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エピローグ

~エピローグ~

 

「『サイの睾丸』、『砂漠に咲く薔薇』、『虹の麓の宝』『四年に一度しか咲かない花』、『闇を照らすチョウチン』『ライオンのため息』、『腐った黄金』、『マグマの石』、そして、『卍川の水』……ようやく、ようやく全てがそろった。これで、やっと“あの子”に会える」

 魔女は一人、怪しい儀式を行っていた。その顔は泣いているようでもあり、笑っているようでもあった。

 ――魔女とは、全てのルールや常識から逸脱した、理不尽な存在である。

 何かを成し遂げるためには、時に理不尽な力が必要だ。魔女は今、理不尽な力で何かを成し遂げた。


       ○


 河童は旅をした。日本中の川や沼を巡り、いろんな仲間に出会った。

 母と父はまだ見つかっていないが、悲観はしていない。いつか会えるさ。そう思いながら、旅を楽しんでいた。

 ある日、人間に変化して、街に出かけた。ビルに映る巨大スクリーンをぼんやりと見ていると、ふと、弟子とのある約束を思い出した。

「そうか、今年はオリンピックの年だったな」

 河童はそう呟くと、カパパパと笑った。


       ○


 あれから四年が経った。

 私は久しぶりにこの町に帰ってきた。凱旋、というやつだ。

 ――私は東京オリンピックで、金メダルを取った。

 私のライバルである美嶋カレンは銀メダルだった。カレンは天才だったけど、私はまったく負ける気がしていなかった。

 四年前、この町で『龍』に飲まれたあの日から、私はなぜか「他の人間には負ける気がしない」と思うようになった。どうしてなのかはわからないけど、私は誰であろうと、他の人間には負けられないと思うようになっていた。ほんと、どうしてだろう? まあ、その気持ちのおかげで、私は金メダルを取れたのだと思う。感謝感謝――あれ? 私、誰に感謝したんだろ? まあ、いいか。

 あと、これはどうでもいい余談だけど、久富重吾さんがドーピングで失格になった。昔、私は久富重吾さんに憧れていた。でも、『龍』に飲まれたあの日から、なぜか憧れの感情はなくなっていた。理由はわからないけど、いつまでも憧れていなくてよかった。あんなドーピングに手を染めるような男、最低だ。憧れる価値もないわ。

 ――町はお祭り騒ぎ。

 オリンピックで金メダルを取った私を町中の人たちが迎えてくれた。私は町長に挨拶をして、スポンサーである中波セメントに結果報告をしに行った。そのあと、地元の食堂でご飯を食べて、地元の高校に行って講演をした。講演の演目は『夢は叶う』だ。これをカナミに言ったら、「クソつまらなそう」と言われた。

 そして今、私は町の広場にいる。広場には屋台まで出ていて、本当のお祭りみたいに賑やかだった。私のために花火も上がり、老若男女が家から出てきて、広場に集まり空を見上げた。

 私は花火が静まったあと、広場に設置されたステージの上で、五分ほどスピーチをした。内容は、私を支えてくれた人たちに感謝します――みたいなありきたりな内容だ。

 私のスピーチが終わると、拍手が起きた。

 拍手が収まると、祭りはより一層賑やかになった。私はたくさんの人に囲まれた。「金メダル見せて」と言われたので、見せびらかした。感想を聞かれたので、「オリンピック、マジパネェ」とテキトウに答えた。

