アフロディテ神殿へ
コリントスは地峡のやや西よりに標高585mのアクロコリントスが存在する。
この頂上付近には泉も湧きだし、神聖娼婦が1000人いたともいわれる大規模なアフロディテ神殿が建てられているが、水資源は十分であるとは言いにくい。
200m×50mの湧水による池と、そこから流れ出す幅10m程度の川が、低地の交易街で用いられる水源のほとんどを占めている。
井戸もあるが地質が大理石のため、カルシウム分が多く、飲み水にはあまり適さない。
このためワインを5%程度入れしばらく寝かせて、澱としてミネラルを沈降させ飲み水の代わりにしているほどだ。
朝日が上がるやいなや、船は離岸してコリントスを目指した。
両舷のオールもコンコンと短い間隔で打ち鳴らされる木の板に合わせイキイキと動いている。
波を切って進む船は、自転車並みに早い・・・たぶん10ノットぐらいだろう。
後を見ると数隻、いや十数隻の船が続いてくるのが見えた。
まるでレースのようである。みんな必死に櫂を動かしている。
そのせいか10分もしないうちにサンクレアイ港が見えてきた。
馬蹄のようにUの字が海に突き出している。
Uの字の頂点部分が開いていて船の出入り口になっている。
水先案内人がボートで近づいてきた。
ボクらの船が一番らしく真っ先に乗り込んできた。
後から次々に船が続いてくるが、水先案内人は10人もいないようで順番待ちが起きている。
船長が誇らしげに手を振った。
本日の一番船に向かって商人がワラワラと寄ってくるのが見える。
やはり早く着くと船荷の売買には有利なようだ。
船が桟橋につくなり、アポロン神殿の旗をピュロスに掲げさせ、一番に降ろしてもらう。
アポロンは、コリントスではアフロディテに次いで信仰を集めている神様である。
モーゼの海割のように商人たちが左右に分かれ道を作ってくれた。
そこを悠々と進ませてもらう。
通った後はたちまち埋まってものすごい喧噪になっている。
商取引が始まったようだ。
後方の船ではアテナイの赤絵、黒絵の焼物、布やワインなどが甲板に並べられ、船室から運び出されるなり大声で値付けが始まっている。
周りを見渡して、低地で一番目立つのは地峡の中心部分にあるアポロン神殿周辺である。
ここのアポロン神殿の東西南北には石造りの市場が配置されている。
この市場は大きさなら殆ど神殿と変わらない。
40m×50mの平屋建てだが中庭に列柱がそびえたち、壁沿はほぼ3m四方の小部屋に区切られその屋根も石畳で、人が屋根を歩けるようにできている。
出入り口は東西に各1箇所で買い物客への安全性は極めて高い。
アテナイのアゴラが4つあるようなものでコリントスの繁栄振りがうかがわれる。
ペロポネソス戦争ではスパルタ側に所属し、その戦費の調達が勝利の一因になったといわれている。
こうしてみるとアテナイとコリントスは常時経済戦争を行っていて、スパルタ側に付いたのは商業的な利権がぶつからないためとはっきりわかった。。
アテナイでヘラクレイトスさんからも忠告があったし、根底でのスパルタとコリントスのライバル心はものすごいものがあるに違いない。
もしピューティア祭ではなくイストミア祭の地位向上の相談だったら、クレイステネスさんはその場で断っていたかも知れない、彼らの本音を配置された石造りの市場を見た時に悟らされた。
現時点でも人口は2万人程度はありそうなヘレネス最大級のポリスである。
これで水資源が十分にあれば数十万人単位の巨大都市になれたであろう。(事実ローマ時代には40万人に達している。)
ボクらの目的地、アフロディテ神殿はアクロポリスの岩山の頂上に作られている。
幸いにして登山ではなく、娼婦を買いにいく客のための道路は作られているので、その道を登るだけではある。
(イエスは磔のためにゴルゴダの丘を登り、アーシアは女に会いにアクロコリントスを登るか・・・)
自分で対比してもものすごい不敬さではある。
しかし、この世界に日本のような宗教の寛容を全世界に根付かせるチャンスが巡ってきているのだ。
自分だけが勝手に感じる自己嫌悪などは押しつぶすべきであろうと思う。
というか、どれほどのことができるのか、まったく想像も付かない状態で、未来もおそらく確認できないだろうし、やりたいことをやって誰が文句をつけるというのか。
そう思いながら一歩一歩、坂道を登っていく。
でも高さ585mはスカイツリーの第二展望台(450m)よりも高い・・・女を買いにいくときの助平親父の体力は、アスリート並だということだろうか?
服が汗でしっとり濡れてくるころいにようやく頂上が見えてきた。
カルデラみたいに頂上は若干、窪んで内部にいくつもの神殿が見える。
見下ろすとちょっとした街のようだ。
どこからともなくハープや笛の音が聞こえてくる。
「見事な腕前ですね。」
音色を耳にとめたピュロスが呟いていた。
彼女がそういうならそうなのだろう、実際ボクの耳にも心地よく調が入ってくる。
「旗はどうしましょうか?」
コリーダが尋ねてきた。
確かにアフロディテの神域に他の神の旗を押し立てて入るのは良くなさそうな気もする。
「旗はきつく巻いておいてくれ。」
ボクはそうコリーダに命令すると、おそらく主神殿だと思われる大きな神殿を目指して、道を降りていった。