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デルフォイからの使者

 「イテア港から船が着くぞー」

 商人の声がアポロン神殿の周囲の市場に鳴り響く。

 コリンティア湾に面するレカイオン港は地峡の北側の航路の入り口である。

 デルフォイのイテア港からの船も当然こちらにつく。

 今までボクらがいたコリントスのアポロン神殿は地峡の中央でエーゲ海側のケンクレアイ港とレカイオン港のほぼ中央にある。

 急いでいけば30分程度でレカイオン港につくことができる。

 「では、迎えに行こうか」

 「お待ちください、ご主人様。デルフォイの使いならここで待った方がよいと思われます。迎えに行くにしてもサンチョか私だけをお送りください」

 そう言ってきたのはコリーダだ。

 「確かに人込みで警備が困難になりますし、デルフォイの神官と巫女どちらを目上にするかでコリントス市民を困らせるのもかわいそうです。できればアーシア様はここでお待ちになってください」

 そういってピュロスもその意見に賛同してきた。

 言われてみればもっともではあるが、今回は緊急の使者だ。できるだけ安全は確保したい。

「では、コリーダならクリサンテ神官は知っているか。迎えに行ってくれ。」

「かしこまりました。ありがとうございます」

 そう言ってコリーダが迎えに行って1時間後、周りの市場の喧騒が大きくなってきたころにコリーダはクリサンテ神官を連れて戻ってきた。

「一瞥以来ですね。アーシア様」

 会ったことあったかな?

 「アイオス神官長からもよろしく伝えてほしいとのことでした」

 ああ、あの時の……一番最初にデルフォイの劇場で話したら固まった神官さん。

 「久しぶりですね。クリサンテ神官。再会できてうれしいです」

 その言葉をかけた途端に彼女の頬が紅潮し、息遣いが荒くなる。

 まずい、また緊張で固まる前に話をしておこう。

 「早速ですが、デルフォイから緊急に送られた使者です。連絡事項を聞かせてもらえますか」

 その言葉を聞くと彼女は一層顔を火照らせ、息も浅く早くなった。

 どうも今回の任務そのものが緊張の元らしい。

 「では、人払いと聞かれてないかの見張りを」

 「サンチョ、コリーダ、この部屋に人を近づけるな。これでいいかな?」

 彼女の目線がピュロスを見咎めていたが、元々は巫女長の側近だったことを思い出したらしく何もいわなかった。

 二人が部屋の外に出て若干の問答が聞こえた後。部屋に聞こえてくるのは市場の喧騒だけになった。

 「では、これからデルフォイ神殿からの連絡を伝えます。」

 「デルフォイではデマラトス王の去就に注視しており、アーシア様がスパルタに渡られる際には、適切な処理を行ってくれることが望ましいとのことです」

デマラトス王の挙動ではなく去就ときたか。やめさせろと言わんばかりだな。

 「あと、デルフォイはアーシア様が神託を行うときには全保証を与えたいとのことです」

 これって、これから神託を行うときはデルフォイに事前に相談しろってことだよな。

 相談にのってもらった方がこちらも楽だけどさ。

 「了解した。クリサンテ、アポロン神の神託があり次第デルフォイに運んでもらいたい。

しばらくコリントスに滞在できるか?」

 「はい、神官長からもしばらく留まるように言われています。」

 「わかった。コリントスの神官と滞在の打ち合わせをしてくれ。」

 「はい」とクリサンテ神官は一言いうと、安堵から大きく肩を下ろしていた。

 彼女が部屋を出ていったあと、ピュロスを呼び寄せるとデマラトスについて詳しく教えてもらうことになった。それこそ根掘り葉掘り。

 その結果デマラトスの不満が、ペルシア戦争の帰趨を決めかねないほど大きなものと理解させられ、頭を抱えることになった。

 何しろ当人の不満がボクにも当然だと理解できてしまうところがさらに厄介である。

 大元はリュクルゴスの改革まで遡る。

 当時アギス王家が武力に優れ、エウリュポン王家は武力でなく政治的な手法でスパルタの危機を救った。

 このため武のアギス王家、治のエウリュポン王家というイメージが固定化してしまった。

 その後も王家は連綿として続いているが双王家についてのイメージは変動していない。

 むろん王族でも武に優れない限り認めてもらえないのがスパルタンであり、どちらの王家も武に関しては他の王家と一線を画する能力を持っているのだが……

 そして現王のクレオメネス王とデマラトス王である。

 クレオメネス王はアギス王家の王として十分な武力と実績を有している。

 それゆえにスパルタの対外戦争は一手に彼が指揮をとってきたのだが、対するデマラトス王も若い時には戦車種目でオリンピックを制したほどの優れた戦士である。

 それにもかかわらず、スパルタ人にとって華である戦闘指揮は、アギス王家を優先せざるを得ない。

 これはスパルタンの戦士の無意識に刷り込まれた意識とでもいうべき、武のアギスに従って戦う方が安心でき士気も高いという事実によるもので、デマラトス個人の資質には関係ない。

 どんなに頑張っても戦士が選ぶのがアギス王家の指揮である以上、戦士に認めてもらうために実績を積み重ねるには、双王が指揮をとる全力出撃でその武を認めさせるしかないのだが、老練なクレオメネス王はスパルタの防衛を言い立て、双王での出陣を拒む。

 しかもそれが正論によるものとなれば、デマラトス王の不満や焦燥感は溜まっていくばかりだ。

 それが双王の間に溝を深く掘り続けている。


 とはいえ、ペルシアの侵攻に対してはスパルタンも双王の指揮で全力出撃になってもらわないと困る。

 全力出撃の時に双王が連携不十分では大きな損失で数で劣るヘレネス側としては敗北の危険性が高い。

 こうなるとデルフォイの言う通り、彼には歴史の表舞台から去ってもらわないと危い。何かいい案はないものかな?


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