シンデレラの2番目の義姉
シンデレラの意地悪な2番目の義姉が大好きです。最高にブサ可愛いと思ってます。
私には前世の記憶があった。
生まれて10年。成長するにつれて徐々に生じた違和感で気付いたが、私が今生きる世界は文明があまり発達していないらしい。
井戸水を汲むときには水道が無いことに驚き、風呂を沸かしたり食事を作るのに火をおこさなければならずガスは無いのかと調べてしまった。車や高層ビルはなく、プラスチック製品なども存在しない。
窓から見えるのは煉瓦造りの街並み。木の棒に布を引っ掛けて作られた屋根の下開かれる市場。
朧気な前世の記憶と違い過ぎる世界。
「・・・嘘。中世ヨーロッパみたいだわ」
こんなボヤきを漏らす10才児。
中世ヨーロッパと言いつつも、微かな記憶なので中世ヨーロッパが何かをよくわかっていない。たぶん時代と国とか地域?
今世の私は良いところの貴族の娘として育ち、所謂一般庶民を平民と区別する世界で育った為、使用人がいるので私自身はあまり苦労せずに済んでいる。良いのか悪いのか、不便なようで不便でない。
前世は働くのが当たり前の世界だったようなので、今の私は働く事に抵抗はない考え方だが、この世界の貴族女性は働かないのが当たり前。
つまり、何にもできない人が多い。
そんなんだから家が没落した女性は自殺や身売りするしかなくなるのだろう。
「うわぁ。無いわ。私だったら平民として働くもの」
この頃から、私はこっそりといざという時の為に知識を集め始めた。
そして、随分冷めた可愛いげのない子供になってしまったかもしれない。
ある日、父親が事故で亡くなってしまった。
不運な事に我が家には嫡男がいない。残されたのは母と姉、私だけだ。国の決まりで父の一番近い男性親族に屋敷や爵位は相続されてしまう。近いと言ってもかなり遠い親戚しかいない。
私は集めた知識の出番かと、父の死の悲しみを抑えて身構えた。
しかし屋敷を追い出されると焦った母が、姉と私を養うために次なる夫を捕まえてきた。丁度妻を亡くしたばかりの裕福な商人。一応貴族の三男だったらしい継父と妹という家族が新たにできた。
初めて義理の妹を見たとき、何て可愛い子だろうと思った。
綺麗な金髪に青い瞳でお人形みたいだった。
母や姉も綺麗な顔立ちだがややキツい印象を与えるのに対し、新しい妹は柔らかく可愛い顔立ちだ。
「初めまして、エラと申します。お継母様。ドリー姉様、アナ姉様」
そう挨拶を返されて、私は固まった。
姉がドリー、私はアナ。これまでありがちな名前だから気にしなかった。
しかし、義妹の名前が『エラ』と言うことは・・・
前世の知識からこの話の流れを私は知っている。
ありがちな王道設定。
この子、『シンデレラ』だわ!!!
と言うことは、私のお母様が『意地悪な継母』!?
更にはドリー姉様と私が『意地悪な義姉』!?
終わった。私の人生終わった。
私達はシンデレラをいじめまくって、シンデレラが魔法使いのお陰で舞踏会で王子と出逢い、ガラスの靴によって結ばれたら、シンデレラと王子の結婚式でシンデレラが可愛がっていた鳥達に目を食われ苦しんで馬車に轢かれて死ぬんだわ。
最悪だ。そんな死に方嫌だ。
いや、待って。
シンデレラことエラを苛めなければ良いのでは?
「アナ?どうしたの?」
心配そうな姉の声にハッとして周りを見れば、考えに耽っていた私を家族が心配そうに見ていた。
「ごめんなさい。想像以上にエラが可愛くてびっくりしたの」
「まぁ!アナ姉様、ありがとうございます」
恥じらい頬を染めるエラ。好意的な私に嬉しそうに微笑む継父。前世の記憶のせいで可愛げの薄い普段の私と違い過ぎる態度に驚く母と姉。
新たな家族を見て決意する。
あの悲惨な死を回避する為には、エラをいじめないで立派な王子の嫁にするしかない!『シンデレラ』の『意地悪な義姉』のような邪魔はしない!
「今日からは、私がエラの姉様として面倒みてあげるわ」
しかし、現実は厳しかった。
今まで何をやっていたんだ継父様!!
