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民会

 その日は王宮の一部屋を割り当てられ泊まることになった。

 割り当てられたのはエウリュポン王家の建物であり、質実剛健な大理石造りの邸というよりは砦に近いデザインだった。

 幸い、ベットはマットレスつきの上質なものでマットレスも羊毛が使われたクッションの効いたものだった。

 体を養うということへの投資は吝嗇ではないのがスパルタンである。

 そういう意味では衣食住については十分に配慮がなされていた。

 同じ部屋にサンチョ・ピュロス・コリーダ・エウレリアの4人も床に毛皮を敷いて眠ることにしてもらい、ボクは寛いでぐっすりと眠ることができた。

 翌日陽の昇る前の真っ暗な時間に起こされた。

  「民会が始まる前に運動場ジムに登っておくぞ。」

 デマラトス王が先に立ち案内してくれる。

 思わず恐縮してしまうが市民権を有さないものは立ち入り禁止になるので、従者は入れないとのことで厚意に甘えて付いていく。

 スパルタは特大の運動場を持っている。

 ドロモスと呼ばれるアゴラ南方の広場がそうである。

 いくつか点在する建物とよくならされた500m四方ほどの赤土の平地、これがドロモスであり主に 運動と個人戦闘の訓練に用いられている。

 ドロモスのさらに南のにある地域は、集団戦闘と戦車の訓練用に若干起伏を残されプラタニスタスと呼ばれている。

 デマラトス王はドロモスに着くと、その中にたっている10m四方ほどの建物の壁に手をかっけると僅かな凹凸を頼りに登り始めた。

 どう見ても上級のフリークライマー並みの動きなんだが、見る見るうちに4mほどの壁を登り終えた。

 ボクも登るのかと不安に思っていたところ、王は縄梯子を降ろしてくれた。

 縄梯子を上り終え屋上に着くと、そこはただの石床になっていた。

 ボクが上り終えると、すぐにデマラトス王は縄梯子を巻き上げると屋上に纏めた。

 「これはいったい?」

 「王家の暗殺防止策だ。」

 「はあ?」

 暗殺防止策とは言っても一面が見晴らしの良い赤土のグラウンドである。何か間抜けに感じてしまう。

 「もうすぐ分かる。」

 ボクらに僅かに遅れてクレオメネス王もフリークライミングで壁を登ってきた。

 その後を6人の兵士が追ってきて、周囲に等間隔で旗を立てていた。


 朝日が僅かに射しはじめた頃になると、周囲から地響きのような音と共にスパルタ人が集まってきた。

 皆、36人の縦隊ごとに行進してくる。

 きれいな列に並んで進んでいるが、それが約200列ある。

 これが大きく6つに別れ周囲に整列していく。目標とする旗は所属する師団モーラの旗のようだ。

 軍事行進みたいな雰囲気というか、まんまその通りである。

 見る見るうちにあたりがキトンを着た戦士たちで埋め尽くされている。

 確かに、これだと安全なのはこの建物の屋根の上だけのような気がする。

 陽が登りきる頃には周囲のグラウンドは全て兵士で埋まり地面が見えないほどだった。

 恐ろしいのは推定で6000人程度の市民から聞こえるのは呼吸音だけで、一言も私語を話すものがいない。

 この状態で誰かが声を上げれば間違いなく皆に聞こえるだろう静けさを保っていた。

 ドーリア人の無口って性格だけでなく軍事的にも優位性があるんだ……

 あまりのスパルタの軍事関連特化に思わず息をのみ静かに見守っているしかなかった。

 全員が身じろぎすることなく待つこと、しばし、アゴラの方向から一人の老人が歩いてきた。

 老人とは言ったが、その雰囲気は迫力に満ちており、見事な筋肉美を持つ身体をしているため毛髪のない頭部と、よく手入れされた口髭が真っ白になっているぐらいしか、老化の特徴は感じられなかった。

 顎鬚は綺麗にそってあり、長老というイメージは殆どない。

 老人というよりは、むしろ老戦士というほうがすっきりする姿である。


 老人は建物の前まで来ると軍焼けした声で朗々と民会の開始を宣言した。

 「これよりスパルタ市民の意思を確認する。」

 長々とした開会の挨拶とかはなく、すぐに議題の提示が始まった。

 「本日の議題である。デルフォイの神託によりデマラトス王をアポロン戦士団へ派遣し、エウリュポン王家のレオテュキデスが王位に着く。」

 アポロン戦士団のところで周囲から驚きのザワメキが一瞬起きたが、すぐに静まった。

 「王の権利はアギス家は従来のままエウリュポン家は1個師団ロコスをアポロン戦士団に派遣するため2個師団ロコスを受け継ぐものとする。欠けている1個師団を充足するため市民らの努力により子孫を増やすよう求める。ここまでで反対のものは手を上げよ」

 すごいな、ここで手を上げられる度胸があるやつっているのかよ……いたよど真ん中で一人手を上げてるやつが

 「第2師団、第3大隊ロコス、第2中隊ペンタコスト第1縦隊エノモイア縦隊長アナクレトスです。レオテュキデスを王に抱いたモーラは十分に活躍できない。他の人物のほうが良い」

 すげーな、次期王を堂々と無能呼ばわりか。歴史上では買収で放逐された王だしね。いい目を持ってるようだが……


 「他に意見は……ないならば次の議題に進む。」

 おいおい長老会、フォローはなしで黙殺か、それもそうかも知れないが

 「次にアポロン戦士団を率いさせるに当たり、エウリュポン王家のアーシア・キリスト・テゥを王家と認める。デマラトスは彼を補佐する。彼に率いられたいモーラは一歩前に」


=ザン=


 足音が全周から響いてきた。

 すごい迫力だ。肉の津波が一瞬起きて止まった。


 「アーシアどこを指名する?」

 長老会いきなり振られたか。

 (アーシア、占いで決めてもいいぞ)

 よこからサポートだろう、デマラトスが小声で教えてくれた。


 「第2師団を選びます!」

 ボクの声は意外に強く響き、第2師団からものすごい歓声が上がる。

 隣ではクレオメネス王がやっちまったなーという表情でこっちを見ている。

 え?何かやった?

 「レオテュキデスは面白くないだろうな。自分を批判した部隊が正しいと神の子に選ばれたのだから……」

 あ、そうなるのか、確かに不味いかも?まあでもいいか

 アナクレトスだっけ、あの勇気はつぶしたくなかったし、レオテュキデス自体が歴史上から見てもあまり好感持てない王だし


 「まあ、なるようになりますよ」


 いや人生はなるようにしかならないというのが本当なのだが、階下の長老が微笑みながら子供のようにキラキラとした瞳をこちらに向けていた。

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