マラトンの託宣
「とりあえず、1発殴らせろ!」
そういうと怒りに震えるミルティアデスはつかつかとクレイステネスさんに歩み寄り、キトンをつかんで胸倉を引き寄せた。
ミルティアデスは身長180cm位体重は・・・鍛えているみたいなので、たぶん90kgくらいはあると思う。
軍人らしい筋肉のつき方をした細マッチョで、巻き毛の黒髪も顎鬚も白髪混じりではあるが、ふさふさの黒い瞳で60才である。
・・・これで還暦・・・実年齢より10歳は若く見える。
対するクレイステネスさんは身長170cm位、体重も50kg位のヒョロいタイプ。
茶色の髪に鳶色の目、まばらな無精ひげ・・・いかにも売れない学者です、みたいな感じが好印象だが・・・こういう場面では不安しか感じない。同じくらいの歳だと思う。
「ほれ」
クレイステネスさんは一言いうと右を向き、左の頬をつきだした。
ミルティアデスが右腕を振りかぶる・・・テイクバックして・・・そのまま止まり、心の葛藤を示すようにプルプル腕が震える。
「やめだ、やめだ。無抵抗の人間を殴るのは好かん。」
そう言ってクレイステネスさんをつき離した。
「ともあれアーシア、お前の話が先だ。話せ。」
ミルティアデスに促され、俺はマラトンの戦いの経緯について覚えている限りを離した。
マラトンの地に三段櫂船600隻でやってきたペルシア軍20000に対しアテナイ軍9000、プラタイア兵600の重装歩兵で待ち受ける。スパルタの援軍はまだ到達していなかった。
軍事長官はカリマコスだったが現場の指揮は10人の将軍が交代で執っていた。
そのうちの一人がミルティアデスで自分が総指揮の順番が来た時に突撃をかけた。
陣形は左右が厚く、中央が薄い陣形だが、敵も上陸地点から移動してないため背水の状態であった。
当初から劣勢な中央、優勢な両翼という形になったが、中央突破、カリマコスの戦死と引き換えに前進した左右両翼がペルシア軍を挟む形で撃ち砕き、ペルシア戦争の前半戦マラトンの戦いはギリシアの勝利に終わった。
スパルタの援軍2000は出発して僅か2日で到着するも、すべては終わった後でアテナイの武勇を誉めそやし帰路についた。
「・・・なんというか、詳細すぎる神託としか言いようがないな。」
「はい、ただ具体的な日時までは分かりません。船で来ているので、次の次の春から秋だとは思うのですが。」
「スパルタの援軍が遅れた理由は?」
「祭りの不戦期間のせいだと言われてましたが、スパルタ双王家で両方の王が近い時期に連続していなくなります。エウリュポン家のデマトラス王は来年、アギス家のクレオメネス1世は3年後、このため王家の基盤が安定していないことが、原因かと思います。」
「・・・当たるなら、その予言の力は怖いがな・・・わかった。このことは頭に入れた。」
「では、差し支えなければ、これにて失礼させてもらいます。」
俺がそう宣言した時だった。
「ちょっと待ったぁー」
クレイステネスさんが旗を抱えながら割り込んできた。
「少し話してほしいことがあるんだが。」
「なんでまた・・・お前に・・・」
「アーシアを連れてきてやったろ。ちょっとぐらいは、小アジアの状況教えろ。」
「くっ」
見てる前で大きく深呼吸をするミルティアデス・・・それで気を落ち着けたようだ。
「まあいい、親ペルシア派にちょろちょろ纏わりつかれても困るしな。向こうの状況を話そう。」
そうして小アジアのポリス、ミレトスのアリスタゴラスの起こしたイオニアの反乱の(しょうもない)事情を延々と聞くことになった。
「・・・というわけで軍船20隻で応援に行ったアテナイ軍は、結局なすこともなく軍船3隻で帰ってきたわけだ。」
「ペルシアの王はどう反応している?」
「もちろん大激怒さ、クレイステネス。君にとっては残念だろうがね。彼の予言どうりに軍船で攻めてくるのは近いと思う。」
「・・・そうか。」
そういうと行こうとクレイステネスは呟き、肩を落として館の出口を目指した。
「待ってください、父上。」
「どうしたキモン?」
「外はすでに暗く、夜も更けています。今、デルフォイの巫女を帰して、何か起きては申し訳ございません。うちに泊まっていただいてはいかがでしょうか?」
一緒に話を聞いていたキモンが声を上げた。
「たしかに。」
ミルティアデスが頷いた。
「今の時間うちがダメだとこの街で泊まれるのは娼館になりますので予言を司る巫女にはふさわしくないと思います。」
キモンのその言葉で踏ん切りがついたようだ。
「そうだな、キモンお前がお世話しなさい。アーシア殿、キモンのわがままをかなえていただけますかな?」
「喜んで、ただし連れも一緒でよろしいでしょうか?」
ミルティアデスは表情を消すと
「仕方ありますまい。一緒にお泊りなさい。ただし旗持ちだけは、絶対に部屋から出さないように!」
「感謝いたします。」
「アーシアさん、部屋はこっちです。食事はお運びしますね。」
なんだろう、キモン・・・イメージが子犬・・・髪とか目とか父親とよく似てるんだけど・・・こうなつかれる原因って思いつかない。
「食事の後で今日はデルフォイとかスパルタの話を教えてください。」
「ええ、かまいませんよ。」
食事の準備を指示するらしく部屋を出て行ったキモンの後ろ姿を見ながら・・
「なんでこんなに懐かれたかなー」
と呟いた瞬間、周囲全員が吹き出した。護衛を会わせると20人近い・・・
「殿、気づいてないのですか?」
「え、なにが?」
「ご主人様って、ほんとにスパルタ人だよね。」
いや中身は日本人だけど・・・?
BLも疑ったけど明らかに違う感じ、もっとサバサバしてるというかオープンというか。なんだろ。
「殿、絶世の美女が横にいるとき、そうですねパンドラ様が横にいたらどう思います。」
旗の下からから「オイオイそこでパンドラ出すなよ」って突っ込み入ってたけど。
「まあ、うれしいな。もちろん・・・てそういうことか。」
「はい。」
サンチョがにこやかに頷いた。
あれか、アイドルの握手会に向かうファン状態。
なるほど、性別さえ無視すれば理解できる。
・・・性別さえ無視できればだが