クニドスの館
この当時の調理法だと肉は切って串に刺して焼くが普通でした。味付けは塩味オンリーで香辛料の記述も少ないので使ってたか、ちょっと不安です。
味については前述のように旨い、旨くないぐらいしか記述がないのでどんな味かは不明です。
ワインの希釈量とかはしっかりあるんですけどね。
お腹の虫が鳴いている。
美少年でもお腹はすく。というか体は成長期なのでいつもよりきびしい。
早く食べたい。
急ぎ足で厨房に戻るとコリーダが賄いの準備をしていてくれた。
ドロンはすぐ横で、試食の三人以外の巫女や神官の夕食準備、配膳、片付とフル稼働状態である。
ただ二人ともおいしい料理を食べたために機嫌がよい。
古代ギリシア人の味の好みが判るはずもないので、この二人に試食してもらいながら味の調整をしました。
ドロンは的確に教えてくれたけど、コリーダはちょっと口が重くて顔が赤かった・・・奴隷ということを気にしてたのだろうか。
その辺はちょっと想像がつかない。
最終的には塩控えめ、甘さ多めにして、酸味で調整という方向で進めたけどうまくいった・・・と思う。
あの三人の様子からすれば大成功だとは思うんだけどね。
自分用にはちょっと甘すぎる感じだったし、味も薄味だった。
とりあえず今は自分だ。
パスタ・ボンゴレ。麺は平太麺を打ってみた。
アサリをガーリックと一緒にオリーブオイルで炒めて、塩、胡椒で味を調えたのみ・・・試作で甘いものが多かったせいで、舌が刺激を求めてる。
ほんとはアラビアータが好きなんだけどトマトも唐辛子もないし、生クリームという概念がないのでカルボナーラも作れなかった。
そこでボンゴレにしてみたけど、そもそもまだパスタってなかったのね、パスタ自体に驚かれました。
辛みは胡椒のみで、唐辛子の後から来るボディーブローのような辛みはないが、ジャブのように切れのいい辛みがアサリとガーリックによく合う。
でも唐辛子の代わりになりそうな辛みって何があるかな・・・クミンシードだと若干辛みは弱いが唐辛子の代わりになりそうだが・・・香りがカレーにしか思えない。
唐辛子の香ばしい香りは出せない・・・熱に強い辛みは唐辛子に代用品がない以上、胡椒が限界か・・・
南米にだれか行ってこないかな?ジャガイモ・サツマイモ・トウモロコシ・トマト・唐辛子、みんな南米原産だから持ってこれれば欧州の飢饉がかなり減るんだが・・・
そんな食材についてを考えている間にコリーダがパスタを茹でボンゴレを和えてもってくる。
「ワインはいかがしますか?」
皿を置きながらコリーダが尋ねてきた。
ワインか、そういえば晩餐に作ったジュース割ワインがまだ残ってたな。
でも、もし後で巫女長に呼ばれたときに酔っぱらってたらまずいだろう・・・とりあえず今日は無しか。
「いや、ぶどうジュースにしてくれ。」
「かしこまりました。」
コリーダはぶどうジュースを陶器の杯に注いで持ってきた。
そのままじーっとこっちを見ている。
その目線の先には、木の枝の箸でパスタを食べようとするボクが・・・って箸か。
「アーシア様、その手の棒は何でしょう?」
いやだってフォークがないんだもの。箸は必要でしょう。
「これは箸と言って、このような熱い食事を取るときに便利な道具だ。」
「・・・道具ですか?」
たしかに道具というにはシンプルすぎるかもしれない。
「このようにパスタが熱いと指では持てないだろう。そこでこうやって持ち上げて食べる。」
そういいながらパスタを一本つまんで持ち上げた。
コリーダの表情に感嘆が加わった。
「アーシア様、すごいです。器用です。」
褒められて、くすぐったい感じがする。
そのせいかちょっと悪戯心が出てきた。
「食べてみるか?」
「よろしいのですか!」
「うん。」
つまんだパスタをそのままコリーダの手のひらに置いてあげる。
パスタの予想以上の熱さに慌てて口の中へ放り込む。
そのまま黙り込み、顔がみるみる真っ赤になる。
ヤバ!!
慌ててぶどうジュースを差し出す。
一息に飲み終えると、コリーダは呟いた。
「アーシア様、口の中が溶岩みたいで痛いです。」
やけどさせたかな?
