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第21話 自覚した想い

 静かな教官室。じっと修習生の課題をチェックしていた鬼島は、無駄に熱い視線を感じて溜息を吐いた。集中できない。


「何ですか、吉本さん」


 視線を吉本に向け、冷たい声で問う。すると、吉本はにこっと人当りの良い笑顔を向けてきた。


「いや~、鬼島さんって、なんかもったいないですよね」


 吉本の言っている意味が分からず、鬼島は眉間にしわを寄せる。


「そんな怖い顔しないでくださいよ。あ、もしかして昨日、野々宮さんにそんな怖い顔で酷いこと言って泣かせた訳じゃないですよね」


 どうしてここで野々宮の名前が出てくる。鬼島の眉間のしわはますます深くなる。

 課題をチェックしている時、集中できなかったのは、吉本のせいだけではない。野々宮のことが頭から離れなかったせいだ。

 今日、休まずに修習に来ていたことには安心したが、酷い顔だった。泣き腫らした目は、化粧でも誤魔化せていなかった。

 鬼島が泣かせたのだ。

 どうして、彼女の幸せを望んでいるのに、自分は泣かせてばかりいるのだろう。

 そう思う一方で、あの涙は自分だけのものだ、という独占欲も湧いてくる。強がって、滅多に涙など流さない彼女を泣かせることができるのは自分だけなのだ、と。そして、その涙を拭い、震える肩を抱くのも、弱っている彼女を慰めるのも、自分でありたい、と思うのだ。

 しかし、鬼島はもういい歳をした大人だ。理性で欲望を抑え込んでいる。

 野々宮を抱きしめて、その身体も心も彼女のすべてを支配したいという欲望を必死で抑えている。


 そうして、人が必死で耐えているところに、吉本は野々宮の名を出してきた。


 しかも、昨日だと? 何故、野々宮が泣いていたことを知っている?


 微笑んでいる吉本を、こんなにも苛立たしいと思ったのははじめてかもしれない。


「吉本さんには関係のないことです」


 動揺する心を抑えつけ、鬼島はきっぱりと言い切った。突き離すような鬼島の言葉にも、吉本は気にせず笑みを浮かべている。


「そうでもないんですよね。昨日、鬼島さんのせいで泣きじゃくっている野々宮さんを、誰が慰めて家まで連れて帰ったと思ってるんですか?」


 鬼島の目が驚きに見開かれる。その様子を楽しむように、吉本はにっこりと笑いながら言葉を続ける。


「彼女、けっこう細いですよね。強がっているところがまた、男の庇護欲を誘うというか……僕の腕の中で泣く野々宮さん、本当にかわいかったなぁ」


 家まで送って行った、腕の中、というキーワードから、鬼島の中で嫌な想像が膨らむ。


(かわいかった、だと?)


 鬼島は知らず拳を強く握りしめていた。精神的に弱っていた野々宮を思うと、吉本の色香に惑わされてもおかしくはない。吉本のような男が女たちに騒がれているのは分かる。野々宮も、極限状態ならば仕方ないのかもしれない。

 しかし、鬼島の胸中は穏やかではいられない。泣かせたのは自分だ。そして、彼女を追いかけなかったのも自分。その後、吉本に慰められて彼に身を委ねたのだとしても、鬼島がとやかく言う義理はないのかもしれない。

 しかしもう、理性で抑えられる感情を超えていた。


「彼女に、何をしたんですか」


 今まで出したことがないような、低く冷たい声。きっと、表情は怒り以外完全になくなっている。


「何って、さっきから言っているじゃないですか。泣いていたから、抱きしめてあげたんですよ。もしかして、妬いてます? でも、鬼島さんがそんな風に怖い顔で彼女をいじめるのがいけないんですよ?」


「誰が好きでいじめるかよ!」


 叫んだ時には、吉本の胸倉を掴んでいた。


「あ~もう、だめですねぇ。乱暴はよくないですよ」


 鬼島の本気の怒りの前でさえ、吉本は笑顔を消さない。そして、鬼島の手を軽く払う。


「彼女のこと、本気で大切に思うなら、ちゃんと大事にしてあげた方がいいですよ」


 ぽん、と鬼島の肩に手を置いて、吉本は穏やかに言った。


「昨日は、家まで送ってあげただけで、何もなかったですよ。まあ、抱きしめたのは本当ですし、たっぷり慰めて可愛がってあげようとも思ったんですけど、僕はきっぱり振られましたからね~」


 唖然とする鬼島を残して、吉本はお先です、と教官室を出て行った。


「……何だったんだ、あの人」


 鬼島の感情を逆なですることばかり一方的に言って去ってしまった。そう、的確に鬼島の心を揺さぶるツボを突いていた。

 つまり、野々宮のことを。

 自分は常に冷静沈着な人間だと自負していた鬼島にとって、これは大きな衝撃だった。他人から見て分かるほどに、自分は野々宮を気にかけていたのだろうか。いや、たしかに気にはしていたが。


「俺は、そんなに分かりやすい男だったのか……?」


 というか、自分がここまで野々宮のことで冷静さを失うとは思わなかった。過去のこともあり、修習生として以上に野々宮が心を支配していることは自覚していた。

 しかし、それは責任感からだと思っていた。いや、思い込もうとしていた。


 それなのに、吉本の言動のせいで気付いてしまった。


 自分が、野々宮のことを一人の女性として見ていることに。

 自分が、彼女を一人の男として守りたいと思っていることに。


 今まで、それなりに女性と付き合ったことはある。しかし、鬼島の心をここまで乱し、理性を破壊する女性は初めてだった。

 自分は野々宮よりもまだ大人だから、彼女のために身を引ける。どこかでそう思っていたが、吉本が彼女に近づいたというだけでこの有様だ。

 もう、彼女の幸せだけを望んでいられないかもしれない。

 愛しているから。

 鬼島の愛は、きっと優しいものではない。独占欲が、支配欲が、きっと彼女を縛り付ける。

 それでも、もう止まらない。他の男に任せていられない。他の誰かとの幸せを掴む彼女なんて、もう見たくない。


「俺を好きになれ、野々宮」


 ふっと笑った鬼島の顔は、妖しい色気を放っていた。


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