仮にも貴族の三男の娘であるはずのエラは全く礼儀作法がなってなかった。亡くなったエラの母親は平民出身だからか放任主義だったのだろう。
「いくらまだ幼いとは言え、これで王子妃が務まるわけがないわ」
見掛けだけは人形のように可愛いエラは、野生児かと疑うくらいの中身であった。
食事は手掴みで大口をあけて頬張り、口まわりや服を汚す。洋服のセンスも壊滅的で、顔が可愛いのに補いきれないダサさ。外で遊べばドレスを破くか泥で汚し、髪はボサボサで木の枝を引っ掛けて絡まっていた。ダンスレッスンや勉強が嫌で家庭教師から逃げ出す始末。
当然母や姉は野生児エラに呆れ果て、被害を受ければ文句も言う。一応フォローはしているが、いつまで二人の機嫌がもつかわからない。
今はいじめるつもりがなくとも苛立ちは募り、文句から嫌味、嫌味からいじめに変わるのも時間の問題だろう。
早く何とかしなくては。
庭で家庭教師から隠れているエラを発見したので、何とか更生しようと注意することにした。
「・・・エラ。貴女このままじゃ嫁の貰い手がないわよ」
「お父様は嫁がなくても良いって言ってますよ?ずっと家にいてほしいって」
「良いわけないでしょう。継父様だって、エラが死ぬまで元気で生きてくれる訳じゃないのよ?」
「え、」
物語上では継父がいつ亡くなるか正確にはわからないが、少なくとも私達の結婚適齢期前には亡くなってしまうだろう。
娘に甘い継父の無責任な発言に腹が立つが、自分が死ぬと思ってもいないので何とも言えない心境だ。幼い娘が可愛くて仕方ない親バカの範囲内だろうからなぁ。
私より1つ下のエラはそんなこと考えてもみなかったのだろう、とても驚いて固まっていた。
うん。普通は10歳そこらの小娘は考えない。まして甘やかされて育てば尚更だ。私だって前世のぼんやりとした記憶がなければ継父が死ぬなど思いもしないだろう。
「人間何があるかわからないのよ。私の実父やエラのお母様だって死んじゃったでしょう?私だって明日事故で死んじゃうかもしれないのよ?」
「そ、そんなの嫌です!」
「私だって嫌よ。でも、何があっても後悔しない様に努力したり、備える事は大事なのよ」
「・・・」
青い瞳いっぱいに涙を溜めたエラが黙り込んでしまった。
「例えば、継父様が亡くなってしまっても、私やドリー姉様は両親が貴族だから頼る先が親戚とかに多少あるし、そこそこの家に嫁げる可能性もあるわ。礼儀作法が完璧なら家庭教師で雇ってもらえるかもしれない。でも、エラは亡くなった実母様の親戚は残ってないみたいだし、継父様は御兄弟とはほぼ絶縁状態だと聞いたわ。誰を頼るの?私達がエラとずっと一緒に居られれば良いけど、嫁いでバラバラになったり、死んじゃったらどうするの?」
「っうぅ、そんな」
「エラの将来好きになった人が貴族や王子様だったら?その時、礼儀作法ができないせいで結婚できなかったら?私達と住む世界が変わったら助けてあげられないわ。そうなった時に困るのはエラなのよ」
「・・・何で、そんな酷いこと言うの?アナ姉様の意地悪!!」
泣き叫んでエラが走って行ってしまった。流石は野生児。走るのが速すぎて一瞬で姿が見えなくなった。
「はぁ。もしや、私がいじめたみたいになっちゃったの?」
エラが母や姉にいじめられる前に注意したつもりが、意地悪ととられるとは。
これ以降、エラに注意するとムッとしたのか真っ赤な顔で俯かれるか逃げられる様になってしまった。私がエラをいじめているように見えるだろう。母や姉は余程の事がない限り何も言わなくなったので、実質意地悪な姉は私だけとなった。
不味い。私だけに悲惨な死が待っている。
母や姉が助かりそうなだけマシなのだろうか。
あれからエラとの仲が上手くいかない。
せめて、少しでも継父が死なないようにしようと注意して、いつの間にか私は過保護な娘となっていた。エラの為であり私の為でもある。
実父を早くに亡くしたのもあり、過剰に心配する私を誰も咎めなかったので割りと言いたい放題だったかもしれない。
しかも、継父はうっかりさんでおっちょこちょいという、何とも注意しがいのある人で、人が善すぎるところもあった。
私が出掛ける前の継父に小姑のように口煩く怪我や事故に注意していると、決まってエラが物陰から此方を睨んでいた。
まぁ、意地悪な姉が自分の父にも意地悪しているように見えるのだろう。もしくは、私に自分の父をとられてしまったと思ったのかもしれない。またしても私の行動は裏目に出てしまったが、これは私達の今後に大きく関わる事なので止められない。
私だって優しい継父が死んでしまったら悲しいから嫌だ。
エラに嫌われていようが、継父が亡くなる予定であろうが、一緒に暮らして二人が気に入り好きになってしまったのだ。『シンデレラ』の未来は回避したい。
そして、回避できるのは私だけ!
継父はそんな私達を楽しそうな顔でにこにこ見ているので、口煩い私の注意を聞いているのか心配になる。
「大丈夫だよアナ。僕は可愛い娘達を残して死ねないからね」
「継父様はうっかり馬車に轢かれてしまいそうで心配なんです。最近エラは勉強やレッスンをサボらなくなりましたが、まだまだ継父様が必要なんですからね!」
「うん。アナが心配してくれて嬉しいなぁ。寂しいけどアナ達がお嫁に行くまで死なないから安心して」
「いえ、私達が嫁いでもお母様を残して死なないで下さい。私の大事なお母様ですからね」
「うんうん。僕にとっても大事な奥さんだからね。長生きできるように頑張るよ。できるなら孫も見たいからね」
「はい!頑張って気を付けて下さい、継父様」
こんなやり取りが日課になってきた。
私の努力の甲斐があったのか、私が16歳エラが15歳になるまで、継父は大きな怪我もなく元気に働いていた。
しかし物語を変えることはできないのか、商人である継父は仕事の取引先への出張中に船の水難事故で行方不明になってしまった。
遺体は発見されていないが、同じ事故で遺体は見つかっても生存者はいない絶望的な状況だ。本当に亡くなってしまったのだろうか。
