ラーメンの意義
「拉麺ですか?」
「ああラーメンだ。」
サンチョの問いに即答した。
なぜラーメンなのか、それは自分が食べたいから・・・というだけではない。
旅をしながら考えてきたアテナイで試してみたい料理の本命がラーメンだったのである。
まずこの世界に広めなくてはならないもの、もちろん数多くあるが、食事関連では急ぎでは二つ。
まず一つ目が食器である。
これがないと熱々の料理を食べさせることができない。
ピューティア大祭で優勝者にふるまわれる食事としては今までにない食事形体になるだろう。
アツアツの物がスープと焼き肉のみという世界から、煮物、蒸し物、揚げ物とバラエティーを増やすことができる。
ついでに冷めた温い料理では脂分の多い料理は本来の旨さを発揮できない上、寄生虫・食中毒対策として加熱の充分な有効利用ができない。
この辺がギリシアで魚介料理を重視する遠因になっていると思う。
そして第二に口内調味の概念である。
日本人は三角食べで習う普通の概念だが、この概念を用いれば単独では味的にきびしい食材も副食として用いることができる。
そもそも主食と副食の考え方が口内調味を前提にした考え方なのである。
もともと欧米には主食の概念はない。
これを古代ギリシャに持ってこようとしているのは、使える食材を増やすことで、メニューを増やすとともに食料事情を改善することができるのではないかと思ったためである。
デルフォイの神殿での料理の時に確認できたが、幸いというか、まだゲルマン・ケルトの肉食文化が浸透する前なので出汁の旨みを感じる舌は残っていた。そこで出汁のきいたスープを主軸にフォークを使うものを考えたらラーメンになったのである。
問題はタレに使う醤油だったが幸いにして醤が存在していたので一気にハードルが低くなった。
急ぎ、クレイステネスさんに許可をもらい管理棟の竈を借りて料理を始めた。
「サンチョ、ラーメンの作り方は判るか?」
「あいまいですが・・・」
「では、卵麵の作り方を教えるからやってくれ。」
小麦粉を篩いふすまを飛ばす。それをやっている間に天日干しの塩から落ちるニガリと灰汁を煮たてて鹹水を作り始める。
ついでに卵と棒を入手し、麺をこね始める。
「こうやって山の真ん中を凹まして卵と塩、鹹水を入れたらよく練ってくれ。この棒を綿棒の代わりにしてくれ。」
「・・・わかりました。」
「麵を切るときには教えてくれ。」
「切る?伸ばすのではないのですか?」
ああ拉麺は引っ張って伸ばす麺の意味だったっけ?
「今日は急ぎだからな、切って大量に作る。」
「かしこまりました。」
そこまで頼むと次はスープとトッピングだ。
まず狼肉でチャーシューを作る。
狼肉はいったんワインで湯がき臭みをとる。
そのあと狼肉、醤、甘草、ローリエ、フェンネル、リクアメントとポロネギを煮込む。
その横では鳥や狼のガラを水から一回湯がき、臭みを抜いたものを玉ねぎ、にんじん、ニンニク、セロリ、オレガノを加えてスープを作っていく。
「浮いてきたアクをこうやってすくってすててくれ。」
「こうですか?アーシア様」
「ああそうだ。ちょっと待てよ。」
麻布を二つ折りにすると紐を通し、腰に結わえ付けた。
「これは何でしょう?」
「湯がはねた時にやけどしないようにエプロンだな。」
「epulonですか?」
「家事の時に使う、汚れてもよい服だと思えばいい。メイド服でも必須のアイテムだぞ。」
「???」
あー完全に説明間違えた。いかん、ついつい着せたいという願望が出たのだろうか?
「とりあえず、スープの煮込み、お願い、ピュロス。」
「かしこまりました。アーシア様。」
「コリーダはこっち手伝って。」
「はい、ご主人さま。」
コリーダと一緒に、チャーシューを煮ながら、ニンジン、アサフェティダ、キャベツ、クミン、ショウガ、塩コショウで野菜炒めを作る。油はオリーブオイルを使った。その他に茹で卵、オニオンリング、小エビの唐揚げを作っていく。
麵を切るときに幅を指示して、最後に手もみして縮れ麵にした後、打粉をして準備完了。
後は全員で板からフォークとスプーンの削り出しである・・・箸って偉大だ。作っていてそう思った。
昔の日本みたいに1本箸にしようか・・・1本箸というのはピンセットのような形状で挟んで摘まめるようになっている。
そう思いながら作っていると製法を変えて意外に早く作れるようになってきた。
分厚い板に切り込みを入れてフォークたスプーンの形状にしたものを薄く割る・・・という言う方法で量産化が進んだ。
食器と具材、沸騰した大鍋をセットしたときにはちょうど良く夕方になっていた。
「アーシアは何を作っていたのかな?」
むこうの仕事が一段落したのか、クレイステネスさんが様子を見に来た。
「ラーメンです。」
「ほう、それは楽しみだ。」
「味見してみますか?」
彼がうなずいたので一人前作り始める。
チャーシューの煮汁をベースに蜂蜜を少量加え、スープを入れる。
茹で上げた麵をざるで湯きりして入れる。
その上にチャーシューと野菜炒め、茹で卵をのせオニオンリングと小エビの唐揚げを小皿で出す。
「まずは、麺だけ、次に具と一緒に食べてみてください。」
「・・・味が変わるな・・・うん、どっちもうまい。」
「では次は小皿のエビと一緒に麵を食べてみてください。」
「また味が変わった・・・何通り試せるんだ、この椀は・・・」
さすがに理解が早い。
「少量でよいのでこんなものも」
そういうとニンニクチップを出した。
「ニンニクか・・・辛くないな。むしろ香りがいい。」
「これも麺の味を変えるのに使えます。」
「ふーむ・・・」
クレイステネスさんは考え込んでいる。
「これでアテナイに店を出すつもりはないか?」
「?、まあアレティア様と相談してからですが、許可が出ればですね」
事前にアテナイで食器と行内調味をを広めるのはピューティア祭のみならずギリシア料理の底上げにつながると思う。
「あとで相談に乗ろう。そろそろ客が来る。」
そういった瞬間、外から笛の音が聞こえてきた。
「来たな。アーシアも見てやるといい。一番乗りはテミストクレスのようだ。」
テミストクレス、今のアテナイの執政官だよな。笛は・・・ヘタイラのセゾン テトラ コレスか。
4人組っていってたけどどんなだろう。
俺は好奇心に負けて、竈をみんなに頼むと外に出た。