闇への誘い<闇と光>
人は火、土、水、風のどれかの魔法が扱えた。
それらの属性を仕事に役立てる者は多く、エネルギーを必要とする事業を主として活躍している。
属性は一人に一種類しか使えないなのが一般的だ。
努力と才能次第では複数を使えるが、属性一つに専念した方が高品質な魔法が使えるため、才能があっても一つに専念するのが常識とされている。
しかし、全てを中途半端に習得した男がいた。
「自信を持てる人生を送りたかった」
一人の中年が倒れていた。
周りから何か声をかけられているが意識は朦朧としているため理解できない。
治癒魔法を受けているのだろうか。
これは何の属性だろうか。
治癒は属性の種類によって効果がそれぞれ違うが、全てに共通しているのは疲労を回復させることだ。
それでも違いはある……はずなのだが、その違いを体感できない。
この中年は休日に京都まで旅行で来ていた。
今いる場所は伏見稲荷大社。
テレビで紹介される機会が多く、赤い鳥居が大量に並んでいるのが幻想的である。
この、伏見稲荷大社はちょっとした山であり、中年は15分ほど上がった所まで来ていたのを覚えていた。
何か小さな滝がある所だ。
ここまで登る人は観光客か、スタミナを上げるためのトレーニング目的で来ている人が多い。
「え?あ、え?」
呂律は回らず、言いたいことも自分でわかっていない。
理解していたのは、自分の人生は今日までということ。
この症状は脳内出血に近かった。
しかし、転んだり殴られた記憶は無い。
病なのか他の何かか。
考えるのも苦痛になる。
死の間際になると走馬灯が見えるだとか聞いたことがあるが、考えることもできなくなり、視界がボヤけるのを感じるだけだった。
何もかもがめんどくさくなり、眠気に誘われていく。
これが死なのかと思ったが体の変化に気づき始めた。
体が蒸発していく。
体が縮んでいく。
体が軽くなっていく。
目の前が暗くなっていく。
「山頂まで登れたし、帰るだけやなー」
「こっちの道は鳥居が少ないけど山の雰囲気が出てるなー和の山って感じー」
「えーなにそれー。でも、なんだか涼しげでええね」
三人の女子大生が歩いて降りてきていた。
彼女たちはギャルのような見た目だが、体力があるのか頂上から降りてきても息を切らさず話続けていた。
そんな彼女たちだが、降りる最中に出会してしまった。
中年のおじさんが黒い背景に包まれスローモーションで呻きながら宙を踊っていた。
「……え?……あ……え?」
恐らく逃げているのだろう。
「ちょっと、なにこれ……ウケる」
「お笑いなのかな、おっちゃん一人で何しとんや?」
「声かけないでよ……気持ち悪い」
中年のスローモーションは、時間がたつにつれ、さらにスローになっていく。
黒い物質に中年はさらに吸い込まれていく。
「何だか、通りにくいやんな、どうしよう。それに黒いこれ、怖すぎる」
最終的には中年の動きが完全に止まった。
彼女達は停止ボタンで止められたような中年の姿を不気味に思い、後退りをした。
そして、踵を返し別の道を行こうとした、その刹那であった。
急に中年が燃えだした。
火は通常では考えられないほどの火力で、瞬く間に中年の全身を包んだ。
彼女達の一人に水を放てる者がいて、反射的に水を放ち中年に当てようとした。
しかし、水は幅一メートルを超える水量を中年に向けて放出しているが黒い闇に飲み込まれつづけているだけであった。
「やばいって、これ。ねぇ、みんな逃げよう、おっさんはもう駄目そうやし、私らも黒いのに飲み込まれてまう」
「そうやんな、いこ」
彼女達から見た黒い闇の中は既に燃えカスだけが残り、やがて消滅していく。
しかし、その中年自身は燃えている感覚など無かった。
彼は体の異変で縮んだのを感じながらも、緩やかに縮んでいくのが止まっていった。
大きさにして五歳くらいのサイズとなった辺りで黒いモヤが消え、体の縮まりも感じなくなった。
今いる場所は同じで、鳥居が見えていた。
男は疲れ果てていた。
何が起きたのか一切理解できずなかったが、その場で寝てしまったのだ。