慕っていた継父には生きていて欲しいが現実は甘くない。
裕福な商人である継父を死んだものとして遺産に集る奴等が出始めた。腹立たしい。母に再婚を進め、16歳と結婚適齢期を迎えている私や姉に婚約の打診が増えた。来年にはエラにも来るだろう。
私達はせめてもと、一年間は喪に服した体裁でそれらをはね除けた。
もしかしたら継父は生きていて、怪我をして直ぐに動けないだけで無事に戻って来るかもしれない。一年間の間に連絡があるかもしれない。
城下にある教会に一家で通い詰め、信じてもいなかった神にすがって祈り日々を過ごした。
エラは昔が嘘のように行儀よく立派なレディになり、私達一家が教会に入る度に周りの視線が集まるのを感じた。
可愛いエラ。今では自慢の妹と言っても過言ではない。
意地悪しない母は年齢不詳の美人だし、母に似た姉も美人で喪に服すまで社交界のファッションリーダー的存在となっていた。
意地悪すると顔が醜くなると言うから、物語と違って意地悪しないで済んだ母と姉は素敵美人のままだ。
私は実父に似たのか低い鼻、大きくぽってりした口、眠たそうに重い瞼。母や姉と比べて控えめな胸とくびれ。
これは私は注意しているつもりでもエラには意地悪になってしまった影響だろうか。姉やエラの端整な顔と比べると平凡でバランスの悪い顔だ。酷く歪んでいたり不細工な訳ではないが、並ぶと見劣りしてしまう。
今日は行方不明の継父の商会の関係で母は別行動。
姉とエラと私の3人で教会に来ていた。
羨望の目差しを注がれるふたりに挟まれて座っている為、少し居たたまれなくてため息を吐いてしまう。
その時、急に視線を感じて顔を上げると、教会の端の席から此方を見ている男と目が合った。
「あの人、またアナ姉様を見てるわ」
隣に座るエラが男の視線を遮るように座り直し、忌々しそうに男を睨みながら囁いた。
「また?」
「ここ最近私達が来ると結構な頻度で居るんです。ずっとアナ姉様を見てて気味が悪いんですよ」
「気のせいではない?私は今日まで気付かなかったわよ?」
「それは、いつもエラがアナへの視線を遮っていたからよ」
エラとは反対隣に座る姉が会話に加わってきた。
「ドリー姉様も気付いていたのですか?」
「ええ。アナは周りに自分がどう見えようと気にしていないから、私達が見張ってないと危ないもの」
「え?」
「そうですよね。アナ姉様は危ないです!」
「はい?」
「いいこと、アナ。貴女は自分が私やエラと比べて美人でないと思っているけど十分魅力的なのよ。私ほどではないけど品よくお洒落、エラみたいに正統派ではないけど愛嬌のある可愛い顔、ちょっとツンツンして物言いがキツくても相手を思っての優しさだわ。私達をよく観察していたのなら貴女が一番殿方に好かれるでしょうね」
「そうですよ!アナ姉様は面倒みがよくて優しいんです。いつ私のアナ姉様がとられてしまうか心配です!」
「えぇ?ドリー姉様もエラも何を言って・・・しかも、エラは意地悪な私の事嫌いだから言うこと聞かなかったのではないの?」
「違います!私はアナ姉様が大好きです」
「そうよね。私やお母様の前ではちゃんとできるのに、エラはアナにかまってほしくてわざと言うこと聞かなかったのよね」
「だって、アナ姉様がお父様にばかりかまうから」
「え?私か継父様に注意してると睨んでたのは、私に継父様をとられたと思ったからでは、」
「ありません!逆です。お父様にアナ姉様をとられたからお父様を睨んでました」
てっきりエラにはあの泣かせてしまった日から嫌われているものと思っていた。
どうやら私の思い込みによる勘違いだったらしい。
仕方ないと思っていても可愛い妹に嫌われているのはやはり辛かった。継父も行方不明で、私がもっとしっかり注意していればと不甲斐なさに後悔して、今後が不安だった。
「・・・そうだったの」
勘違いだったとは。それなら、エラが舞踏会で無事に王子を射止めて結婚しても、私は鳥に目潰しされないし馬車に轢かれないだろう。
しかも、王子経由でエラの実父である継父を捜してもらえるかもしれない。
「私もエラが大好きよ」
安堵に顔が緩み、嬉しくてエラに微笑みかける。正直、泣きそうだ。
エラが嬉しそうに微笑み返して私を抱き締めてくれた。人前ではしたないが、色々と嬉しく、希望が持てそうで、私もエラを抱き締め返す。
長い誤解が解けて、これからはもっと仲良くできそうだ。
「ああ。やっぱりアナ姉様の無自覚は危ないですよ、ドリー姉様」
「そうね。いくら私やエラが遮っても危ないわ」
エラと姉の会話は安堵に緩んだ私の耳には届かなかった。
「ついに、ついに届いたわ」
私は感慨深く招待状を見た。
継父が水難事故にあってから一年。
物語のご都合主義か強制力かは知らないが、丁度喪があけるのを狙ったかのような時に届いた招待状。
この国の王子の花嫁を決める舞踏会。『シンデレラ』がガラスの靴を落とす舞踏会が本当にあるのだ。
可愛い妹と結ばれる王子はどんな人物なのだろうか。
「楽しみね、エラ」
「いいえ」
さっくり否定された。
「え?王子様に会えるのよ?」
「・・・まさか、アナ姉様は王子様が好きなんですか?」
不貞腐れたように小さな唇を尖らせるエラはとっても可愛い。私がエラの王子に見初められる事などないから大丈夫なのに。
「違うわよ。私の自慢の可愛いエラが見初められたら良いなと思ったからよ?」
「本当ですか!?」
嬉しそうに瞳を煌めかせるエラも可愛い。
やっぱり王子に憧れているのだろう。
「ええ、王子様だろうと一目惚れするに違いないわ」
「そっちではなく、アナ姉様の自慢妹とは本当ですか?」
「え?ええ、自慢の妹よ。だから王子様も、」
「やったー!!!これでずっとアナ姉様と一緒にいれます!」
「はい?何を言ってるの?」
あれ?話が噛み合っていない気がしてきた。
「私、アナ姉様が嫁いでしまったら、嫁ぎ先の近くに住める人の所に嫁ぎますから!」
「・・・王子様じゃなくて?」
「王子様なんてどうでもいいです。アナ姉様が忙しくて私に会えなくなりそうな妃とかにならなければ私はいいんです」
王子がどうでもいい!?
