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捨てられない名「コリーダ」

続きです。

アタシがエンデミオン家に買われたのは、この家に特殊な依頼があったからだ。

この家は普段は家宰ができるような上質の室内向け男性奴隷を教育しているのだが、今回はサウロマタイの王家から女性の護衛用の奴隷を依頼されたのである。

サウロマタイ人といえば女戦士アマゾンの子孫で男女問わず兵役に就く珍しい民族だが、公用語はスキタイ語である。

今回、生まれた王女がミラサのイオニア系王家に嫁ぐことになったが、その王女の護衛役にギリシャ語が堪能で、スキタイ語が話せる護衛役の女奴隷が必要になった。

その候補を探していたということだ。


アタシはおかげでエンデミオン家での英才教育を3年ほど学んだ。

スキタイ語の会話、読み書きとギリシャの読み書き。

剣と槍の扱い。短剣は特に鍛えられた。

野外での訓練で乗馬や狩りも学んだ。これも王女がサウロマタイ人のおかげである。

彼女が野外で活動するときも護衛しなくてはならない、というかそのために私はいる。

室内については通常の奴隷が世話をするので、貴人の世話については殆ど習わなかった。

充分な栄養のある食事と様々な教育・・・その楽しさにアタシは有頂天になっていた。


それが終わったのはミラサがペルシア帝国に滅ぼされたためである。

王女の護衛はいらなくなり、アタシの価値は消えた。

アタシは12才になっていた。


エンデミオン家でもあたしの扱いには困ったようだ。

通常の奴隷のできる仕事ができない。

女だからといって娼館に売るには元手と教育に費用がかかりすぎている。

なにしろ選ぶ段階で他の5人を捨てたのだ。通常の6倍以上の値段がかかっている。


アタシの扱いは目に見えて悪くなった。

他の仕事を覚えようとしても、自分の仕事を奪われるのが嫌な奴隷たちが、うまく邪魔をした。

仕方なく野外で狩人のように狩りをして、獲物を持って帰る日々が続いた。

アタシは周りからKers-ida(汚い獣)と呼ばれた。ケルスイーダ・・・corrida・・・コリーダの誕生である。


そんなある日、私が売れたとエンデミオン家より伝えられた。

買主はデルフォイのアポロ神殿。

神託を行って動けなくなった巫女をとあるポリスの貴族が強姦するという事態が発生し、巫女の長がその対策用に護衛を置くことに決めたらしい。

条件は、女で武芸ができ処女であること。

これは聖域と呼ばれる地域に出入りするのに必要な資格だそうだ。

幸いアタシは条件に合っていた。即納ということで1000ドラクマで売れたらしい。


名前はエレクトラではなくコリーダとして納入してもらった。


神殿の日々はそれまでに比べると天国のような日々であった。

巫女が神託をするのは年に3回程度、以前はほぼ毎月やっていたらしいが・・・巫女の損耗が激しく頻度が下がったらしい。


護衛のない時は料理を学ぶことが多かった。

ドロンという料理長が来てからは特にその傾向が強まった。

彼は料理の天才で、安い材料でも、おいしい料理に仕上げることができた。

「料理ってのは素材の言ってることを聞ければ、その通りにするだけでおいしくなるもんだよ。」

それが彼の口癖だった。


神殿にきて2年がたった。

・・・いつの間にか料理の手伝役を務めるようになっていたアタシは、巫女付きの奴隷たちから蔑みの目線を受けることが多くなっていた。

彼女らにしてみると、自分の主人の食事を作る人物の、その手伝いに見えるのだろう。

確かに護衛なんてほとんどないから、毎日目に見えるのは、野菜の皮むきや小麦粉をこねる筋肉隆々の男女でしかない。

それでも以前に比べれば、はるかにましであると言い聞かせ、仕事をしていたが、忠誠を向ける主人がいる奴隷をうらやましく思った。


それは私と同じころ来たピュロスと呼ばれる奴隷を見て、鮮烈に思い知らされた。

彼女は本来の名前はアレティアーナ。”アレティアの物”という意味だ。

輝く紅い髪、碧い目、吸い込まれるような白い肌。ブディノイ人の特徴だ。

生まれながらに所有者の決まったオーダーメイド。技能も巫女長が欲する暦役をするために天文学を学者に教え込まれた。奴隷のエリートだ。

