チートじゃないけど……いいのかこの能力
屋上から階下の人々を見下ろすと第2師団は本当に喜んでおり、選ばれなかった他の部隊は本気で悔しがっているのが分かる。
ボクはものすごい違和感を感じた。
アポロンの預言巫女をやってるとはいえ軍事的にはど素人である。
それなのに歴戦の猛者が命をかけて自分に従おうとする?
あきらかに変だろう。ボクは彼らに実力を示したことはない。それなのに無制限に信用されている?
スパルタ人全員に対してどんなことをしたというのだろう?
そのことを疑問に思ったとき、デルフォイからアテナイを経てスパルタに来るまで、基本的に例外なく好意的な人間にばかり当たっていたに気付いた。
人生イージーモード過ぎないか?
日本から飛ばされて来た身としてはありがたいが……まるでチート能力でも持っているようである。
そんなものがあるなら自覚して使わせてほしい。
とはいえ魔法を使えるわけでもないし、身体が強化されているわけでも頭が良くなったわけでもない。
一体どんな理由で周囲の人間を操れるかのごとき能力を持ったのか?
王達が軽々と階下に飛び降りていく。続いて飛び降りるが思ったより高く、着地の衝撃でよろける。
倒れる前に支えてくれたのは、サンチョとコリーダであった。
その様子をうらやましそうに周囲のスパルタンが覗き込んでいる。
? うらやましそう ??
自分達の司令官が情けない姿をさらしたというのに、手伝えるのがうらやましい??
なにかものすごい変な感じがする。
訝しげなボクにコリーダが声をかけてくる。
「ご主人様どうかしましたか?」
「いや、ちょっと周囲の目が気になってな。」
「ああ、それは仕方ないですよ。ご主人の美貌は以前より一層あがってますからね。注目されるのは仕方ありません」
「いや、そうは言っても……」
「もしかして殿は先ほどのスパルタンの忠誠が高いことを気にされているのでしょうか?」
サンチョが何気なく核心の部分を聞いてくれた。
「そう、それだよ。軍事的な手腕がまったく分からない相手に、あそこまで積極的に命を預ける気持ちがわからない。無駄死にさせられるかも知れないのに?」
少しサンチョが考え込んだ。
「なるほどやはり殿はヘレネスの外観をした異邦人なのですね。ヘレネスならば無条件で殿に忠誠を誓わせるなどたやすいことです。それだけの力を神からもらっています。」
「デルフォイの預言のことか?それだと他の巫女もそうなのか?」
そういえばアレティア巫女長はずいぶん丁重に扱われていた。もっともその巫女長から丁重に扱われてもいたのだが。
その言葉にサンチョはきっぱりと首を横に振った。
「いいえ殿に与えられた神の恩恵は一目見れば明らかで、そんな背景は些事に過ぎません。」
神の恩恵?
「ここ、ヘレネスにおいて美は絶対の正義です。国の取り決めや慣習・約束全てを覆すだけの力が殿の美貌にあります。」
……美しさが正義?じゃあ不細工はどうなるんだ?
「ゆえに人々は美しさを目指します。美しい顔は生まれつきですが、美しい体は作り上げることが出来ます。野生動物とは異なるほっそりとして麻縄を編み上げたような筋肉、知性を感じる身のこなし。これがヘレネスの正義なのです」
聞かされたときにはまったく意味が分からなかった。
だが中華出身のサンチョも当初同じ違和感を感じたので根気良く説明してくれた。
古代ギリシアでは法という概念がない。せいぜいポリスごとの慣習という程度の概念だ。
この辺が中華出身のサンチョも理解できなかったようではあるが、30kmも移動すれば隣のポリスで慣習がまったく変わるという地理的条件で法があまり意味を持たないことはすぐに理解できたらしい。隣の政体がクーデターで知らない間に変わって取り決めが変わるなんていうのは日常茶飯事である。
こんな中ヘレネスをつないでいるのは言語(ギリシア語)と同属感(ヘラクレスの子孫)の2点だけであり、それを象徴するのがオリンピックなのだ。
こんな中でヘレネスの理想とする美を有するものは同属の中でも神に近い、すなわち人の上に立つという概念が蔓延しており、簡単に言えば美形が言ったことは叶えるのが神に対する義務。
そんな日本人には考えがたい文化が成立している。
「近いところでもアテナイのクレイステネス様はシュキオンの王であるクレイステネスが娘のアガリステの婿を全ヘレネスから募集して、挙措・外観の優れたアテナイのメガクレス様を婿にして生まれた孫に当たります。」
「外観は内部の知性が出てくると考えられていますので、たとえば陰茎も巨根は獣のような精神の表れとされ、ほっそりとした小さなものが好まれます。」
……もはやそれは遺伝でしかないかと思うのだが……勃たないならばれにくいのか?
「そういうこともあって、全身が美の結晶である殿がヘレネスに言うことを聞かせるのは実にたやすいことですし、その言葉の正当性はデルフォイが保障してくれます。」
……こっそり、小さいって言ってるよね。まあいいけど
つまり、出来れば命令に従って望みをかなえたいと思う人物に正しいと保障された言葉で命令されるのだから逆らえるはずもないということか。
「クレイステネス様のように外の世界を知っているか、ヘラクレイトス様のように世俗を離れた賢者以外は殆ど言いなりになると思います。」
そういえば古代ギリシアのことわざで「美は短時間の強制力である」と言った人がいたが、そういう意味なのか。
ギリシアで哲学が重んじられたのもどのような人間が望ましいかを民族共通認識にして交流を容易くするための必然なんだろう。
少なくとも王政、貴族性、民主性がモザイクのように入り混じり、クルクル変わっていく中で法律が重きを持たない理由は理解できた。
あとは、ボクが貰った能力をどう生かしていくか考えないと
この程度は軽いもので、自らの美貌を武器にヘレネスとペルシアを渡り歩いた僭主がいるのがこの時代です。
美しさは罪ではなく武器というのが正しい使い方の時代でした。