足跡6
9話です!
よろしくお願いします!
深い森の中。我は牛鬼の攻撃から逃れるために、少女を抱きかかえたまま、逃げ回っていた。そのすぐ後を牛鬼の巨大な角が追いかけてくる。
「おっとっ……!」
強く地面を蹴って、左に飛びのいた。そのすぐ後に、先程まで我が立っていた地面が抉れる。
「全く、しつこい奴だな」
すでに着物も砂だらけだ。いつぶりだろうか。こんなに激しい運動をしたのは。
背後から追い回してくるソレは、体や動きは明らかな牛なのにも関わらず、頭は鬼という異型をしていた。速さもパワーも十分のソレに追いかけ回され、相手の攻撃が周りの木々を痛め、地面に大きな爪痕を残している。
牛鬼が、一体ではないことはわかっていたが、まさかあんな形で、そのもう一体と出会うことになるとは思わなかった。我は必死に森の中を走りながら自分の運のなさを呪っていた。
そう、それは、遡ること30分。
我は、牛鬼の攻撃は栞に任せ。出口に張り巡らされた牛鬼の糸を消すための術の詠唱をしていた。
牛鬼の糸は物理的に破壊することはできない。いや、本来はできるのだが、牛鬼の糸には毒があるので、武器と呼べる武器がない今の状況では、素手以外に物理的攻撃をすることはできなかったからだ。素手で触れればすぐに毒は回ることだろう。運が悪ければ命を落とすことさえある牛鬼の猛毒。その毒を持つ糸を、態々素手で破壊しようと思うほど我は馬鹿ではない。
だが、牛鬼の術を解除するのは、非常に困難を極めた。
理由は我がこの手の術をあまり使わないからなのだが、まぁ、この際そんな話は置いておく。
あまり時間をかけすぎると、いくら半妖になったとはいえ、ベースが人間の栞ではすぐにやられかねないので時間の猶予はなかった。
牛鬼の糸に向かっていつもより妖力を込める。
だが、そんな集中力を強いられる状況で、思わぬ出来事が起こった。
急に地面に亀裂が入り、我と未來が立っていた地面が砕けて崩落したのだ。
そのまま下に引っ張られる感覚に襲われて、重力に逆らうことも出来ず、真っ逆さまに落ちた。
「ったたた……ぐほっ!!」
地面に強く腰をぶつけて悶絶しているところに、上から未來が降ってきて、真下の我の腹部に落下。
悶絶するレベルで痛かったが、我が下敷きになったおかげで、怪我はないようだ。
我は半身を起こして辺りを見渡した。
「全く……。一体何だというの……だ……」
この時、我の言葉が尻すぼみになったのには訳がある。
理由は、あたりの景色が、洞窟から森に変わったからではない。もちろん驚きはしたが、こういった類のものは珍しくなく、見慣れていたという部分もあり、それほど驚くことでもなかった。
だが、目の前に、今最も会いたくない相手がいたとなっては話は別だ。
我の目の前に現れた奴は、大きな角を持つ、真っ赤な鬼の顔を持ち、巨大な牛の体をしていた。そう、これも牛鬼。恐らくは、今日の昼間の足跡をつけたのは、こいつで間違いないだろう。
「全く、今日は、運がない……」
乾いた笑みを零したと同時に、牛鬼がその巨大な角を我等に向けて突進してきた。牛鬼の突進に砂埃がまう。
我はとっさに未來を抱きかかえ、飛び退いた。突っ込んできた牛鬼はそのまま我の横を風を切って走っていき、その先に立った巨木にぶち当たった。
牛鬼の強烈な突進に、樹齢何百年とも思われる巨木がいとも簡単に倒れる。
今、自分にできることは何か。
普段は、のんびりと暮らして、自分のやるべき事など見出さずに日々を過ごしている我は、いつになく真剣に考えた。
ここで、未來を守るために勇猛果敢に立ち向かうべきか。
はたまた、栞が居た場所になんとかして戻るべきか。
だが、答えはものの1分も経たないうちに決まる。
「我の場合は、逃げるが最善か」
我は、未來を抱えなおすと、森の奥へと走った。
理由を上げるのなら、まず一つ目。
おそらく我が牛鬼と戦ったところで、すぐにやられてしまうことは目に見えている。