なによりも、あのアレティア様を主人と疑いなく思える心がうらやましい。

誰が私の主人になってくれるのであろう・・・このがさつで、不器用な私を。


・・・


今日、神殿は大騒ぎになった。

スパルタの少年が神託をするという前代未聞の大事件だ。

偽装ではないか?とか男性?とかいろいろ問題が多すぎて対応ができないらしい。その直後に私はピュロスに呼ばれた。

「コリーダ、あなたをアーシア様につけます。身の回りの雑用を行い、命令があれば拘束しなさい。」

まったく意外な形で自分に使えるべき主人が与えられた。

拘束するかもしれないが、仮初とはいえ主人である・・・意外にうれしい。


・・・


ピュロスに指示され昼食をもって中庭に行く。

アレティナ様と一緒に少年が一人いた。・・・彼だ・・・直観した。

ありえないほど美しい顔立ち、アポロンそのものといっても神が気を悪くしないのではないか、とすら思える。

その声はやや低い、少年というよりは男性を強く感じる。

アンバランスなのに調和している。なんて魅力的な・・・

これは気を付けないと神殿からの命令より彼の命令を優先してしまいそうだ。


・・・


「性奴隷はどうしてるんですか?」

彼の質問に思わずドキンとしてしまった。

「性奴隷?奴隷に性欲を抱く変態ですか・・・考えたくないですね。」

・・・アレティア様。無慈悲です。・・・


・・・


彼を連れて薬草を取りに行く。なぜ料理に薬草かよくわからない・・・でも優しい口調・・・さっきは命令するようにお願いしなくてはならなかった。ちょっともったいなかったけど仕方ない。

アーシア様は調理場に戻ってくるとものすごい勢いで動き始めた。

・・・いえパンの小麦粉はそう練るんじゃなくて・・・


注)アーシアは強力粉の感覚で小麦を練ってます。この当時の小麦はふすまも多くグルテン量は相対的に低くなります。ちなみに作っていたのはパンではなくてパイ生地でしたが・・・


思わず手伝いを申し出てしまった。

受け入れてくださったからよかったけど、でしゃばりと思われてないかしら。


・・・


目の前で次々に見たことがない料理が出来上がる。

「コリーダもドロンと一緒に味見して、味の好みが若干俺たちと違うみたいだから調整、お願い。」

「・・・お願い・・・」

「ん、どうかした?」

「いえ、なんでも・・・全力で務めさせていただきます。」

思わず、泣きそうになった。

お願いされた・・・命令でなく・・・お願い・・・アタシをアタシとして見ていた。


・・・


どうしてあんなに器用なんだろう?

二本の木の棒で溶岩のように辛いパン(彼はパスタといっていたが)を食べるアーシア様に見惚れていた。その後クニドスの館で夜中まで話してもらえた。

何だろう、これが主人のいる生活?なのかな、だとしたらずっと続くといいな。


・・・


朝、昨晩の様子をピュロスに報告した。

ピュロスからは信じられないうれしい話をされた。

「アレティア様よりあなたをアーシア様に譲られる意向をつたえられました。ご不興を買わないように注意して務めなさい。」

一気に生きていることが楽しくなった。

何かあったの?ってアーシア様に聞かれたけどまだ内緒ですって答えた。


・・・


アテナイまであと少しその気のゆるみが盗賊団を招いてしまった。

「アーシア様、大丈夫ですか?」

攫われた後、山の中を探しまわり、やっと見つけた。

ピュロスに弓で牽制してもらい、アタシが突っ込んだ。

強引だったので軽い傷を負ったが、幸いにもアーシア様は無事のようだ。

「コリーダ。」

そういうとアタシの頬に手を添え

「ありがとう。」

そう呟いてくれた。


アタシは決めた、一生この人に尽くす。もうこれから先はこの一言で十分生きられる。

この人のためなら何でもできる。


・・・


リカヴィトスの家の中でご主人様の言葉はつづく。

「メトイコイとして自立・・・」

恐怖で目の前が真っ暗になった。

離れたくない。結びついていたい。もう自由なんていらない。


だから傍において・・・


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