第十三話
「ママ、実はね。私川に閉じ込められてね……」
魔女が去った後、私はママに改めて事情を説明した。
「あらぁ、それは大変だったわねぇ。それじゃ、ママ毎日お弁当作って来るから、ごはんの時間になったら西卍に取りに来なさい。河童さんから尻子玉をもらえるように、がんばるのよ」
ママは人を疑うということを知らない人だ。そして、事態を重く受け止めない楽観主義者でもある。
「ママ、事態の重さわかっているの? 私もしかしたら一生川から出られないかもしれないのよ?」
「そんときはそんときよ。なんとかなるわよ」
もう一度言うけれど、ママは世界随一の楽観主義者であり、いつも「なんとかなる」が口癖なのだ。
「マコ、カバン取って来てやったぞ」
私がママの楽観主義に呆れていると、ようやくケンタがやって来た。
「あら、ケンちゃん。わざわざマコのカバンを持って来てくれたの? いつもごめんね。ほら、マコわがままだから、大変でしょ?」
「いえいえ、もう慣れましたから。いつものことですよ。それよりもおばさんの方が大変じゃないですか?」
「そうなのよ~。聞いてくれる? さっきもマコったらおばあさんに向かって石を投げようとしていたのよ。私ビックリして、心臓が飛び出るかと思ったわ」
「マコ、おまえそこまで落ちぶれたのか? おまえ口は悪いけど、手だけは出さない人間だと思っていたのに、ついに暴行するようになったのか? いい加減にしないと捕まるぞ」
「うるさいうるさいうるさい! 二人とも黙ってよ、もう!」
「マコ! もっときれいな言葉を使いなさい」
「はいはい。わかったから。ケンタ、はやくカバンをよこして」
私はケンタからカバンを奪うと中から携帯電話だけを取り出した。そして、カバンをママに渡し、再び北卍を目指して上流に向かった。もうこれ以上、二人のうるさいやりとりを見るのはごめんだ。
「ちょっと! マコ、どこへ行くの? お腹空いたら西卍に来なさいね。お弁当作って待っているからね」
私はママの声を無視して、ズンズン川上へと進んだ。
とりあえず、これで『食事の確保』と『外界との連絡手段』は大丈夫。あとは『尻子玉の奪取』に専念すればいい。
「よし、がんばるぞ!」
私は一人、空に向かって叫び、気合を入れた。
○
再び北卍に到着した頃には、午後三時を回っていた。空は相変わらずの晴天で、夏らしい生暖かい風が吹いていた。
とりあえず、河童の寝床であるあの平たい岩に行ってみよう。河童が寝ているかもしれない。もし河童が寝ていたら、寝ている隙に尻子玉を奪ってやろう。尻子玉が一体どんな形をしている物なのか皆目見当もつかないけれど、とりあえずそれらしい物があったら片っ端から奪い去ろう。
私はそんなことを考えながら泳いでいた。ふと、前方上空に目をやると、天津橋の上に人がいるのが見えた。
「あれは……づかちょん先輩?」
橋の上にはづかちょん先輩がいた。正確には、橋の手すりの上だ。フラフラとしていて、バランスが非常に悪そう。なぜ、あんな所に……まさか!
一抹の不安が私の脳裏に過った次の瞬間―――。
づかちょん先輩は、飛び降りた。