我だけの状況なのであれば、それも考えたかもしれない。今この場から離れるのは、栞と合流できなくなる可能性を高めてしまうので、あまり望ましいとは言えないからだ。
だが、今は一人ではない。栞の大切な友人を抱えているのだから。
我が仮にやられたとしても、妖怪である我が食われることはないだろうが、未來は人間だ。下手に戦って、我が気を失うようなことはあってはならない。
そして二つ目。
栞の居る洞窟に戻るのは、難しいと判断したからだ。
なにしろ、落ちてきた穴が、"見当たらない"のだから、どうしようもない。
そう、我らが落ちてきたはずの穴はどこにもなかった。
落ちてきただろうと思われる場所を見上げてみても、そこには薄く雲のはった灰色の空が見えるのみ。
つまり、こちら側から、むこう側に戻ることはできないということだろう。
なんと厄介なつくりなのだろうか。文句を言っても仕方がないのだが。
そして今に至る。
この牛鬼と遭遇してからそれなりに時間は経っていると思うのだが、驚いたことにまだ遭遇した時と変わらない勢いで我らを追い回している。底なしの体力。我は少しうらやましいと思った。
「こっちは息も絶え絶えだというのにっ」
恨めしい。その体力も、その妖力も。
我には無いものだ。
逃げ回っていた我は唐突に足を止めた。勿論、逃げるのを諦めた訳ではない。体力が底を尽きて動けなくなった訳でもない。
「今日は厄日なのかもしれんなぁ……」
その先にはもう地面はなかった。崖だ。崖の下の方に敷き詰められた森が、作り物の玩具に見えるほど小さく見える。相当高いなこれは、と、我は思わず苦笑した。
牛鬼が前足で砂を蹴っている。そのまま前傾姿勢を取った。また突進してくるつもりだ。
「どうしたものか……」
このまま、大人しく殺される気は毛頭ない。
だが、今この状況では、助かる術が思いつかなかった。ここまでなのだろうか。
諦めかけたその時。
森の奥より現れ、遠く彼方から勢いよく飛躍してきた少女が、その細い足からは繰り出されるとは到底思えない勢いの良いキックを牛鬼にお見舞した。
いや、キックなどと、可愛らしいものではない。
そのキックは、思いっきり牛鬼の頭をえぐり、奴の重さもパワーも何もかも無視して、まるで箱ティッシュを踏んで潰すかの様に、巨大な奴を地面にねじ伏せたのだから。
牛鬼もこんな事になるとは想像もしていなかったことだろう。急に頭に与えられた衝撃に、気を張る間もなく気絶してしまったらしく、目を回してピクリとも動かない。
少女は牛鬼の上に立ちながら、森の冷ややかな風に髪をなびかせている。頭に黒い角を持ち、その身に真っ赤なオーラを纏い、圧倒的な力で相手をねじ伏せる様は、誰がどう見たって、古より伝わる強力な妖。鬼意外の何者でもなかった。
「二人とも、怪我はない?!」
鬼を倒した少女……栞は、先程の雰囲気が嘘のように掻き消えて、我等のことを心配する心の優しい少女に戻っていた。
「う、うむ、平気だ」
「良かったぁ!急に居なくなるんだもの。心配させないでよね」
栞は心底安心した様子で表情を緩め、未來を抱えた我に抱きついてくる。やや驚いたが、見たところ栞も怪我はないようで安心する。
本当に、これだけ見ればただの人間の少女なのにと、我は静かに心の中でつぶやいた。
そして、我は少しずつ気づき始めていた。我が彼女を助けられなかったことによって、今、何が起こっているのか。
我は一人の人間の少女を、人ではなくしてしまった同時に、一人の強力な妖怪を作り出してしまったのだ。
これは、予想以上にまずいことになった。
彼女がこれ程、人間離れした力を持つ半妖になってしまうだなんて、誰が予想できただろう。
まずい。本当にまずい。
このままの状態で放置していれば、彼女はいずれ、その強力な力のせいで人間と対立してしまうかもしれない。
それだけは何としても阻止しなければ。
我は改めて、元に戻す方法を早く見つけなければと決意させられることとなった。
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