何故?この話は『シンデレラ』ではないのか。
まさか、私が悲惨な死に方をしたくなくてイレギュラーな動きしたから話が大きく変わってしまった?
助けを求めて、近くのソファで優雅に紅茶を飲む姉に話をふる。
「ドリー姉様、エラがおかしいわ!」
「あら、私もそのつもりよ?可愛いアナと離れるはめになる旦那には嫁がないから安心して」
「えぇ!?」
どうやら姉もおかしくなったようだ。
そう言えば、社交界のファッションリーダー的美人な姉には遺産目当て以外にも縁談が来ているのに見向きもしていない。
まさか、本当に私基準で決める気だろうか。
そんなに二人に好かれる心当たりがない。
姉の向かいに腰掛けていた母が私を見てにっこり微笑んだ。美しいが目が笑っておらず恐い。
「良かったわね、アナ。貴女が嫁がないと、二人は嫁ぎ先が決まらないから早く決めてきてね」
「・・・はい、お母様」
本当におかしな事になってしまったようだ。
そんなこんなで、おかしな状況のまま舞踏会の日に。
皆で仲良く馬車に乗り込もうとしてハッとした。
最近では普通に仲良くしてるからうっかりしていたが、エラは私達に置いてかれて魔法使いにドレスやガラスの靴、かぼちゃの馬車を出してもらって舞踏会に遅れて登場するはずだ。
このまま一緒だと、いくら可愛いエラでも普通に私達と舞踏会に紛れては王子に見つけてもらえないかもしれない。
「エラは一緒に来ては駄目ではないかしら」
「何故ですか?」
咄嗟に口を開いたが、エラにきょとんとした顔で返されてしまった。そうだよね。いきなり駄目とか意味わからない。
どうしようかと、しどろもどろになってしまう。
「え、だって魔法使いが、魔法を」
「アナは何を言ってるの?急に魔法使いとか可愛い事言ってないで行くわよ」
「そうですよ、アナ姉様!お可愛らしいですけど、急がないと舞踏会に遅れてしまいます」
「えぇ~」
あっさり流され、姉とエラによって馬車へ連行されてしまった。
私と腕を組みご機嫌なエラ。私やエラの盛装姿に満足そうな姉は向かいで微笑んでいる。その隣で母は「王子様でも誰でも良いけど、嫁ぎ先候補を探してきなさい」と圧をかけてくる。
最早、どうすれば良いのか私にはわからない。
「初めての舞踏会がアナ姉様と一緒だなんて嬉しいです!」
「私もお城の舞踏会は初めてよ」
「そうなんですね!」
エラに話しかけらているうちに馬車はお城に着いてしまった。
入場門の前では順番待ちの馬車が並んでいる。
続々と降りて入っていく人々は、王子のお相手探しの為か婚約者のいない年頃の令嬢が多かった。
舞踏会場に入ると、一応は壁の花を減らす為に年頃の貴族子息や騎士達もいたが、王子が目をつけた令嬢には近付かない暗黙の了解ができているので最初は控え目に壁際にいる人が多い。
私はこの中から相手を探さなければいけないのだろうか。姉とエラのせいで母に急かされるという面倒な事になってしまった。
ここ一年はご無沙汰とはいえ母や姉は社交界に顔が広いので挨拶周りに行ってしまった。私はデビューして直ぐに継父が行方不明になったので知り合いはいない。
王子が登場するまで踊りもないので、私とエラは開放されている庭園の出入り口を散策することにした。
ところが、舞踏会場のバルコニーから出て直ぐに声をかけられた。
「貴女達も王子様狙いなの?」
振り向くと、そこそこ美人の令嬢が5人がいた。話しかけてきた真ん中の令嬢が頭で後は取り巻きのようだ。
私は王子はエラの相手だと思っているが、エラは王子に興味がない。故に私達は王子狙いとは言えないだろう。
「いいえ、招待状を頂いたので出席させて頂きました」
「そう?見かけないお顔ですが、どちらの田舎からいらしたのかしら」
「え?」
成る程。私は顔が浅いし、エラにいたっては今日がデビューだ。継父の仕事の関係でずっと王都に住んではいたが、姉や母が一緒にいない私達が誰か知らなくても仕方ない。
明らかに不躾に私達を見て馬鹿にする様子にエラの目が吊り上がった。しかし、淑女教育の成果か怒りを堪えている。
「わたくし、この一年ほぼ全ての夜会に出席しておりますが、貴女が誰か存じませんの。田舎から態々いらしてご苦労なさったようですが、王子様に用がないならもうお帰りになったらいかが?みすぼらしい姿を晒さないで下さるかしら」
「そうですわ。ドレスは新しいようですが似合ってませんわ」
「似合わなすぎて目立っていてよ」
「よく舞踏会にいらっしゃる気になったわね」
「本当に何処の田舎者かしら」
取り巻き達も口々に続く。これはあれだ。
エラが美しくて目立つから僻みだろう。そこそこの美人ではエラに太刀打ちできないから王子が登場する前に牽制して追い出すつもりのようだ。
しかし、エラが王子と出逢うまでは帰れない。
物語と違い結ばれないとしても、出逢ったら物語の強制力が働くかもしれない。エラが王子を好きになるかもしれない。
可愛い妹の幸せを潰させないわ。
「申し訳ありません。王命で年頃の娘は出席しなければいけない舞踏会ですので、王子様が登場されるまでに帰ったら罰を受けてしまいます。折角のご忠告ですがお断りさせて頂きますわ」
「なっ、折角の親切で言って差し上げたのに!」
にっこり微笑んで断ったら、そこそこの美人様達は大変お怒りのご様子。
いや、むしろ彼女達が何故素直に私達が帰ると思ったのかわからない。普通ちょっと言われただけで帰る訳がない。
それとも、とても偉い令嬢だったのだろうか?如何せんデビューして直ぐに一年のブランク。当然社交に疎い私ではわからない。名乗ってくれないし。彼女が目上の人だったら此方から名乗れない。偉そうだから目上だろう。
「あ、貴女、わたくしが誰かわかって言っているの!?」
え。知りませんよ。
顔を真っ赤にしてぷるぷる怒っていらっしゃるが知らないのだから仕方ない。エラがだいぶ我慢しているようなので早く撤退した方が良さそうだ。
「申し訳ありません。ここ一年は特に社交に疎かったものですから、存じ上げず失礼致しました。王子様が花嫁様を選ばれたら直ぐに退場致しますのでお許し下さい」
「まさか、わたくしを差し置いて自分が王子様に選んで頂けるとでも!?」
「え?いえ、」
何を言っているんだろう。魔法がなくともエラが選ばれる可能性が高い。選ばれたら鼻が高いがエラが決めればいいし、私は付き添いだ。まぁ、エラが選ばれるに違いないけどね!
