胡蝶の夢
その日ボクは山登りの疲れもあってすぐに眠りについた。
眠りに入ってすぐに夢を見た。
明晰夢というやつで自分が夢を見ているとわかるタイプだ。
なぜなら、夢の中の自分に干渉ができない。だれか別人になった夢なのである。
その人物は毛織物の背広に棒タイで黒板に向かって白墨で何かを書いていた。
視線の先で時折映る若者達の態度から、おそらくは学校での授業だと思われる。
そう気づいてから黒板の内容を見てみると、懐かしいことに日本語である。
書いてある表題は 「原初キリスト教における宗教戦争の経緯について」である。
原初キリスト教? あの魚の旗担いでローマ帝国と戦争していた人たちだろうか?
大学の講義で習った記憶はないが……
その後に書き加えられた文字で夢だと確信できた。
アポロン派キリスト教(デルフォイ学派)VSアフラ・マズダ派キリスト教徒(ダレイオス1世)……第1次キリスト教戦争(ペルシア戦争)
=アポロン派勝利によるギリシア神による宗教権威の確立=
アポロン派キリスト教(デルフォイ派)VSゼウス派キリスト教(ドドナ派)
第2次キリスト教戦争(アポロン戦士団によるデルフォイ派の勝利)
商契約の保証による利権獲得
イエス派キリスト教(正式にはヤハウェ派だが戒律により神の名前が出せない)
皇派キリスト教(我が国における万世一系の宗派)
「学生諸君、今回は現代の経済問題についての授業である」
教室に響き渡る声は老人のものだけであり静かな空間を広がっていった。
「ポリス時代に端を発したキリスト教という考え方がその後の世界の趨勢に大きな影響を与えたことは間違いない」
その言葉に続いて、教室をカリカリと石板にチョークで書き込む音が満たす。
「この時代商習慣が未熟であったため、アーシア・キリスト出現以前はユダヤ教徒のみが宗教的に隣人間での信用を有することで商的に大きな優位性を確保していた。それをアポロン信徒が契約の執行権を創出することで異教徒間での商習慣に大きな進展がみられるようになった」
教室で響いているのは相変わらず白墨の音だけである。
「AA2500年を迎える今日では世界中の多くの地域がそれぞれの代表宗教を定め、年1回のキリスト会議で諸問題の協議を行うことになった、その起源が第一次キリスト教戦争に求められる。
この勝者がアポロン神であったことは世界情勢について大きな幸いと言えたであろう。
彼は中道や節度を重んじる教義であったがアルテミスに奔放な行動(主に女性関係)を指摘され「私は万事に節度を守って控えるようにしている。「節度を守って控えること」それ自体も節度を守って控えるようにしている」 と神自らが答える程度には教義に対すること齟齬に寛容なものであり、教団内部での宗教論議は起きなかったことで、宗派の分裂による力の減衰ということからはアポロン派は無縁であった」
まあ、矛盾の塊みたいな神様だしねー。
地の底で生まれた光明神で疫病と医術の神で武神でもある。ムーサイの女神を主宰する音楽と詩の神で牧畜と予言を司る大神。百の二つ名を持つ神とでも言いたいぐらいに二つ名も多いし神獣も狼から蝉までバラバラ。まさに合祀の極みたいな神だから。
「その影響もあって契約への影響を残す三大信用神殿の一つとしてアポロン神殿は現在も世界最大勢力を誇る。続くのが我ら皇派の天照大御神派である。」
?世界第2位の影響力の国、なんかその割には貧相な気がするが
「この契約保障に大きな影響を与えているのが30年前に見つかった蒸気機関であり、この発達は生産余剰に大きな影響を与えている。この影響については次の講義時間に」
まだ蒸気機関ができて間もないのか。AA2500年がAD2000だとすると700年位発達が遅れているな?戦争が少なかったんだろうか……
とはいえ夢だから、そう思っていたが、ボクの体の老人が講壇から降りる際に転んだ。
向う脛をぶつけて激痛が走った。
ええっ!!
その次の瞬間にはコリントスの神殿で掛け布を掴んで跳ね起きた。
脛は別に痛くない。
それにしてもこの夢は本当に夢だったんだろうか?