魔神バルバトス
四人が揃って驚きの表情へと変わり、真っ先に声を上げたのはアストだ。
「魔神だって!? 僕の先祖が倒したっていう、あの魔神なのか!?」
「どいつの事を言ってるのか知らねえが……まあ、そうだと思うぜ?」
あっさりと肯定したのに、アストとガリアは素早く武器を構えた。 バルバトスは「ほう? やる気か?」と不敵な笑みを返したが、エターナへと顔を向けた直後には、それが怪訝そうなものへと変わった。
「……お前、何を考え込んでるんだ?」
「う~~~ん?……って言うかさ、魔神って何だっけ?」
少し照れた風に言ったのにアイン達は「「「はぁぁあああああっ!!!?」」」と大声を上げ、バルバトスも「……おいおい」と呆れ顔になった。
「魔神とは異界からやってきた恐るべき悪魔の事です、歴史上に何度か登場し人間達と戦ってきたと聞きます」
「それって異魔人じゃないの?」
「広義にはそうだな。 だが中には通常の異魔人とはけた違いの力を持つ存在がいて、そいつが魔神と呼ばれてるんだぜ」
答えたのはガリアである。 もちろん個体によって上級とか下級とか言われるくらいの差はあるが、魔神とはそういう言葉では区別できないくらいの桁外れな差があるのだ。
「お前ら人間はほんと細かく区別したがるよなぁ……面倒くさくないか?」
ふと呟かれたバルバトスの感想に、そうかも知れないとアインも思った。
「俺達の世界じゃ強い奴が弱い奴を従える、それだけなんだがな」
言いながらバルバトスが翳した右手から衝撃波が放たれ、不意を突かれたエターナ達はその場に踏ん張る事も出来ずに吹き飛ばされ悲鳴を上げた。
「ま、とにかくやっと依り代を手に入れたんだ、せっかくだし少し遊んでもらうぜ!」
一番先に起き上がったアインが「やはりそういう気ならっ!」と《ファイア・ボール》を放つ、術者の倍以上の大きさの紅蓮の火球はバルバトスに命中し一気にに爆ぜたが、彼の身体を焼き尽くすどころか服を焦がす事すら出来なかった。
「……魔神が相手ならっ!!」
アストのマナの剣が再び光の刀身となる。
「他の魔神を倒した剣、マナの剣とか言ってたな?」
ギラの記憶を吸収したのかロッドの中で話を聞いていたのか、どちらにしろこちらの手の内は知られているようだと心に留めながら大地を蹴った。 間合いを詰め振り下ろした初撃は回避されたが、「まだまだっ!!」と二撃、三撃と続けついに胴体を捉えた……。
「なっ……!?」
「……ちっ!」
先に戦った異魔人を一撃で倒したマナの剣の斬撃は、バルバトスの左わき腹を僅かに斬り裂き着ているローブに血を滲ませた程度に留まった。 直後、「……が、この程度か?」と放ってきた衝撃波に今度は耐えたものの、このまま攻めても不利と判断し一旦距離をとった。
そこへいつの間にか背後に回っていたガリアが振るった光のブレードはバルバトスの頭部を捉えたが髪の毛を数本舞わせただけで、反撃とばかりに振るわれたパントでガリアの身体は簡単に吹っ飛ばされた。
「この身体はお前の雇い主なのだろ?」
「……はっ! どうみたって乗っ取られたってんなら、後始末も仕事の内ってな!!」
数度転がった後に起き上がって言い返すガリアは、《マナ・アロー》を撃ったがまったく効果がなかった。
「下級の連中にはそれなりに効くかも知れんが……魔神にその程度の魔法などな、通用はせんさ」
相手の無力を嘲笑いながらエターナを見やった。
「エターナとか言ったな? お前は何もしないのか?」
「んなわけあるか~~!!」
大声で言い返しては見たものの、自分の使える魔法はもちろんエターナ・インパクトも通用しなさそうな相手にどうしたものかと考える。 こうやって考える余裕があるのは相手が自分達を舐めきって遊んでいるのだとは、いくら彼女でも分かりはしていた。
「ふむ? こないならこっちからいくか」
バルバトスが無造作に手を振るうと、次の瞬間にエターナの足元が爆ぜた。
「わっ!?」