「はっ!?まさか、珍しく今日出席なさるあのお方狙いなの!?」
「あのお方?」
「しらばっくれても無駄よ!!あのお方には既に心に決めたご令嬢がいらっしゃるから貴女なんでお呼びでないわ!ブスは身の程を弁えて下さる?」
本当に何を言っているんだろう。
私が首を傾げていると、ついにエラの我慢が限界を迎えてしまった。
「私のアナ姉様をブスと言ったわね!!アナ姉様は貴女方が足元にも及ばないほどお可愛らしく素敵な方なのよ!自分達が霞むからって僻むのは止めて下さらない!!」
「ちょっと。エラ、私の事はいいから。皆様に妹が無礼を申し訳ありませ、あっ!?」
エラを止めて令嬢達を振り返った瞬間、ドレスの身頃にグラスの中身をかけられた。しかも赤ワインらしく、バルコニーから漏れる明かりからでも染みになってしまったのがわかる。
どこから出したかわからないが、狙っていたとしか思えない早業だ。
「あら?貴女達、そんなドレスでは舞踏会場に入れませんわね。早くお帰りになったら?」
貴女達?
令嬢の嘲る声にハッとしてエラを振り返ると、殆どは私が被ったとはいえ、エラのドレスにも少し掛かってしまったのか染みができていた。
ぷつっ、と頭の中で何かが切れた。
「――――、いいかしら?」
「は?何かおっしゃって?」
「皆様のお名前を伺ってもいいかしら?と言いました。退場の際にきっちり理由を報告させて頂きますわ」
にっこりと微笑んで胸を張ってみせる。
可愛いエラに何てことするのかしら。赦さないわよ?
私の威圧感に負けたのか令嬢達が狼狽えだしだ。
「は?何故貴女にわたくしが名前を言わ、」
「ふふっ、私の可愛い妹のドレスを駄目にするなんて。きっちり弁償して頂きますわ。ドリー姉様が選んで下さったドレス、高くつきますので」
「ド、ドリー姉様って、まさか!?」
「マッケンジー公爵のお孫様でファッションリーダーの!?」
「ここ一年姿を現さない伝説の!?」
「確か溺愛する妹君がいらっしゃるって噂でしたわ!」
ドリー姉様は伝説級のファッションリーダーだったらしい。流石ドリー姉様。でも溺愛って、どんな噂ですか!?
一応亡くなった実父は伯爵だったが今は遠い親戚に爵位が移ったので私達の身分は平民に近いと微妙なところだ。なので、まだ健在の母方の祖父の名が出てきたのだろう。母と祖父の仲が良くないのであまり会わないが姉と私のことは可愛がってくれている。
こっちの身分が下だからといって黙っていられない。
「ふふっ、ご理解頂けたならお名前を、」
王子とエラの邪魔をするなと睨み付けると、令嬢達は猛ダッシュで逃げ出した。
「あっ、」
「ちょっと、待ちなさい!!アナ姉様に謝りなさいよ!!」
私が判断に迷った隙にエラが追いかけて行ってしまった。元野生児エラは兎も角あの令嬢達も速すぎる。角を曲がったところで影も形も無かった。
王子の登場前にエラのドレスを汚され、肝心のエラをも見失う。
母と姉に知らせようにも、エラよりも酷く汚されたドレスでは舞踏会場に入れない。
自分の嫁ぎ先を見つけるチャンスはまだあるが、エラが王子様に出会える機会は今日しかない。花嫁は今日決まってしまう。
「どうしよう」
途方にくれて涙が出てくる。
「折角ドリー姉様が選んで下さったのに。私がエラと庭園に出ようとしたから。エラが王子様に会えないわ」
「君は王子に会いたいの?」
急に背後の茂みが鳴り、声をかけられた。知らない男性の声に恐る恐る振り返る。
バルコニーから微かに漏れる明かりの逆光で姿や顔がよく見えないが、背の高い男が立っていた。
「こんばんは。驚かせてごめんね?さっきのやり取りが聞こえて、つい。でも、王子に会いたいなら何とかできるかなって。ドレスも何とかしないと風邪引いちゃうし」
男が困ったような声で微かに笑った気配がした。耳心地の良い声に不思議と警戒心がなくなる。この人の話し方好きだわ。
暗がりに見知らぬ男が現れたら普通逃げるが、この人は大丈夫だと私の中の何かが引き留めるのだ。
よく見ると男は黒いローブを羽織っている。まるで・・・こんな時に、都合よく現れて助けてくれようとするなんて、
「貴方、魔法使いさん?」
「えっ?」
ぽつりと呟くと、男がよく聞こえなかったのか私にゆっくり近づいて来た。ドキドキする。物語の予定とは違うが、本当に魔法使いが現れたのだ。エラは令嬢達を追いかけて行ってしまったが、見つけ次第魔法をかけてもらえる。これで物語通り王子と出会えるわ!
