第八話
「ツカレタカエル」
先輩はそう言うと、ふらふらとおぼつかない足取りで家に帰った。空にはもう、星が輝いていた。
「先輩、風邪ひかなければいいけど」
先輩の歩いた道には、濡れた制服から滴り落ちた水が点々と続いていた。肉体的にも精神的にもクタクタで、おまけにびしょ濡れ。私は先輩のことが少し心配になった。
「はぁー。私も疲れた。結局河童を見つけられなかったし。とりあえず一休みしよう」
先輩のことも気になったが、私自身クタクタで疲労困憊だった。まぁ、先輩は強い人だから、明日にはもう立ち直っているだろう。
私はとりあえず先輩のことを考えるのをやめて、近くにあった平らな岩の上にのぼった。そして、大の字に寝そべり、目を閉じた。日中の太陽に焼かれた岩は、夜になってもほのかに暖かくて気持ちが良かった。
目をつむって数分後、私は夢を見た。登場人物は、魔女と河童とづかちょん先輩、そして、理不尽でかわいそうな私だった――。
「ケヒヒヒィ」
不気味な声で笑う魔女。私の目の前で腕を組み、私を見下ろしている。
「カパパパ」
その隣には、「カパパパ」と気持ちの悪い鳴き声で笑う河童がいた。河童はまるで洋ナシみたいなメタボ体型をしていて、ゆるキャラみたいなかわいらしい風貌だった。
「うぅ、ぐ、ぐるぢぃ」
私はなぜか、河童の甲羅を担いで、四つん這いになっていた。河童の甲羅は岩のように重かった。私の四肢はガクガクと悲鳴を上げ、今にも折れてしまいそうだった。
“もうだめだ”
私がそう思った瞬間、甲羅の上の方から声が聞こえた。
「あなたのせいで、私の夢は破れたわ。どうしてくれるの?」
甲羅の上にはづかちょん先輩が乗っかっていた。
「ねぇ、どうしてくれるの?」
「尻子玉はまだかい?」
「カパパパ」
「私の夢を返して」
「お嬢ちゃんは一生川の中さ、キヒヒヒィ」
「カパパパ」
「あんたなんかいなければよかったのよ」
「最近の若いもんは……」
「カパパパ」
三つの声が矢継ぎ早に私の耳を襲う。私は耳を塞ぎたかったが、背中に担いでいる甲羅と甲羅の上に座っている先輩のせいで手を放すことができなかった。手を放したら、甲羅と先輩の重みで押しつぶされてしまうから。
“もうだめ!”
頑張って数分間耐えたのだけれど、私はついに、精神的にも肉体的にも限界を迎えた。そして、甲羅と先輩の重さに負けて、地面に這いつくばった。
“もう、このまま寝てしまおう”
私は全てを忘れ、深い眠りに着こうと思った。魔女と先輩はそんな私の心を察してくれたのか、急に黙った。
「カパパパ」
しかし、河童だけは黙らなかった。ゆるキャラ体型がなんだか無性に腹立たしい。ぶん殴ってやりたくなる。
「カパパパ」
“静かにしてよ! 私は全てを忘れて眠りたいの”
甲羅と先輩に押しつぶされながら、私は河童を睨んだ。
「カパパパ」
しかし、河童は黙さない。まるで壊れた人形のように「カパパ」と繰り返す。
「カパパパ」
「カパパパ」
「カパパパ」
「カパパパ」
「カパパパ」
“あーもう! いい加減に……”
「いい加減にして!」
――私は夢の中で河童に怒鳴った、と同時に目を覚ました。