熱い麺も胡椒の辛さのも初体験だったろうから・・・どっちかまではわからないけど
「慣れるとおいしいんだけどね。」
パスタを食べる俺を、不思議な生き物みたいな感じで見るコリーダ。
パスタとデザートの蒸しパンで夕食にしたが食べ終わったのは午後六時だった。
陽も沈もうかというのに、まだ巫女長からお呼びがかからない。
「ボクはあと何すればいいんだろう?」
コリーダに聞いてみた。
「ピュロスに聞いてきます。」
そういうと彼女は厨房を出て行った。
暇になったので、横にいたドロンにジュース割ワインを勧めながら、手に入りそうな食材や料理法を教えてもらっていた。
調理法として揚げるのと蒸すのはまだ確立されていないようだ。
焼く・煮るが一般的で肉が贅沢品、魚介と野菜が日常品という分類のようだ。
10分程たってコリーダはピュロスと一緒に戻ってきた。
「アレティア様からのご指示です。アーシア様はクニドスの館で休まれるようにとのことです。」
それを聞いたドロンが口に含んでいたワインを噴き出した。
「クニドスって聖域のクニドスか?」
「はい、ドロン様。他にそのような名前の建物はここにはありません。」
冷静にピュロスが返答する。
「っても、あそこは男子禁制で巫女専用だぜ。いいのかい?」
「巫女長であるアレティア様が巫女のアーシア様に指示を出したので問題はないかと。」
「まあ、そうなんだけどな。」
ドロン氏は釈然としないという風で、腕を組んで考え込んでいたが、腕をほどくと俺の背中をドンと叩いた。
「まあ、がんばれよ少年!!」
・・・何をがんばれというのだろう。
それだけいうと「お先に」といって厨房を出て行ってしまった。
コリーダが厨房の火の後始末を終わらせると、
「では、われわれも行きましょう。」
ピュロスが声をかけ、彼女の先導でアポロ神殿を出た。
デルフォイの神殿は南東が低く、北東が高い斜面に建物が配置してある。
中央にあるのはもちろんアポロ神殿だ。
そこから広い道を挟んで東側には俺が神託を受けた円形劇場がある。
アポロ神殿から出た時にはすでに日は沈みかかり、あたりは薄闇につつまれていた。
ピュロスが前にコリーダは後ろにいる。
道は2・3回曲がったが、北の方に向かって登っているようだ。
後ろからコリーダの声が上がる。
「アーシア様、見えてきました。」
彼女の指さす方向を見ると
この神殿の一番高い北東の土地に、さらに石垣で土台を作り高くした建物が見えてきた。
その周囲はグルリと塀で囲まれており、前庭は公園のような遊歩道が作られている。
そして、その遊歩道の先の石造りの階段を上がらないと建物には入れない。
すごい、なんか聖域っぽい感じがする・・・いや実際に聖域なのか。
建物に入った時には薄闇から夜の帳が降りたという程度には暗くなっていた。
「今日はこの部屋でお休みください。」
ピュロスに案内された部屋はビジネスホテルのシングル?みたいな感じの部屋だった。
3畳ほどの木床の部屋にベットが一台。藁を木綿袋に入れたマットレス。そして枕と掛け布1枚。夏だし問題はないだろう。
横になってみると畳にじかに寝るよりは柔らかい感じだった。
その他に部屋のあるのは物入れ?衣装ケースくらいの大きさの木箱、水差し、灯りが一つだった。
灯りの油にはタイムが漬けこまれていたらしく小さな炎からはいい香りがしていた。
「明日は午前七時にお迎えに参りますのでゆっくりお休みください。」
ピュロスはそういうと持っていた厚めの布をコリーダに渡した。
コリーダは受け取った布をベットの横の床に敷いている。
え?一緒の部屋??
「体調が悪くなるといけませんのでコリーダをお付けします。ではおやすみなさい。」
コリーダはなんのためらいもなく床に布を引いて横になった。
なんとなくゴールデンレトリバーが横になってるみたいだ。
「アーシア様、おやすみなさい。」
「おやすみ、コリーダ。」
・・・・
・・・
・・
・
コリーダのいい香りがこっちに流れてきた・・・
あれ、寝れるかな?? 自信なくなってきた。
やばい、結構、目が冴えてる。疲れすぎ?