「マコねいちゃん、久しぶり」

「わあ、ユウイチ君? 大きくなったね」

 振り向くと、そこには成長したユウイチ君がいた。四年前はまだ小学生だったのに、今では私と同じくらいの身長になっている。いやはや、成長とは恐ろしいものだわ。

「こんばんは。金メダルおめでとうございます」

 ユウイチ君の隣には、かわいらしい女の子がいた。どうやら、ユウイチ君の彼女らしい。

「あら、かわいらしい娘じゃない。こんばんは」

 私はにやにやしながらユウイチ君を見た。ユウイチ君は照れくさそうにえへへと笑っている。

「二人は、いつから付き合っているの?」

「半年くらい前かな」

 ユウイチ君と彼女は目を合わせて微笑む。仲むつまじい。

「そっか。大切にしなよ」

 私はユウイチ君の肩を小突いた。

「うん」

 ユウイチ君は照れくさそうに頷いた。いいなぁ、青春だ。

「じゃ、マコねいちゃん、またね」

 そう言うと、ユウイチ君は彼女と手を繋いで屋台の方へと向かった。

 私も屋台を物色しながら広場を歩くことにした。

 屋台を覗く度に「金メダルおめでとう」と言われ、フランクフルトやかき氷やリンゴ飴をサービスでもらった。

「あ、づかちょん先輩。お久しぶりです」

 私がリンゴ飴を舐めていると、づかちょん先輩と出会った。

「マコ、おめでとう!」

 づかちょん先輩は私に会うなり、私を抱きしめた。

「せ、先輩。苦しいですよ」

「マコ、金メダルおめでとう! あんたはすごい。私の誇りよ!」

「あれ? そういえば先輩、今東京に住んでましたよね?」

 づかちょん先輩は高校卒業後、水泳インストラクターになるために、東京の体育系の大学に進学した。今年大学卒業で、就職先は東京のスポーツジムに決まっている、という噂は聞いていた。

「そうよ」

「里帰り中で、たまたまこの町にいたんですか?」

 づかちょん先輩はあきれたような顔で、私の肩をバシバシ叩く。痛い。

「何言ってんのよ! マコに会いに来たのよ。いても立ってもいられなくて、新幹線に乗って来たの。明日大学の授業があるから、この後、最終の新幹線でまた東京に戻るわ」

「そんな……わざわざありがとうございます」

「いいのよ。私が会いたくて来たんだから。マコ、あんたはすごいのよ。金メダルを取ったんだから」

 そう言うと、づかちょん先輩は時計を見て「もう行くね」と笑顔で去って行った。

 ――づかちょん先輩、ありがとうございます。

 私は心の中で感謝しながら、づかちょん先輩の後ろ姿に深く頭を下げた。づかちょん先輩がいなければきっと、私は金メダルを取れなかっただろう。心から、そう思う。

 づかちょん先輩が去ってから、私は再び屋台を見て回った。

「マコ、久しぶり」

 射的屋で射的を堪能していると、声をかけられた。振り向くと、そこにはケンタとカナミがいた。

「二人とも、久しぶり」

 ケンタは高校卒業後地元の中波セメントに就職した。つまり、ケンタは今、私のスポンサーでもあるのだ。ケンタが汗水流して働いてできた金の一部が、私の活動費に使われている。

 ケンタ、私のためにもっと働け。

「マコ、あんた変わらないわね」

 カナミが憎まれ口を叩く。

 カナミは背が伸びていた。髪もパーマがかかっているし、化粧もしているので、だいぶ印象が変わっていた。ただ、胸は相変わらずのAカップだ。服の上からでも貧相なのがわかる。

「カナミは大人っぽくなったね。見違えた。ケンタもでかくなったわね。二人とも、お似合いよ」

 二人は仲むつまじく、寄り添っている。

 二人の左手の薬指には綺麗な指輪が光っている。ケンタの給料三ヶ月分だそうだ。

 ――結局、カナミの考えは正しかった。カナミは直情的な最短距離に逃げずに、じっくりと熟考して、真の最短距離をちゃんと選んだ。カナミはとても、賢い女だ。

 私がこの町を離れてから、カナミは策略を巡りに巡らせ、ついに、ケンタをものにした。ケンタは私のことが誰よりも好きだと言っていたくせに、あっさりと私を諦めた。

 ――きっと、ケンタと私は、あの瞬間じゃなきゃダメだったんだ。ケンタにとって、私は青春の日々に必要な存在だった。だから、青春という瞬間を逃してしまった今、私たちはもう、恋仲にはなれない。これからもきっと、家族みたいな穏やかな関係が続くのだろう。

「金メダルおめでとう」

「ありがとう」

 私は金メダルをカナミに見せびらかした。カナミは感心した顔でしげしげと金メダルを眺めると、「よくやった、褒めて使わす」とエラそうに言った。

「で、結婚式はいつに決まったの?」

 私はカナミの反応を無視して話題を変えた。

「半年後の予定。まだ式場も決まってなくて、詳細はこれから」

 二人は顔を見合わせてえへへと笑い合う。

 私はなんだか二人がうらやましくて、嫉妬してしまう。金メダリストのこの私を嫉妬させるなんて――二人が手に入れたものはきっと、金メダルよりも価値があるものなのだろう。

