処刑部隊(クリプテイア)
狼も鼠もアポロンの聖獣というオチが(笑)
喧騒の中、集落に近づくにつれて煙が深くなり濃霧のように視界を閉ざし、音だけが響いてくる。
薄暗さすら感じるほど濃い煙のため、サンチョもコリーダもボクの左右にピッタリ寄り添い護衛してくれていた。
ピュロスは背後で一旦は弓を取り出したものの、すぐに諦め、短剣を構えていた。
白い煙の中から突然、視界に人が飛び出してきた。
少女を抱きかかえた女性とその女性を背中に守る壮年の男性だ。
その男性に剣が突き立った。
襲ってきたのは狼頭人身の化け物だ。
「サンチョ!」
右からサンチョが飛び出し狼人間に襲い掛かった。
すぐにキンキンと刀を打ち鳴らす音が聞こえてきた。
……不意打ちのサンチョの攻撃を防ぐのか……ほんとに人狼かよ?
とりあえず子供を抱いた女性に近づく、彼女も肩から袈裟懸けに背中を斬られていた。
「……娘を……」
彼女はそういうと彼女はボクに少女を押し付けてきた。
「……強く生きて……」
そういうと彼女はこと切れた。
それと同時に断末魔の叫びが聞こえた。
「殿、人間です。狼の毛皮を被っていました。」
「狼の皮?」
オオカミといえば連想するのはリュクルゴス(狼)すなわちスパルタである。
「クリプテイアかな?」
「おそらくは」
周りが煙幕で見えない状態なので、何人いるかは想像できない。
「一旦、退却する」
少女をコリーダが抱きかかえると、そのまま来た方向に全力で離脱し始める。
煙の中を走り抜けていくと、そこかしこから断末魔の声が聞こえてくる。
やはりクリプテイアが襲撃を行っているようだ。
口の中が煙で酸っぱ苦くなってきたころに、ようやく煙が晴れてきた。
冬が近いにもかかわらず、比較的、緑に満ちた林が広がる。
ボクらは茂みにに飛び込むと地べたに伏せて、静かに辺りを見回す。
幸いにして追手はいないようだ。
こんな過酷な生活をスパルタ到着まで続けるかと思うとかなり無理がある。
やはり軍司令官から何人か護衛を借りだしてスパルタからの襲撃を受けないようにしないといけない。
野鼠のようにコソコソと林の奥へ移動していく、助けた少女は怯えてコリーダにしがみついたままだ。
ようやく一息つけたのは林を抜けて一時間ほど経ち廃村の一軒に潜り込んだ後だった。
村長の家だったのか石造りの壁が残っていた。屋根はないが……
「話せる程度には落ち着いたかい?」
コリーダにしがみついた少女にボクは声をかける。
少女はしがみついたまま無言で首を横に振った。
何とか事情を聞き出すと、ぽつぽつとは答えてくれたので大体の事情は掴めた。
やはりスパルタの処刑部隊の襲撃らしい。
異常なまでの白煙はスパルタ側が村の広場に火のついた萱をいくつも放り込んだため。
そうやって視界を悪くして、ヘイロイタイが逃げる希望を与えるとともに、煙の中から突然現れたときの咄嗟戦の経験を増やすとともに混戦の時の味方の識別能力を同時に訓練しているようだ。
狼の毛皮を被っているのは縦隊長以上で、指揮官、
彼女の村が襲われたのは全くの偶然、軍司令官のその年の気分次第という読めなさだ。
このため軍司令界の注意を引かないよう、各村はほぼ同じような大きさ(50人程度)で散開して配置されている。
今年は彼女の村が不幸だった、それだけで済まされる話らしい。
村の数は2000箇所近く、年に焼かれる村は1-2個。0.1%以下の確率である。
天災や野獣の襲来の方が確率が高いぐらいだ。
むしろ彼女が命を拾ったのが奇跡的幸運と喜ばなくてはならない。
今までは、ほぼ確実に全滅させられていたらしい。
ここまで聞いてボクはちょっとまずいことになったと悩み始めた。
おそらく、倒された指揮官は同士討ちと処理されたろう、何しろヘイロイタイが持っていない剣での殺傷である。
そこにヘイロイタイの少女を連れた一団が現われたらどうなるか……
彼女を見捨てていけば大きな問題はないだろうが……ヘイロイタイが彼女を引き取ることは処刑部隊の注目をよびかねないので有りえないと断言された。
疫病神を村に入れることはない。
村同士の連携を予想されるものは徹底的に潰される。
それがヘイロイタイの認識だし、ボクも間違ってないと思う。
故に彼女を見捨てない限り、クリプテイアに接触すると余計な問題が発生する。
一呼吸つくと
「このままスパルタに直接向かうぞ!」
甘いと言われるかもしれないが、両親を失った少女を見捨てることはボクにはできなかった。
スパルタにつくまで十分に注意していけば、デルフォイの威光が使えるし何とかなるだろう。




