「その気ならと言った!」
刀とピコハンが数回ぶつかり合った後、不意にバルバトスは後ろへ跳んだ。
「だいたい、何であんたは僕達を殺す!!」
「それが魔神ってもんだ!」
マナの剣を刀で受けながら答える。
「魔神……いや、俺達異次元の者にとっては楽しいか楽しくないかがすべて!」
「人殺しが楽しいとかっ!!」
「殺しは結果だ! 俺はこうやって遊ぶのが楽しいんだよっ!!」
大きく後ろに跳んだバルバトスは牽制の衝撃波でアストの動きを封じてから、刀の刀身を見る。
「こいつの刃が欠けやがったか……お前もそのマナの剣とやらもたいしたもんだって事か……」
心なしか最初より動きも良くなり剣のパワーも上がっていた。
「こういう時の定番、世界の征服とかじゃないんだな……」
ガリアは意外に思いながらブレードを構え攻撃のタイミングを伺う、正直な事を言えばこんなバケモノなんて相手にしたくない。 しかし、逃げようとしても見逃してもくれないだろうと思えば腹をくくるしかないのだ。
「そういう奴もいるかもな? 俺は違うがよ」
「どっちにしても迷惑です……」
《ユグドラ・ブレス》が通じなければアインに他に思い付く手はない。 ダメージにはなっているのだから何発も打ち込めば倒せるかも知れないが、それをさせてくれる程に簡単な相手でもないし、そもそもエターナがもたない。
「自分だけが楽しければヒトに迷惑かけていいとか、おかしいでしょうがっ!!」
エターナだって楽しい事は好きだ、でも自分だけが楽ければそれでいいなどと絶対に考えない。 誰かに迷惑を掛けての楽しい事などエターナには楽しい事ではないからだ。
「おかしくはない、お前ら人間だってそうだろ? 自分だけ良ければいい、そういう身勝手さがあるのが生き物なんだよ」
無造作に振るった刀からの衝撃波がエターナを襲うが、思いっきり足を踏ん張り耐えてみせる。
「そーゆーのは悪い事って言ってんのっ!!!!」
感情をむき出しにする少女に対し愉快な見世物でも見ているかのような顔で「ならどうする?」と問うバルバトス、それに対しエターナは決まっているという風に答えた。
「ぶっとばすっ!!!!」
具体的な方法などないが、それが言わない理由にはならないのだ。