魔法使いを逃がすまいと、近づいて来た彼の手をすがるように掴んで訴える。
「お願い、魔法使いさん!私ではなく、妹のエラを。自慢の可愛い妹なの。あの子のドレスを何とかして王子様に会わせてあげて!」
「あの、手、いや。い、妹?君は?王子に興味ないの?」
掴んだ大きな手が強張ったのが手袋越しに伝わる。私をエラと勘違いしていたのだろうか。似ても似つかないのに。暗がりで判別できなかったのかもしれない。
「ええ。私は姉や妹と違い美人でないし、別に今日参加せずとも嫁ぎ先は、」
「まさか!君は美人だよ!!!でも、既に心に決めた男が?」
話途中で遮られた。ちょっとせっかちな魔法使いのようだ。今は気を使ったお世辞よりもエラを何とかしなくてはならない。
「いいえ?急いで決めるようには言われたけど、別に今日でなくともい、」
「それなら、今日は王子目当てではない?嫁ぎ先が城でなくてもいい?」
また食い気味に遮られた。何故?
あ、そうか。『シンデレラ』の物語では意地悪な義姉は王子狙い。エラと間違えて声をかけてしまったから慌ててるのね。大丈夫よ。私は魔法使いさんに集ったり無理難題は言わないから!
「ええ。私を大切にしてくれるなら平民の旦那様でも良いように勉強したわ。だから、妹に魔法を使ってあげて!」
安心してエラを助けてもらおう。そう思って自信満々に微笑んで見せると、何故か考え込むような間があった。
「・・・平民って、相手は誰でも良いの?・・・例えば、俺でも?」
「え?」
「君の妹を王子に会わせたら俺と結婚してくれる?」
私の耳はおかしくなったのかしら?パチパチと瞬きして魔法使いを見るが、やはり逆光で顔どころか表情もわからない。やや強張った声色から緊張しているのだけが伝わってくる。
「魔法使いさんと・・・私が?」
「そう。君に一目惚れしたんだ。王子じゃなくてもいいなら俺にしときなよ」
「ひ、一目惚れ!?」
そんな馬鹿なと慌てて魔法使いの手を離して距離をとろうとしたら、逆に向こうから掴まれた。優しく、でも逞しい力にドキッとした。
微かに笑みを浮かべたのだろう。魔法使いから柔らかい気配が伝わる。この感じ好きだわ。顔が見えないのが残念ね。でも、今私の顔赤くなってそうだから暗がりで助かったわ。あれ?暗がり?
「可愛いなぁ。一生大切にするから頷いてくれない?」
「え、でも、」
「誰にも反対させないし、苦労させないから。ね?」
「・・・嘘よ。この暗がりで私の顔が見えないからエラと間違えたのでしょ?」
そうだ。お互いに顔がよく見えないはずだ。私の顔の美醜が初対面の魔法使いにわかるはずがない。まぁ、魔法使いの不思議な力で見えるとか言われたら信じるかもしれないけど、エラと間違えた時点でないはずだわ!
私の言葉に魔法使いが首を傾げた。
「ん?間違えてなんて、」
「見えないのに一目惚れするばすないわ!見えてたら、こんな平凡な顔に一目惚れしないもの!!!」
「アナ?」
「私のせいで魔法使いさんもおかしくなってしまったの?」
前世の記憶から悲惨な結末を回避する為に物語を変えたから?エラとドリー姉様も私の嫁ぎ先で結婚相手を選ぶとかおかしな事を言っている時があったもの。きっと魔法使いさんも何かがおかしくなってしまったのだわ!
「俺は正気だアナ。君は家族想いで優しくて美人だし、すごく可愛いよ」
「嘘吐き!明るいところで見てガッカリするのよ!!」
「・・・ふぅん。ガッカリしなかったら結婚してくれる?」
「いいわ!」
魔法使いがさらっと言った売り言葉。私は勢いで深く考えずに頷いていた。
私が美人じゃないのは事実だもの。ガッカリするに決まって――――されたくないな。期待してるのかしら。名前を呼ばれただけでドキドキする。
私、魔法使いさんの声とか雰囲気が好きなのね。
「って、あれ?何で私の名前を、きゃっ!?――――えっ、えぇ?」
先程から「アナ」と魔法使いに名前で呼ばれている事に気付いた途端に抱きすくめられたかと思ったらお城の壁に突如穴が開き、石階段があらわれた。
「こんな所に何で階段が!?」
「さぁ、俺らの世界へ案内しよう」
魔法使いが楽しそうに笑ったのが解った。
そのまま私を抱き上げて階段をすたすた進んで行く。うわぁ、お姫様抱っこ。腕が思ったより筋肉質で逞しいとか反則だわ!
