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奴隷の持ち主と、人の主と

必死に縋りついてくるコリーダの頭を軽く抱きしめ、判った、と呟きながら、髪をなでてやる。

しばらくそうやっていると、コリーダの荒かった息遣いがおさまってきた。


「ピュロスはどうする?」


立ったままでいるもう一人に返事を促す。


「私は・・・アーシア様、すぐ決めなくてはいけませんか?」


「そうだね。今夜の宴を考えると時間はないかな。」

「では、このままでお願いします。」


即答だった。


「アーシア様は良い主人です。何の不満もありません。」


その言葉を聞いて突然理解した・・・そうか、クレイステネスさんはこれが言いたかったのか。


彼女たちは奴隷だ・・・たとえどんなに、美しく、強く、賢くとも主人に依存しないと生きていけない。

奴隷という生き物になっている。


この二人の反応を見ている限り、実は依存が強いのはコリーダではなくピュロスだ。

コリーダは依存できない時の心細さを知っている。だから恐れる。


ピュロスはそんなことは当たり前のこととして考えることすら放棄している。

俺が捨てた時あるいは単に解放したときは、不安のあまり発狂するかもしれない。


なんて、もったいない!


それがボクが抱いた感想だった。


コリーダは強く前向きだ。ピュロスは俺よりも賢い。

なのにボクの奴隷でいる限り、貧困なボクの想像力の範囲でしか活躍できない。

彼女達自身がやりたいと思うことを考えることはない。

考えるのはボクがやりたいことをどう手伝うかだ。


幕末の佐賀藩に半年で蒸気機関を理解し、人の乗れる蒸気船の模型を作った職人がいたという。

彼はその功で士分になったというが・・・天才そのものを上司の凡人侍は扱えるわけもなく、その後は歴史に埋もれてしまった。

それでもまだ英明な君主だからその事態が起きただけで、凡庸な君主と上司の中で埋もれた天才たちはどれくらいいるだろう。

ましてや奴隷たちである。彼らの力はどれだけ無駄にされているのか。


深呼吸をすると現実に考えを引き戻す。


「わかった。二人とも奴隷のままにする。絹布はボクがクレイステネスさんに返してこよう。」


そう告げると、二人とも明らかにほっとした表情を見せた・・・嬉しいような悲しいような気分にさせられた。


水浴を済ませ身支度を整える。ただトイレがないのでオマルで済ます。


・・・トイレがないのはなんでだろう?・・・中華には厠があったから知ってるはずだが?


ピュロスから絹布を預かると、目の前の管理棟に向かった。


「クレイステネスさん、ありがとうございました。」


部屋に通されたとき彼は机で羊皮紙を読んでいた。自然に頭が下がる。


顔を上げた彼は弾むような笑顔で話しかけてきた。

「おお、うまくいったかい?」

「はい、二人とも奴隷のままにしました。」

「そうか・・・で?」

彼の相槌は自然に本音を口からこぼれさせる絶妙な間を持っていた。


「奴隷の主人は重いです。」


それを聞くと彼は笑い出した。


「ははは、それは奴隷のせいじゃなくて、あの二人だからだよ。」


「?」


不思議な顔をした俺のために彼は続けて説明してくれた。


「こう手のひらを机に押し付ける。弱く押せば机は弱く押し返す。強く押せば強く押し返す。見た目ではわからないがな。」

うん、作用反作用の法則だ。それはわかる。


「奴隷でも主人への依存の強い奴と弱い奴がいる。強い奴は、まあ二人いるからいいだろう。弱いのはサンチョがそうだな。」

ああ、なんとなくわかる。


「だからその奴隷に合わせて付き合わないといけない。サンチョに対してあの二人と同じように接するとサンチョが壊れる。」

「壊れる?」


「具体的に言えば、自主的な判断をやめ、本当の道具に成り下がる。」

「・・・」


「ただ異国人だからな。身分の保証が必要だ。それは自分で考えろ。」

なんか肩に重荷がさらに加わった感じだ。


「昨日の様子から、アーシアは奴隷に慣れてないと、判断してお節介したが迷惑だったかな?」

「いえありがとうございました。壊す前でよかったです。」

そういうと彼は頷き、目線を書類に落とした。


「その絹布は差し上げよう。換金して、やりたいことの資金にでもすればよい。」


・・・まったく、手も足も出ない。

圧倒的な敗北というのはすがすがしさすら感じさせる。


宿舎に戻った時にはサンチョが来ていた。

「殿、手伝い終わりました。」

「ご苦労さま。」

そういえばサンチョに確かめたいことがあった。


絹布を二人に渡し、もらっとことを報告した。

二人ともパタパタと俺の世話を焼いているが、そのまま気にせず彼に質問した。

「サンチョ、その顔の黥だが?」

「やはり、おわかりでしたか。これは昔、呉王を守り切れなかったときに、その罪で刺されたものです。奴婢に落とされたのもその時でした。」

「呉王?光か?」

「いえ、それはかたきです。僚王の護衛をしていましたが伍子胥と専諸の魚腸剣の策にやられました。その場で専諸は切り殺しましたが・・・王族より罪を問われました。」

春秋戦国でも有名な名剣にまつわる出来事だ。まさかサンチョが関わっているとは思わなかった。

「そうか・・・そういえば、その光も越国に負け、戦死した。」

「え・・・そうなのですか?」

「ああ、4・5年ほど前に敗死した。今の王は夫差のはずだ。」

「・・・そうでしたか・・・」


その話を聞いた彼の表情から、何かが抜け出る感じがした。

「良い話を聞きました。」

なにか万感の思いが伝わってくる。


「話は変わるが、アテナイでの宴で客は何をもっていけばいいのか?」

「市民同士なら料理を持ち寄って宴を開くのですが、今回は薬喰の上、殿がアテナイ市民ではないですから特にはいらないかと思います。」

「料理は持ち寄りなのか?」

「ええ、一般的には。」


それを聞いた瞬間に、料理を出そうと決めていた。

もっとも時間があまりない。1品か2品がいいところだが・・・まてよ・・・醤があるのか。

甘味はどうだろう・・・たぶんあるだろうが、高そうだな。

時間もないしあの手で行こう。


「サンチョ、甘草を知っているか?」

「ええ、この辺でもよく見かけますので根を干して貯蔵してあります。」

「料理に使わなかったのか?」

「私は警備と薬の担当で料理は別の人間がやってました。」


なるほど、衛生兵ってことか。


「他にどんな薬種があるか教えてくれ。」

「それは構いませんが、何をなさるのです?」


「ラーメンだ!!」


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