パンドラの物語
急いで竈のもとに向かうと・・・目の前の光景が理解できなくてしばし硬直・・・
竈のあるテントの壁沿い大量のにマッチョが生えていた
キトンの着方は男は左肩のみで止め右肩を出して着る。
これをエクソミスというのだが、これだと当然、右胸も露出する。
そんな状態の大胸筋パンパンの10人以上のマッチョが部屋に集結しているのだ。
「マッチョ、マッチョはいりませんか?デカいマッチョ、キレキレのマッチョ。マッチョ、マッチョはいりませんか・・・」
ぶつぶつとマッチョ売りの少女のセリフを呟く俺を見て、異様を感じたのだろう、背後で護衛をしていたコリーダがすっと前に出た。
そして光景を視認、若干頬を染めつつも振り向くと、
「・・・ご主人様・・・ここだとアタシ華奢に見えません?」
いや、いつでも(胸は)華奢に見えるけどねって、そこじゃない。
なんだ、この筋肉集団は?
「殿、ちょうど良かった。」
向こうからマッチョのサンチョがやってきた。
「サンチョ、これは?」
「クレイステネス様からの応援です。私の元同僚を送ってくれました。使っていいか、今聞きに行くところでした。」
「そうか。」
「配膳や料理に加え、食べ方まで教えるとなると手が足りませんので、できれば許可をいただきたいのですが?」
「わかった。使ってくれ。クレイステネスさんには私から礼を言っておく。」
「ありがとうございます。しかし綺麗どころを送ってくれましたなー。はっはっは。」
綺麗どころ?時代で美の基準は変わるとは言え・・・筋肉美は不変なのかもしれない。
その瞬間の俺の表情はきっと「真理を発見したアルキメデス」そっくりだったろう。
「クレイステネス様から伝言です。送ったキトンに着替えて皆で中央の会場に連れてきてくるとうれしい。だそうです。」
送ったキトン?・・・何を考えてるんだろう。
ともあれ、食堂はサンチョに任せればいいか。
「ではサンチョ、こっちは頼む。」
「かしこまりました。お気をつけて、殿。」
食堂をサンチョにたのむと、俺たちはクレイステネスさんの言いつけに従い、キトンを着替えなおした。
「準備いいか?」
「はい、アーシア様。」
「はい、ご主人さま。」
声の主を見て・・・また別の意味で目が点になる。
送られた薄手の絹のキトンは女性の体のラインを綺麗に映し出す。
二人とも補正下着はつけているが、柔らかな曲線は息をのむ美しさだった。
ピュロスは上空に向かって飛び上がる凰を前面に大きく刺繍してあった。
その鳳の細い首が豊かな胸元を強調し、おもわず目を奪われる。
コリーダは胸元から腰をすぎ腿の部分まで、真正面から見た虎が吠えている巨大な刺繍で凛々しさを出している。
虎の顔が歪んでないのがポイントだ。
「いいな。どっちも二人に合わせて作ったみたいだ。綺麗だよ。」
そういうとピュロスは優雅に微笑み、コリーダは顔を赤くして下を向いた。
そして会場に向かう。会場は管理棟の前の広場だ。
そこにはすでに数百人の人が集まっており、あちこちにテーブルとベンチがおかれ狼の串焼きをつまみに酒盛りが始まっていた。
「おーいアーシア飲んでるかー」
声をかけてきたのはヘラクレイトスだ。
「まだ来たばかりですよ。ヘラクレイトスさん。」
すでにヘラクレイトスの顔は赤い。
「そうか。じゃあ終わったら話があるから、酒は飲むなよ!」
一瞬だけ、まじめな顔で告げられる。
そのあとは、また「よーねぇちゃん、一杯どうだー」なんて騒いでる。
なんで、こうアテナイの人は・・・仮面をかぶりたがるんだろう。
いや、まあ、こっちは訪問した側だから文句はいえないけど・・・心臓にわるい。
今のまじめな顔だってかなり怖かった。
会場の中央に近づくにつれ、周りに人垣ができていくような気がする。
予想通り、中央にヘラクレイトスさんがパンドラさんを連れて中央のテーブルについていた。
他にも数組一緒に歓談しているようだ。
俺が近づくのを見つけるとクレイステネスさんは席を立ち迎えてくれた。
「やあ、待ってましたよ。アーシア。」
「お招きにあずかり光栄です。クレイステネス様」
「様はなしで。」
そういうとクレイステネスさんは僕らをテーブルに案内した。