階段の中に灯りはなく、入り口が閉じられると辺りは暗闇に包まれてしまった。しかし、魔法使いは迷いなく階段を上り通路を進む。「まさか、本当に暗がりでも見えるの?」と聞いたら、笑ってはぐらかされた。
暫くして「着いたよ」と声をかけられると同時に体が揺れ、慌てて魔法使いの肩口にすがり付く。
「ガッカリどころか惚れ直したけど?」
咄嗟に瞑っていた目を開くと、私達は明るく上品にまとめられた室内にいた。
抱き上げられたまま魔法使いを見上げると、フードを外して私にも魔法使いの顔がよく見えるのようにしてくれた。
「あ、え?―――――っ!?」
「俺はどうかな?ガッカリした?」
そこには私の好みドストライクな顔があった。20代半ばぐらいだろうか。綺麗すぎず厳つすぎないバランスの整った顔。綺麗な琥珀色の瞳に吸い込まれそうだ。
しかも、私を見て愛おしげに微笑んでいる。
「す、素敵過ぎるわ」
「良かった」
にっこり笑いかけられると心臓が煩いくらい高鳴った。
魔法使いが指を鳴らすと、どこから現れたのかメイド達が集まり連行され、令嬢達に赤ワインをかけられたドレスを着替えさせられ、ヘアやメイクを別人のように素敵に直された。瞬く間に変身させられ、リアルな魔法に惚れ惚れしてしまう。
「さらに俺好みでやばいなぁ」
すっかり変身した私を嬉しそうに見つめる魔法使いの熱い視線にドキドキした。ローブを脱いだ魔法使いはどこの王族かと言うぐらいに豪華な盛装をビシッと着こなし、素敵でカッコ良かった。
また魔法の通路を通り、今度は舞踏会場の上段に案内された。
此処って、王様や王子様の座る席があるところでは?と魔法使いを見ると余裕の素敵笑顔で返された。カッコいい。
「兄上。以前言った俺の愛しの姫。アナです。彼女と結婚する許可を頂けますか?」
ぼぅっと見惚れている間に、王様の前に連れていかれていたらしい。
魔法使いの言葉や状況が飲み込めなくて瞬きを繰り返し、魔法使いと王様を交互に見ると王様が私を驚き凝視してきた。ちょっと恐い。
「本当にいたのか!?・・・そうか、そうか。グレイトの妄想でなかったか。良かった」
何やらブツブツと呟いておられるので、チラッと魔法使いを見ると手を安心するように握ってくれた。何がなんだか解りませんが。
「以前からアナ殿に惚れ込んでいたからな。アナ殿、大変だと思うが私の弟グレイトをよろしく頼む」
「はい?王様の弟?」
段々と落ち着いて状況を見れるようになってきた。
そして固まってしまった。王様に気軽に声をかけて、私との結婚許可を取っていた魔法使い。何かがおかしかった。
「王様の弟って・・・グレイト王弟殿下?」
「うん。グレイトって気軽に呼んでね」
「・・・以前から、私を?」
「うん。前からアナを知ってる。一目惚れしたのはもっと前。教会で見かけた時だよ」
言われてよくよく見ると・・・あの教会でエラやドリー姉様が警戒していた男の人?
エラ曰く、私をずっと見ていたという?
王弟殿下が?
魔法使いさんじゃなくて?
「でも、王子様に会わせられるって」
「うん。俺の甥だからね。俺よりアイツをを好きにならないなら会う?」
「貴方、ま、魔法使いさんじゃ・・・?」
「アナは可愛いなぁ。君のお願いなら叶えてあげるから安心して」
確かにあの時、グレイトは自分が魔法使いとは言っていなかった。否定もしなかったけど。
そもそも、この世界は魔法が存在するのかしら?『シンデレラ』には幾つか話があり、ある物話では魔法使いが不思議なお婆さんだったり、シンデレラの実母の友人や妹だったりするものがある。魔法を使う場合と、魔法を使わず素敵な衣装をプレゼントしてくれる場合とあった気がする。
もしや、彼も――――
「あっ、エラ!?」
舞踏会場の人混みから見慣れた人物が現れた。
自慢の妹エラが、キラキラしい若い男と此方に向かってきていたのだ。
エラのドレスが変わっているのに気付きグレイトを見ると、意味深に微笑まれた。たぶん彼が私が着替えている間に指示を出して願いを叶えてくれたのだろう。スマートなイケメン過ぎる。
「アナ姉様!!」
私が見ているのに気付くと、エラが可愛らしく頬を染めながら抱き付いてきた。
「あら?教会でアナ姉様を狙っていた方じゃない。ちょっとアナ姉様に近すぎるのではないかしら?」
「アナは俺の妻になるのだからいいんじゃないかな?君こそ俺のアナを離してくれる?」
グレイトが押し退けられて不服な声を漏らしていたらしいが、エラに抱き付かれながら耳を塞がれた私には聞こえていなかった。
不穏な空気を感じてふたりを見るとにっこり微笑まれる。ふたりとも惚れ惚れするほど素敵な笑顔だ。
エラが腕を解いたので耳が聞こえるようになった。
「失礼。貴女がエラの姉君ですか?」
咳払いの後聞こえた声に振り向くと、先程エラと一緒に向かってきたキラキラしい若い男が笑顔を貼り付けて立っていた。私と同じ歳か、少し上ぐらいかしら。何だか敵意を向けられている気がするのは何で?
「え?貴方は?」
「僕は王子チャーミンです。姉君。エラへの求婚の許可を頂けますか?」
「・・・何故私に?」
「エラの嫁ぎ先は貴女が決めると聞いたので」
それで敵意を向けられていたのね!私が反対するとでも?
むしろ王子が予想通りエラに惹かれたようでホッとしたけど。流石自慢の妹。
しかし、エラは王子の求婚を断ってしまったのだろうか。
「エラ?」
「だって、私はアナ姉様の嫁ぎ先に近い方に嫁いで、大好きなアナ姉様といつでも会いたいのですもの!」
「でしたら、尚更僕に嫁いだ方が良いですよ。姉君はグレイト叔父上に嫁がれるのでしょう?王家にお二人とも嫁いで下されば会いやすいでしょう!」
「そうだね。アナも妹君が王子に嫁いだ方が安心だよね?結婚式も一緒にやるかい?いつが良いかな?」
「え!?アナ姉様はこのストー、こほんっ。王弟殿下に嫁ぐのですか!?ならば私も王子様に嫁ぎます!!ずっと一緒ですね!!」
ひゃー。王家の押しが強い。エラも負けてないけど。
しかもエラは王弟殿下に対してストーカーって言いかけたわよね!?不敬罪じゃ・・・え、ストーカーなの?