バランスを崩して尻もちを搗く少女を「くっくっくっく……」と笑うのは、単に揶揄っただけだったからだ。
「なら……これならっ!!」
アインの声と共にバルバトスを頭上から太く白い光が包み込む、それはさながら光の柱が出現したかのようである。
「む?……うぉっ!?」
《ネメシス・レイ》、相手の肉体ではなく精神を直接攻撃する魔法だ。 屈強な人間でもほぼ確実に死に至り、運が良くても廃人になるだろう。 だが、バルバトスは多少表情を歪ませたものの、光が消失した後でも何事もなかったように平然と立っていた。
「《ネメシス・レイ》も通じない!?」
「いや? 犬に噛まれたくらいには効いたぜ? 黒猫よ」
邪悪なるものに天罰を下すかのように光が降り注ぐようにも見える《ネメシス・レイ》は、攻撃用の魔法の中でもトップクラスの威力がある。 それがほとんど効かないという事実にアインは絶望的になっていく。 この男はとてもではないが自分達が戦って勝てる相手ではない。
「僕がマナの剣の力をちゃんと引き出せれれば……」
悔しそうなアストに「ああ、そうかもな?」とバルバトスが言うのは嘘でもない、実際に彼の剣にはまだまだ秘められた力があると見抜いていた。
「……?」
不意にエターナがエターナル・ピコハンをブレスレットに戻したのに、怪訝な顔をするバルバトス。 諦めて降参する気かとも思えたが、少女の自分を見据える蒼い瞳は絶望し諦めた人間のものではない。
「……すぅ~」
大きく深呼吸し、そしてゆっくりと口を動かし始めた。
「……大地にそびえ生きとし生けるものに恵みをもたらす世界樹……」
世界樹ユグドラシル、この大地のどこかに存在し無限ともいえるマナを生み出す存在だ。 もっともマナの存在こそ認知されているが、ユグドラシルに関しては伝説の域を出ず、その名すら知らない人々も多い。
十歳くらいの頃のエターナもその一人だった。
「……まあ、私も見た事はないけどね?」
丸テーブルを挟んでエターナの向かいに座るトキハが穏やかに笑う、少しウェーブのかかった亜麻色の髪を持つトキハはすでに老人と言っていい域に達してはいるが、見た目はどう見ても二十代後半くらいである。
大気中に存在するマナは魔法や道具のエネルギー源にしなくても、それだけで生き物の生命活動を活性化させる効果を持つ。 体感的にはせいぜい元気が出るとに程度の僅かなものだが、マナを操れる魔法使いはその効果を最大限に発揮させるのか実年齢よりずっと若い外見をしている者も多い。
それを考慮してもトキハは異常であるのだが、何らかの魔法を使っているのかあるいはエルフなりの血が混じっているのか、いずれにしてもそれを気味悪がる者はいない。
「……じゃあ、本当にあるかどうかはししょーでも分からないんだ?」
すでに空になったティーカップを弄びながら言うエターナに、トキハは「そんな事ないわよ」と答えた。
「私が私の先生から教わった魔法にユグドラシルに呼びかけ繋がる事でその力を借り受ける魔法があるの」
人間に魔力にはどうしても限界がある、そのため集め操れるマナの量にも当然限りはある。 しかし、世界樹と繋がる事でマナを無尽蔵に操れるように出来る魔法が存在するとトキハは言う。
「え~~と……?」
「そうねぇ……例えばあなたが池から水を汲んで花壇に撒こう思ったら一度に運べるのはせいぜいバケツ一杯の量でしょ? でもその魔法はあなたがどこにいようと池の水を好きなだけ使えるようになる……まあ、そんな感じからしらね」
エターナは「すご~~い!」と目を輝かせた、どんな意味を持つ力かは分からなくても、すごいと感じたものは純粋に憧れの対象となるものであるのが子供というものである。
「それが《ユグドラ・ブレス》、世界樹の息吹の魔法よ。 だから、見た事はなくても私は世界樹の存在を”知っている”ってわけ?」
「ユグドラ……ブレス……」
何かのおまじないの言葉のように、エターナはその名を呟いていた。




