コリントスからの旅路
カラマタ港からコリントスへの船旅は7日程かかった。
通常の倍の時間がかかっているが、コリントスに入港したとき50人漕ぎのガレー船と山積みの商品、2段櫂船と120人の漕ぎ手+ヘレネスの捕虜20名が一緒に、カラマタを出発した3段櫂船と無事に入港したことを考えれば、十分に有意義な船路だったのはいうまでもない。
それに加えて、ボクらがコリントスに着いたときは、まだスパルタからの軍勢は通過していなかった。
南に面するレカイオン港に入港するなり、捕虜の出身ポリスであるアルゴスに身代金4000ドラクマを請求させ、地峡北側のケンクレアイ港からデルフォイに使者を出した。
積荷はアフリカ沿岸で取れた干イチジクや干物の魚がメインだったので地峡中央の市場で手早く売りさばくことにした。
干し魚やイチジクの一部はとっておいてスパルタ兵への遠征用の食料に加えることにした。
おそらく十分な量を持ってくるとは思うが荷物持ちの奴隷の食料は不足しがちである。
彼らの食料として十分に役に立つであろう。彼らの終着点はまだ先で、ここは通過点に過ぎない。
船で渡るアイギナへの航路はアテナイのピレウス港から出発である。
そうすると航路が30km程度で海流も利用すれば半日程度でアイギナに到着である。
兵をおろした後は軽荷になるのでその日のうちにピレウスに戻ってきて翌朝第2陣を載せて出発という形で、20隻×3日で6000の兵が上陸することになる。全てが渡りきるには1週間かかると計画されていた。
スパルタ兵が到着するまでの間、ボクはアポロン誓紙について、アフロディテ神殿との交渉を始めることにした。
基本的には誓紙にオマケのサービス券をつけることでアフロディテ神殿の聖娼にサービスしてもらう考えだ。
彼女らのモチベーションを上げるためにサービス券の枚数でイストミア蔡やピューティア蔡の歌や演劇の上位入賞者のショーへ指定席でご招待というようなことを考えている。
ショー自体は年に複数回公演出来るだろうし、アポロンとアフロディテに奉納するとなれば、出演者も比較的優先でやってくれるだろうから目処は立ちやすい。
このようなことをマリア神官と相談すると、偽造対策だけしっかりと行うように注意された。
そこでアポロン誓紙に用いる予定の紙を流用して作ることにした。
精密なものでなければ透かしを入れることも可能なので偽造はほぼ防げると思う。
こっちが飴なら次は鞭だ。
戦闘可能なスパルタ船には海賊旗を掲げることにする。
スパルタ船はアポロン誓紙を持っている船は襲わないことを確約し、持たない船については襲いかかると知らしめる。
根拠地を何処か小アジアに面したポリスに構えて、通行税のような形で普及していく方向にする。
スパルタ王家との話し合いではラムヌースに適当な土地があるということなので将来的にはそちらに主力を移動させることになるだろう。
ラムヌースで史上初の海賊国家の立ち上げである。
ラムヌースはアテナイから北東へ進んで半島を横断したところにある港町である。
史実ではネメシスとテミスの神殿くらいしか残ってないが、テミス神像はメガクレスという人物が奉納したとされている。
(そしてメガクレスという名前はクレイステネスの親族アルクメオン家に多く見られる名前である。 神域で流血沙汰を起こした不名誉な人物の名前を他の血族がつけるとも思えないので、アテナイのアルクメオン家との関係が疑われるが、詳細は一切不明である。)
将来ここを起点に「海賊王に俺はなる!」とか言い出す人物が出るのではないか、と期待している。
ともあれ、これらのことを国際的に周知することなく、こっそりと流布しなくてはならない。
そこでコリントスの聖娼の力を借りることになるのだが、大きな問題もなく受け入れてくれた。
そもそも噂を話すだけなので、彼女らに負担がかかるわけでもない。
これらのこまごまとした調整を行っていたら、陸路で歩いてきたスパルタ軍がコリントスを通過した。
その数12000人である。
このうち戦闘員は市民4000、半自由民2000で残りは物資輸送の奴隷6000である。
コリントスでアテナイの資金で山ほどの食料を買ってピレウス港に向かう。
その間荷物を運ぶのはヘイロイタイの役目であり、各自が2週間分(約30kg)の食料や水を背負子に積んで戦士について歩いていくのである。
戦士にしても武器・防具は自前で管理するので20kg程度の荷物は運ぶのでここまでの山中突破は、決して楽な道のりではない。
ラダケイモンは一糸乱れぬ軍勢でコリントス付近で野営の準備に入っていた。
ぺリオイコイはコリントス市民と食料の調達について交渉を行っており、ラダケイモンはぺリオイコイの指示を受けて荷物を運んで野営地近くに集積していた。
これがスパルタの統治構造の略図かと納得させられた。
率いてきた王達を探すとコリントスのアポロン神殿に宿泊していた。
そこでアポロン神殿を訪れ、航海の成果と今後の方針について打ち合わせを行った。
ボクはここで再び海路でピレウス港に向かい向こうで合流という話になっていた。
クレイステネスさんやヘラクレイトスさんのアルクメオン家、テミストクレスさんたちのアルコン・民会サイド、ミルティアデス将軍のキモン家と交渉するに、あたって少しでも時間が欲しい。
ここから船路で時間を短縮して、その時間を作ることは計画していた。
いずれにせよ2年以内にマラトンにペルシアが攻め込んでくるのはわかっているのだ。
アテナイでも急いで準備するしかない。