「紹介しましょう。デルフォイで初の男性で神託をした巫女アーシア殿です。アーシアご挨拶を。」
「アーシア・オレステス・アリキポスです。世間知らずですので無作法な面もあるとは思いますが、皆様からいろいろと教えていただきたいと思います。よろしくお願いします。」
うーん、新入社員の時の挨拶、そのまんま流用。みんな微笑んでるしOKみたい。
「パンドラ、彼はホーライ出身らしいよ。」
クレイステネスさんが横の女性に話しかける。
近くで見るとパンドラさんはなんというか現実感のない美女?というべきか透明感と肉感をあわせもつ女性?というべきか不思議な雰囲気を持つ人だった。
栗毛の髪はアップして白や赤の花が編み込まれている。
肌は白く抜け通るほどだが、病的な感じはなく健康な小麦を連想させる。
しなやかな動きとポーズは猫のようだ。
白いキトンは紫で縁かがりされており、巻き方と相まって優雅な裾の曲線を強調している。
そして胸の赤い胸帯、胸の形を強調し色っぽくみせるとともに、色が顔に照りかえりほんのりとした温かみを顔に与えている。
・・・これがヘタイラの最高峰か・・・
後ろに立つ二人もパンドラさんに目を奪われっぱなしだ。冷たい視線も飛んでこない。
さすがとしか言いようがない。
「ホーライですか。では私に何を授けてくれるのでしょう?」
「?」
「おいおいパンドラ、いきなりそれではアーシアには分からないよ。彼はまだアテナイでしか知られてない詩人じゃないか。」
「さいでした。」
「そうだな、この豪華メンバーだし一曲お願いできるか?テミストクレス、君のところのセゾンテトラコレスを貸してくれ。伴奏を頼む。」
「おお、いいぞ。アーノクシー準備してくれ。」
「かしこまりました。テミストクレス様。」
そう答えた彼女は黒髪の女の子だった。
たぶん14~5だと思うが鳶色の目をして、ちょっと頬にソバカスが残っている。そこも愛くるしい。
雰囲気も落ち着いてはいるが、少女といった感じで肉感的な感じは強くない。
ただ4人が楽器をもち並ぶと、彫刻のような美しさを奏でている。
さすがにパンドラさんに並び評価されるヘタイラ達だけのことはある。
4人の中央にパンドラさんが進んだ。
「では、吟遊詩人ヘシオドスの「仕事と日々」からパンドラの物語を。」
そういうと4人は楽器を奏で、パンドラさんはソプラノボイスで歌いだした。
それはプロメテウスがゼウスの元から火を盗み出し人間に与え、それを怒ったゼウスが人間にひとつの災厄を与える詩だった。
「・・・こういうと人々と神々の父はカラカラと笑われた。
その名も高きヘパイストスに命じ、急ぎ土を水で捏ね、これに人の声と力を注ぎ込む。
その顔は不死なる女神に似せて、麗しくも愛らしい乙女の姿を造らせた。
またアテネには、様々な技芸と、精妙な布を織る術を教えよと。
黄金のアフロディテには乙女の頭に魅惑の色気を漂わせ、悩ましい思慕の想いと、四肢を蝕む恋の苦しみを注ぎかけよ。
また神々の使者ヘルメスは犬の心と不実の性を植え付けよと。・・・」
ひでぇ、ゼウス、やりかたが汚い。
「…女神カリスと高貴のペイトーとは、乙女の膚に黄金の首飾りをかけ、髪麗しきホーライ達が、春の花を編んだ冠をかぶらせる・・・」
え、ホーライ?意味的には時とか季節みたいな意味らしいけど・・・同音か。
「・・・その女をパンドラと名付けたが、その故は、オリンポスに館に住まう万の神々が、パンを食らう人間どもに、災いあれと贈物を授けたから・・・」
パンドラってそういう意味だったんだ。
そのあとはエピメテウスのもとに嫁いで、災いの詰まった甕(箱じゃなかった)を開け、最後に残ったのは希望でした、という詩だった。
その間20分、一気に歌い上げた。すごいとしか言いようがない。
彼女の声が周囲を染め、場面の表現は人々の表情を変え続けた。
そして伴奏も負けじとすごかった。
歌声を殺さないよう、パンドラさんが休む間を伴奏で作り、それでいて4つの楽器がそれぞれ目立つ場面を作っていた。
「見事な歌劇です。一生忘れられないでしょう。」
思わずそう言ってしまった。
そう言った俺の前のクレイステネスさんがくすりと微笑んだ。