表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/42

第九話

「おい人間、そこは俺の場所だ。どけ」

 目の前には、河童がいた。目の前にいる河童は夢の中にいた河童とは違い、メタボ体型ではなかった。全体的に細身でありながら、肩やふくらはぎなどの筋骨は隆起していて、ゆるキャラ的要素はまったくなかった。頭には通説通りの“皿”が鎮座しており、背中にはこれまた昔話通りの“甲羅”が担がれていた。肌の色は緑であり、手のひらには水かきがハッキリと見えた。

「おい、聞いているのか?」

 月明かりに照らされた河童の顔は、意外と小顔だった。鼻筋はスッと通っていて、唇は肉厚で色気があった。また、眉毛はキリリとしていて、その大きな瞳をよりいっそう強調していた。つまりは、イケメンだった。

「あ、あの」

「なんだ?」

 私は突然目の前に現れた河童に驚きながらも、とりあえず何か言わなきゃと思った。

「尻子玉をください!」

 咄嗟に出た言葉がこれだった。

「帰れ」

「きゃ!」

 河童は少し怒った表情で、岩の上から私を突き落とした。そして、先ほどまで私が大の字で寝ていた場所に座り込み、甲羅の手入れを始めた。

「ちょ、ちょっと! 何すんのよ」

 岩の上から突き落とされて、私は頭に来た。寝起きの心地よい瞬間を母に邪魔された時のように、イラッとした。河童だかなんだか知らないけど、偉そうに! そこは俺の場所だぁ? ふざけんな!

「尻子玉よこせ、この糞河童!」

咄嗟に出た言葉がこれだった。

「…………」

 河童は無言だった。完全無視。そして、私は無視されるのが大嫌いだった。

「ちょっと! 聞いてんの? 尻子玉よこせって言ってんのよ」

 私は平たい岩によじ登ろうとした。

「もげ!」

 しかし、すぐに河童の足蹴りを喰らい、再び川に落ちた。河童の緑色の足裏が勢い良く顔面に命中したため、私は背面泳ぎの状態で川に落ち、そのまま数十メートル先まで流された。

 痛む鼻がしらを抑えながら、ようやく体制を立て直した私は、河童が居座る岩まで泳いで戻った。鼻からは鼻血が出ていた。

「あ、あんたねぇ、レディーの顔を蹴るなんて、男の風上にもおけないわよ!」

 私は立ち泳ぎをしながら河童に向かって怒鳴った。すると、河童は思慮外のことを言った。

「おまえ、泳ぐのへたくそだな」

 はぁ?

 私は頭プッツンした。まるで血管が沸騰しているかのようにフツフツと、怒りの感情が体中から湧き出ているのを実感できる。

 河童は岩の上から私を見下す。

「おまえのスイムは汚い。まるでなっちゃいない」

 許せない。その言葉は、私の全てを否定する言葉だ。この言葉だけは聞き捨てならない。絶対に。

 私はわざわざ「泳ぎ」のことを「スイム」と言い換えた河童のしゃべり方にも心底イラついた。

「そんなに言うんだったら、勝負しなさいよ!」

 かくして、河童と人間の水泳対決が今宵、実現する運びとなった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