プロローグ
魔女と河童と理不尽でかわいそうな私
~プロローグ~
「誰か! 子供が溺れてる!」
女性の声が聞こえたので、私は橋の下を覗いた。
女性の言うとおり、子供が川で溺れていた。
「わっぷ、おえっぴゅ! だ、だぢげでぇ~!」
これは必然だったのか、それとも神の気まぐれか。たまたま通りかかった私は、荷物を置いてすぐに川に飛び込んだ。
「大丈夫、今助けるから」
私は『新井高校の白魚』と呼ばれている女。泳ぎだけは自信があるの。
「ほら、もう大丈夫だからね」
私は自慢のスイムであっという間に小学校低学年くらいの少年を助け出した。
「お嬢ちゃん、大丈夫かい? ほら、手をお出し。引っ張ってあげよう」
私が少年を連れて川の岸辺まで泳いで行くと、そこに黒いローブを着た人がいた。フードを深くかぶっているし、下を向いているので、どんな顔なのかよくわからない。声は女性の声だ。
どうやら、少年の救助を手伝ってくれるらしく、こちらに向かって手を差し伸べている。
「ありがとうございます。まずはこの子をお願いします」
私は礼を言い、まずは少年を黒いローブ姿の女性に預ける形で陸に上げた。
「ところでお嬢ちゃん、名前はなんていうんだい?」
「私の名前……ですか? 私、『香坂マコ』っていいます。手伝ってくれてありがとう」
少年を陸に上げ終えて、私が一息ついたときに、突然名前を聞かれた。なんでこのタイミングで名前を聞くのだろうか? と、少し疑問に感じたけれど、私は素直に名前を教えた。
この軽率な行為が、後に私を苦しめることになるとは知らずに――。
「マコ……良い名前だね」
黒いローブの女性は、何かを確かめるように、私の名前を丁寧に発音した。
「さてと……あれ? あれあれ?」
私も少年に続いて陸に上がろうとした。しかし、どういうわけか川の中から出ることができない。
「うーーん! ふん! はっはっ! ……なんで? なんでなのよー!」
どんなに頑張っても、陸に上がることができない。陸地に手をかけようとしても、ツルツル滑ってうまく掴めないのだ。
「お嬢ちゃん、あんたはもう、この川から出ることはできないよ」
黒いローブの女性は、顔を上げた。
その顔は、シワだらけのおばあさんだった。私はその顔を見て、まるで絵本に出てくる魔女みたいだと思った。
「え? 川から出ることができないって、どういうこと?」
「私の魔法だよ」
「魔法って……あんた何者よ!」
「私は魔女だ」
「ま、ま、魔女!」
かくして、私は川に閉じ込められた。それは、暑い夏の日だった。