未来に向かって
民会が解散した後、半分呆然としながらアポロン神殿を訪問した。
何しろ一気に1000人の屈強な兵への指揮権をもらったのである。
もっとも、実際に軍事行動を起こすにはお金もかかるので、まだどうこうは出来ないのだが、以前から考えていた貿易の契約書への保証としての軍勢としてはほぼ理想に近いものがある。
アポロン神殿はスパルタの神殿の中では軍神アテナの神殿に次いで大きな神殿である。
スパルタ市民の教育で重要視される音楽を司る神ということや、武勇に優れたエピソードを多く持っていることが影響しているらしい。
ともあれアポロン神殿に着くと神官役のスパルタ市民が迎えてくれた。
ここスパルタでも神官に関しては、4年ごとに抽選で決めているらしい。
アポロンは予言を司る神でもあるので、戦のときの占い等、職務が重んじられることもあって人気の神官職である。
その神官にデマラトスを加えて今後の第2師団の運用についてレクチャーをしてもらう。
師団は4個大隊から構成されるが、基本的には作戦行動は半分の2個大隊、休憩が1個大隊、後方で即時体制においておくのが1個大隊で平時なら3ヶ月で順次交代して、後方に半年、作戦行動に半年づつ割り当てるようにするのが部隊の錬度を維持する秘訣だそうである。
ただし彼らの思考には兵站腺という考え方はない。
戦争は翌日帰れる程度の距離しかない隣接ポリスへ攻め込むのかもしくはアテナイ等が食料を準備した状態での遠征しかしたことがないからである。
アテナイにしても基地になるポリスに食料を買い集めて準備するだけであり、1週間分の補給品を運送をして行動を起こすという考えはない。
よくも悪くもヘレネス領内には行軍一日以内に必ずポリスが存在する(大小は別にして)のが前提の兵站業務になっている。
それで現状問題はないのだが、ペルシア相手に防衛線を行うと仮定すると、攻め込ませて撃退するのが限界で、ペルシア領内に攻め込むことは出来ない。
歴史上でもペルシアに攻め込むのは150年後のアレクサンドル3世を待たなくてはならず、彼はアリストテレスを師として側近達とともに王道論と植民論を学んでいた。
その中には当然軍事の負担を軽減するための兵站の基礎は含まれていたと思われるわけで、それなしではアレクサンダー大王の東征は無理だったと考えられる。
いずれにせよ現状のヘレネスでは領域外に侵攻することは非常に難しい。
それをなすためにはまずは域内の物流を活発にして、輸送コストという概念を持たせなくてはならない。
それ以前に契約という概念を一般化しないと大規模な商談そのものが出来ないのだが……
ユダヤ・キリスト・イスラム教では宗教内の戒律で隣人(同宗派)に対する義務が示されているので、神の威光にすがって契約の履行は期待できるのだが、ヘレネスの神々はそこまで人を縛らない。ゆえに商売も個人と個人の約束を超えることがなく、相場というものも成立しがたい。
物流が多くないので余剰を処分する必然性が低くなり、あるところにはあるがないところにはない。
そしてそれが隣のポリスにあることを知らないという悪循環を生んでいく。
こうしてヘレネスの交通手段は陸路が衰退し(野生動物や道路の未整備)海路に限定されてしまう。
その海路でもヘレネスに交易船はなく軍艦の湾岸警備のついでの交易のみという状態。
フェニキア人やアラブ・エジプト人に比較すれば隆盛とは言いがたい状態である。
こうやって考えてみるとスパルタ海軍を設立しながら貿易を行う。
坂本竜馬の海援隊が一番近い感じになりそうである。
自分達が商契約を行うことで誓紙の普及と権威付けを行い、ついでに活動資金を手に入れる。
ペルシア戦争に間に合わせるならば、けっこうなスピードで拡張していかなくてはならない。
とりあえず造船費用を何とかするとか稼がないと……
アテナイからアイギナへの懲罰要請に第2師団を出す代わりに、アテナイからの代金の一部を船舶でもらうように交渉してもらおう。
拠点は交通の要所コリントスに置くのが望ましいから、アフロディテ神殿に動いてもらおう。
交易の資金についてはデルフォイとアルクメオン家から出資を募ろう。たぶん十分な額が揃うはずだ。
あとは、それを運用しながら艦隊を増強して行こう。
ガレー船の漕ぎ手としてはヘイロイタイを徴用することも考えないと。
何しろ戦艦1隻で戦士30名ごとに200~300の漕ぎ手が必要になる。
搭載量を重視した貨物船も将来的には建造したいが……後回しだ。
手堅く運用して、ヘレネス内での物流を活性化して行こう。