表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
33/42

第三十二話

「マコ、大丈夫だった?」

 数時間後、カナミが川に来た。『龍のくしゃみ』のことはすでにニュースとなっていて、川に近寄らないように勧告が出されたという。

「うん、大丈夫よ。あれぐらいのくしゃみ、なんてことなかったわよ」

「くしゃみ? なんのこと?」

「え、ああ、うん。まぁそれはさておき、カナミに頼みたいことがあるのだけれど」

「何?」

「あのね、病院に行って……」

「あぁ、速水君のことでしょ? 大丈夫よ。私、速水君が橋の近くにいたこと知っていたから、鉄砲水のニュースを見た後すぐに連絡したの。そしたら病院にいるっていうから、すぐに様子を見に行ってきたわ。意識もハッキリしていたし、一日安静にして様子を見たらもう退院だって」

「え? 何の話?」

 ケンタが病院に? なぜ?

「あれ? 速水君の様子を見て来て欲しかったんじゃないの?」

「ケンタがどうしたの?」

「どうしたのって。速水君、溺れたのよ。鉄砲水に飲まれてね」

「うそ! 大丈夫だったの?」

 なぜケンタが鉄砲水に? わけがわからない。足を滑らせて橋から落ちたのかしら? あのバカならありえないわけじゃないけど。

「だから、大丈夫だってば。それより何? あんたの頼み事って? 速水君のことじゃないんでしょ?」

「ああ、えーっと、ユウイチ君っていう男の子のことなんだけど……」

「あぁ、あの子供のことね。大丈夫よ。あの子も無事みたい」

「ほんとに! よかったぁ」

 私はユウイチ君の安否が気になっていたので、大変安堵した。

「ニュースで言っていたわよ。なんでも久冨さんが溺れているところを助けたんだって。さすがオリンピック選手ね。鉄砲水の中を泳いで、溺れている子供を助けるなんて並の人間じゃできない芸当だわ」

「久富さんが? ユウイチ君を助けてくれたの?」

「えぇ、ニュースではそう言っていたわよ。完全にヒーロー扱いだったわ」

 記憶を思い返す。必死に泳いでいるとき、確かに誰かが川に飛び込む気配を私は感じた。あの気配は久冨さんだったんだ。ユウイチ君を助けてくれたのは、久冨さんだったんだ――。

 私は正直嬉しく思った。橋の下で聞いた久富さんの言葉は、理想とかけ離れていて、私は正直、幻滅していた。でも、それは勘違いだった。やっぱり久富さんは私の命の恩人だ。憧れの人だ。溺れている子供をほっておけない、心優しい人なんだ。

 橋の下で聞いた言葉はきっと、久冨さんの本心じゃなかったんだ。ガキンチョであるケンタに対して、大人としてしっかりと怒ってくれていたんだ。

 私はやっぱり久富さんは理想通りのすばらしい人だと感じた。久富さんに会いたい、会ってお礼を言いたいと、改めて強く思った。

「あんたの無事も確認できたし、私行くわね。用事があるのよ」

「用事って何?」

「頼まれごとよ。速水君に頼まれたのよ。マコが無事かどうか確かめて来てくれって」

「あぁ……」

「速水君、開口一番にマコの名前を出していたのよ。マコのことを自分のことよりも先に心配していたの」

「うん」

「まだちゃんと速水君に返事してないんでしょ?」

「うん」

「気まずいのはわかるけど、一度ちゃんと会いなさい。じゃないと速水君がかわいそうだわ」

「わかった。私、ちゃんとケンタと会うよ、ちゃんと返事するよ」

「まぁ、それならいいけれど。じゃね」

 そう言うと、カナミは病院へと向かった。


 それは、カナミが帰ってから十分後のことだった。再び『龍のくしゃみ』がやってきた。今回もどこから来たのか皆目見当もつかないほどの大量の水が、前兆もなく突如として上流から押し寄せて来た。

 私は『龍のくしゃみ』に飲まれ下流へと流された。

「はぁ、はぁ、はぁ、また『龍のくしゃみ』……」

 私はあまりにも頻繁に『龍のくしゃみ』がやってくることに、一抹の不安を感じた。これは何かとてつもないことが起きる前兆なのではないだろうか? 

 そう思った。


「お嬢ちゃん。ちょっと来な」

 私が再び上流の平たい岩まで戻ると、川岸から声をかけられた。そこには魔女がいた。魔女はとても険しい顔で手招きしていた。

「尻子玉はまだ手に入れられてないのか?」

「うん、まだだけど」

「なにやってんだいこのグズが」

「ちょっと、グズってひどくない? こっちだって一生懸命やってんのよ」

「事情が変わったよ。私の予定よりもずいぶんはやくなってしまった」

「何の話?」

「『龍』が来るんだよ。本当はまだ一年以上先のはずだったんだけどね。この前の地震がおそらく原因だろう」

「『龍』って、町全体が水没するほどの水鉄砲が来るってこと? いつ?」

「このままいけば、一週間後だ」

「い、一週間! 嘘?」

「本当さ。一週間後、この町は壊滅するだろう」

「そんな……どうにか、どうにかできないの? あんた魔女でしょ! 魔法でどうにかできないの!」

「できるさ。ただ、そのために尻子玉が必要なんだよ。だから、お嬢ちゃんを川に閉じ込めて、河童から尻子玉を奪ってくるように命令したわけなんだが、もうタイムリミットだ。“最終手段”を使うしかない」

 魔女はため息をつき、ゴホゴホと咳き込んでから、恐ろしいことを言った。

「河童を――殺す」

「ちょ、ちょっと! 河童を殺すってどういうことよ」

「町を救うには尻子玉が必要なんだ。本当は河童を殺さずに尻子玉を手に入れたかった。河童を殺すのは私にとっても多大なリスクを伴うからな。だが、今は事情が変わってしまった。時間がない。河童を殺して尻子玉を奪う他ないだろう」

 魔女の目は黒く澄んでいて、何かを決意したような鋭さを持っていた。

「ちょ、ちょっと待って」

 私は河童を殺されたくなかったし、町が壊滅してしまうのも嫌だった。どちらか一つなんて選べない。

 ――私はとても、わがままなのよ。

「私に時間を頂戴」

 私は諦めない。まだ一週間も時間があるんだから、諦めるにはまだはやい。

「お嬢ちゃん、できるのかい?」

 魔女は眉ひとつ動かさずに私を睨みつけた。まるで心の中まで睨まれているように感じた。でも、私は怯まない。河童も、町も、私が絶対に救ってみせる。

「任せて。私が絶対に尻子玉を手に入れるから」

「……いいだろう。お嬢ちゃんに“一日”猶予をやろう。それ以上は待てないよ。明日の夕刻、ここで再び落ち合うことにしよう。そこで、尻子玉が手に入らなければ、河童を殺す。いいね?」

「うん、わかったわ」

「キヒヒヒィ、良い目だね。くりぬいて部屋に飾りたいくらいだよ」

 魔女は不気味なことを言いながら去って行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