でも教会で私に一目惚れして見てただけみたいだし、私は彼に惹かれてるし問題はないわよね?
声も雰囲気も顔も好みだし、優しいし、一目見る前に惚れるわよ。
しかも、私を好きだから見てただけなのよね?・・・ん、ずっと見られてたの!?もろ好みの人に?何で気付かなかったの?
私はぼんやりと何をしてたの!?
「アナ?」
脳内がパニックを起こしかけていたら、胸がきゅんとする声で名前を呼ばれた。好き。
顔をあげると、ドストライクの顔が少し不安そうに私を見ていた。
何で不安そうになのかしら。は!っやっぱりエラと並ぶと見劣りする私と結婚したくなくなっちゃったの!?結婚するのよね?
「うっ、やっぱりカッコいい。今夜だけでこんなに好きになるなんて・・・結婚したらどうなっちゃうのかしら?」
顔が火照って熱い。みっともないくらい赤くて呆れられたらどうしよう。泣きそうになりながら見上げると、グレイトが耳まで顔を赤くして喉をこくりとならした。カッコいいのに可愛いなと思っていたら抱き締めてきた。
ぎゅうぎゅう締め付けられるが、嬉しそうにしているのでそっと抱き締め返してみる。胸板や背中も見かけより逞しい。
「あぁ、アナが俺を好きって言ってくれた!はぁ、可愛い。俺のアナは本当に可愛いなぁ。早く結婚しようね!」
「狡いです!私のお可愛らしいアナ姉様を独り占めしないで下さい!私も真っ赤なアナ姉様を愛でたいです!」
「エラは僕といちゃいちゃしようよ。姉君がライバルとか嫌なので早くグレイト叔父上は姉君を夢中にさせて下さい。その間に僕が全力でエラを愛して振り向かせますから」
「任せろ!アナは俺以外見なくていいからな!」
「え?これ以上夢中に?」
「何ですって!?アナ姉様!たぶらかされちゃ嫌です!」
「ほら、エラは愛し合うふたりを邪魔したら悪いから僕と父上へ挨拶に行こう!うんざりする舞踏会だったがエラに会えたから父上グッジョブ!」
こんな流れで、あっという間に私とグレイト、エラと王子の婚約が決まった。
これを知ったドリー姉様は、ちゃっかり若く優秀な宰相閣下との婚約を決めていらっしゃいました。
此れでお城勤めのお偉い旦那様達の妻として集まりやすいとにこにこされてて、ドリー姉様やエラがきちんと宰相閣下や王子様を好きなのか少し心配になったがこっそり窺ったところ、何だかんだ仲良さそうでホッとした。
あれよあれよと結婚式。
エラの熱烈な希望により、私とグレイト、エラと王子の結婚式は一緒に行われる事になった。エラは私と一緒というところに惹かれ、王子はエラを逃がさない為のような気もする。
王族の結婚式だからかなり豪華な式だが、二組同時だから経費削減できて良かったのかもしれない。エラの美しさに注目が集まれば私が少し失敗しても誤魔化せるかななんて思ってないよ!
因みにドリー姉様と宰相閣下は先に結婚されました。王族じゃない分準備に手間取らないから宰相閣下がドリー姉様を逃がさない為に急いだようです。みんな愛されてて良かった。
「アナ。今日の結婚式の前にサプライズがあるんだ」
式の前にエラと控え室で準備を終えてぼんやりしていたら、楽しそうに入ってきたグレイトが私の頬にキスしながら耳元で囁いてきた。この声で囁くとか反則だわ。
王子も一緒だったらしく、エラに寄り添っていた。
「さ、サプライズって?」
琥珀色の瞳が甘く蕩けるように私を見つめるのでドキドキしながら尋ねると、控え室の入り口からもうひとり入ってきた。
「―――――っえ!?」
横でエラが息をのむのが聞こえる。
私も予想外の人物の登場に呼吸を忘れてしまった。
「ふたりとも、結婚おめでとう。取り合えず、可愛い娘達が嫁ぐまで死なない約束は守れたかな?」
昔と変わらぬ優しい笑顔で微笑んだのは、行方不明だった継父だった。
私とエラは折角の化粧が崩れてしまうのも構わず継父を抱き締めて子供のように泣いてしまった。嬉しくて安堵して、ぐちゃぐちゃの顔で再会を喜んだ。
私やエラが喪に服していたのを教会で見ていた時から知っていたグレイトは、行方不明の父を密かに探していてくれていたらしい。
その為、グレイトは舞踏会に出ることが減り、そこそこの令嬢達が言っていた出席の珍しい「あのお方」として想い人が居るのが知れ渡ったそうだ。
一方、継父は事故で負った怪我が酷くて中々意識が戻らず、保護された病院でも身元不明で家族を探すのに難航したらしい。グレイトもそうじゃないかと思って継父を保護してくれていたが確証がなかったらしく、やっとはっきり意識が戻ったのは私達の婚約が決まった後。
継父は怪我を治しリハビリしながらグレイトや王子と今日のサプライズに向けて準備をしていてくれたらしい。
「ふたりとも良い夫を見つけたね」
涙に濡れた顔を王子に拭ってもらうエラを見ながら継父が話しかけてきた。
本当に『シンデレラ』の物語とは全然違う結末。
鳥に襲われ目を食べられ馬車に轢かれない。
私には自慢の可愛い妹や素敵な姉、母。死なずに生きていてくれた優しい継父。
そして、魔法のように私の願いを叶えてくれる素敵な人がいる。
愛しいグレイトに寄り添いながら告げる。
「はい。私の旦那様は最高の魔法使いさんです」
王子がチャーミン(魅力的)なので
王弟はグレイト(素晴らしい)にしてみました。
短編なのにちょっと長い話に
お付き合い頂きありがとうございました!