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路上寸劇

「んで、アーシアちゃんはあと誰に会うつもりでぇ?」

完全に打ち解けた風でクレイステネスさんが聞いてきた。

「アイオス神官長の紹介でミルティアデス殿に会えればと、思っています。」

「ミルティアデス?」

クレイステネスさんがちょっと首をひねった。

「確か、今日の朝、あいつはエルトリアに行ったはずだぞ。」

「エルトリアですか?」

エルトリアは山を越え、海峡を挟んだ向こう側のポリス、普通は海路を使う。


「ああ、なんでもイオニアの反乱に応援に行った艦隊が戻ってきたんで、慌てて船の迎えに行ったそうだ。」

・・・すごく嫌な予感がしてきた。

「イオニアの反乱ってペルシア相手ですか?」

「ああ、ぼろ負けだったらしいが。」

やっぱ、あれだミレトスのアリスタゴラスが首謀したイオニア地方の反乱、やっちゃたのか。


これに援軍を出したアテナイを怒ってペルシアが戦争ふっかけてくるんだよね。


「まあ、いっつものことさ、よそに首を突っ込んでは痛い目を見る。アテナイは変わらなわ」

のんびり言ってますけど、これがペルシア戦争の原因になるんですから、大事おおごとなんですけど。


「んなわけで、たぶん今日はミルティアデスはこねぇ。ただ息子がおめぇと同じくらいだったから代わりに来ると思う。」

「ミルティアデスの息子さんですか?」

「名前はキモンだ。会ったら紹介してやる。」

キモン・・・どこかで聞いたような?


「で、アーシアはアテナイに何しにきたんでぃ?」

「簡単に言えば食材探しです。」

「食材!?・・ラケダイモンがかい?」

「ええ、まあ理由がありまして・・・」


それからあとクレイステネスさんにデルフォイのピューティア祭で出される、新しい料理、聖餐アンブロシアについての計画を歩きながらした。

「へー、デルフォイもいろいろ考えてるねー、おっちゃん驚いたよ。」

クレイステネスはちょっとおどけた風に答えたが、一転して目を光らせると

「それで、なんでそれをアーシアがやってるんだい?」

真剣な顔で切り込んできた。


頬に冷や汗が流れる、すごいプレッシャー。

「聖餐のメニューはボクが調理法も含めて考えますから・・・」

「そこだ!なんでお前さんがそんなことを知ってるんだい?ラダケイモンにそんな知識はないだろう。」

古代ギリシアにおいて、食事について美味を求めるのは軟弱であり、それについて話し合うことは、コンビニの成年用雑誌を立ち読みするより恥ずかしいというこの時代の概念からすれば、硬派の筆頭スパルタがそんなことを教えるとは考えられない。とくにスパルタンの中でも市民階級のラダケイモンにそんな教育はない。


本当に戦士として必要な教育しか施されない。料理の内容なんて・・・あ、まてよ


「ボクはこれでもエウリュポン王家の末席です。食事に関しては健康管理と肉体形成の面から食材と調理法について学んでいます。」


意外かもしれないがスパルタは栄養学という概念が存在している。

食事指導は共同生活の中で、特に妊婦の健康管理という面から発達してきた。

味については・・・おいといて、健康を維持するのにどんな食材がいいかはスパルタが一番よく知っていると言い切れるほどである。


「それと、ボクは今回、ペルシアとの戦争について神託を行いました。同じ巫女の神託による聖餐アンブロシアの再現というのは大きな権威を示すことができます。ピューティア大祭の優勝者にふるまわれるにふさわしい栄冠です。」


とまあそれらしいことを大声で話したあと。クレイステネスさんにこっそりと耳打ちした。

(というアレティナ巫女長の考えです。)


耳打ちを聞いた瞬間、再度クレイステネスさんの態度が豹変した。

「おぉそっかー、おいちゃん一本取られたね。」

またいきなり豹変した。すごいぞ、この人。明らかに、どでかい猫かぶってる。

「うーん、そういうことなら、おいちゃんもアーシアちゃんを手伝おうかな。」

手伝う?

怪訝そうな顔が出ていたのだろう。クレイステネスさんは言葉をつづけた。

「おいちゃんの食材、アーシアちゃんの役に建てるなら出さしてもらうよ。」

あっさり協力を得られた?なんで?

横からピュロスが小声でささやく。

(訳はあとで、とりあえずクレイステネス様に合わせて偉そうに指図してください。)

え・偉そうになんですか?


戸惑いながらも、ピュロスの指示通り振る舞うことにした。

「ではクレイステネス、援助しっかりたのむぞ。」

「了解、ガッテン承知の介でさぁ。」

のりのりでクレイステネスさんが答える。

なんか、道の真ん中で演劇やってる気分になってきた。

あ・・・演劇か、なるほど・・・わかってきた。

クレイステネスさん、やっぱ怖いわ。

これって陶片追放に自分がひっからないようにするための小芝居だ。


普段から僭主(王様)っぽくならないように、芝居をしていて、自分が小物に見える機会があればいつでも利用する。

その相手をできる人間には代償は払い、ギブアンドテイクの関係を作る。

使えるかどうか確認してたのが、あの真剣な顔の時だったのか。

べつに何かを疑っていたというわけではないようだ。


わかったのでとりあえず演技をつづける。

「よろしく頼む。」

「ははぁー、なんてね。」

そういうとクレイステネスさんはわらいながら神殿の門の方を指さした。

「アーシアちゃん、あっちにキモンがいるよ。」

指さす先には牡牛を連れた12・3才くらいの少年がいた。


あれ、いつのまにかゼウス神殿のすぐ前まで来ていた。

背中には嫌な汗が流れている。ものすごい目の前の人に緊張させられていたんだ。

キモンを見た瞬間に緊張が解けたらしい、というか解かせてくれたらしい。

この人ぐらいになると他人の緊張すらコントロールできるんだ、勉強になった。


「おーい、キモン!」

「ああ、クレイステネス様。こんにちわ。ずいぶん盛大な行列に入ってますね。」


クレイステネスさんが大声をだしてキモンを呼び止めた。これも少年と同等の感じを強く出して自分を低く見させる行為だと思う。


「いやー、噂のアポロ神殿の巫女の団体がいたんで、お願いして一緒させてもらったのよ。彼がミルティアデス将軍のご子息のキモン君です。キモン君、こちらが巫女のアーシア様」

「初めまして、アーシア様」

「初めまして、キモン様。それと「様」はやめていただけるとありがたいのですが。」

よこめでクレイステネスさんを睨む。


「ではアーシアさん。私はキモンでいいです。まだ15才ですので」

「わかりましたキモン。よろしくお願いします。」


そのあとはなんとなく一緒に牡牛を奉納する形になった。

さすがにこれだけの数の牡牛が一緒にはいるのは、壮観らしく神殿の門では大きな歓声に迎えられた。


クレイステネスさんが先触れで俺の名前を呼んでいる。

「デルフォイのアポロ神殿の予言巫女アーシア様一団より牡牛13頭奉納ーー」


あ、ちゃっかりキモンの分まで俺の分にかぞえてる。

キモンを見るとニコニコとこっちを見ている。

まあ、本人が気を悪くしていないようなので、気にしないでおこう。


神殿の門をくぐり、さて今晩はどこに泊まるか決めないと、そう思った瞬間だった。


「アーシアちゃん。しばらく、うちに泊まってけよ。明後日にはミルティアデスも帰ってくるだろうから、その時には連れていくわ。」


絶妙の間合である。

この人の人間関係の作り方、達人級だと思うぞ。

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