「おお、こんなところにいらっしゃった。香坂さん、テレビの取材班が来ていますので、一緒に来ていただけますか?」

 町長が私を呼びに来たので、私は二人に「また後で」と言って別れた。

 町長に連れられて人波を行く。広場には人が溢れている。この小さい町にこんなにもたくさんの人がいたのかと、不思議に思うほどだ。

 幼稚園くらいの子もいれば、高校生のカップルもいる。スーツを着たサラリーマンらしき人もいるし、下駄を履いたおじいちゃんもいる。モデルみたいなスタイルの着物を着た美女もいれば、芋くさい顔をした中年もいる。赤ちゃんを抱いているお母さんもいるし、サングラスをかけたチンピラもいる。

 これだけたくさん人がいれば、この中にお化けや妖怪が混じっていても、誰も気付かないだろうなぁ。そんなことを考えた。

 ――ふと、おばあちゃんと子供の二人組に目が行った。

 おばあちゃんの方は、鼻が高くて、しわだらけな顔をしている。そして、夏だというのに暑そうな黒いローブを着ている。それはまるで絵本の中にいる魔女のような風貌だった。子供の方は、十歳くらいだろうか? まだ頬の輪郭が丸くてかわいらしい、男の子だ。

 はて、どこかで会ったことがあっただろうか? 少し気になったけど、ハッキリと思い出せない。私はしかたなく、二人を目で追うのをやめた。

「おっと、失礼」

 私が前に向き直った瞬間、人とぶつかった。

「すいません」

 私は頭を下げて謝り、相手の顔を見た。

 ぶつかった相手は、オタクみたいな格好をしていた。頭のてっぺんはまるでお皿が乗っているみたいにハゲている。背中にはリュックサックを背負っているし、服はギンガムチェックの襟付きシャツだ。下にはジーパンを穿いていて、靴は安っぽいスニーカーだ。

 その姿は、完全にオタクそのものだった。

 ――ただ、顔だけはイケメンだった。

 顔だけは本当にイケメンで、まるでアイコラ写真のように、オタクファッションとかみ合っていなかった。

 私はイケメンが大好きで、顔さえよければ他のことはどうでもいいとさえ思っている。だから私は、不覚にもドキッとしてしまった。それに、なんだか懐かしい顔だと思った。もしかして、どこかであったことがあるのかしら? いや、これは運命というやつじゃないだろうか。

 初めて会ったのに、初めてじゃない気がする――これを運命と言わずして、なんという!

「あの……もしかして、どこかで会ったこと、ありますか?」

 私は意を決してイケメンオタクに声をかけた。いわゆる、ナンパというやつだ。

「いえ、勘違いじゃありやせんか? ぶつかってすいやせんでした。では、あっしはこれで失礼します」

 イケメンオタクはやけによそよそしい態度でそう言うと、私を通り過ぎていった。

「香坂さん、急いでくださいな」

 町長が私を急かす。私は後ろ髪引かれながら、再び町長について歩いた。

「カパパパ」

 私は立ち止まる。今、後ろの方で、確かに聞こえた。誰かが「カパパパ」と言った。誰だろう? 

 私は振り返った。そこには、まるで卍川の清流のようにうねり蛇行する群衆がいるだけで、いったいその中の誰が「カパパパ」と言ったのか、特定できなかった。 

「香坂さん! 急いで!」

 町長は汗をかきながら、顔をゆでダコのように赤くして、怒っている。

「カパパパ」

 私は町長のタコみたいな顔を見て、「カパパパ」と笑った。

「なんですか、それは?」

 町長は不思議な顔で訊ねた。

「これは、愉快な気持ちになれる魔法の言葉です。カパパパ」

 私はもう一度、カパパパと笑った。


~了~


次回作執筆中です。

次回作のタイトルはズバリ『天狗とツチノコと理不尽でかわいそうな僕』です。

こうご期待!

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