ロクサーヌ・アポロンの神殿
ロクサーヌアポロンは疫病の神としてのアポロンの顕現、フォイボス・アポロンは光り輝くアポロンの顕現
それぞれ、ネズミと白鳥もしくはイルカが対応してるっぽいですが、異名が多すぎて、・・・よくわかりません。
光明神のくせに地底で生まれた疫病と医療の神で予言を司る恋多き音楽神・・・ギリシャ神話の中でもわけわからない神様トップだと思います。
「ご主人さま、なにむずかしい顔してるんですか?アポロ神殿が見えてきましたよ。」
コリーダの指さした方向に小さな山というべき感じの高台があった。
その山の周囲を月桂樹が塀代わりに列を作って植えられている。
その頂点に石柱で屋根を支えた小さな神殿が見えてきた。横には10坪くらいの大きめのサイコロみたいな石の家が見える。たぶんあそこがアポロ神殿だ。
神殿の周囲は木々が植えられており、頂上付近から湧いた水が流れる用水路や貯水池も掘られているようだ。
神殿への道は地面むき出しで、ところどころに石段が作ってあるが、非常に曲がりくねっており、まっすぐ行くことはできないように作られている。
「この神殿はフォイボス(光り輝く)でなくてロクサーヌ(ひねくれもの)の方に捧げられた神殿なのか?」
思わずそう聞いてしまったほどに道がややこしい。獣道のような道を歩いていくとカサカサと音を立てて、蛇やトカゲが逃げていくということが何回あったかわからない。
「確かにアクロポリスの中にもアポロン神殿はありますので、その可能性もあります」
そうだとすると疫病が外に出ないように道が曲がりくねっていることにも説明がつく。
とはいえここで神事を行うときは登るのが非常に面倒だ。
高さ100mもない山なのに頂上に着くまで楽に30分以上かかっていた。
うっすらと汗をかいたが、木陰を通り抜ける涼しい風のせいでたちまち乾いていく。
意外に快適な場所である。
サイコロ屋敷の入口近くに一人の男性が立っていた。
神官らしいようにも見えるが、普通にキトンだけで服装に違いはない。
彼はこちらに気づいたらしく手を振っている。
デルフォイの神官長みたいな威厳もないし、神社の祭りで順番がきて神主になった氏子という感じが一番近い。
実際、そうらしいのだが。
「デルフォイの巫女、アーシア様ですか。私はこの神殿の神官をしてますカラメイコスのダモンといいます。先々月タルゲリア祭で交代しました。任期中に巫女様を迎えられて光栄です。」
丁寧にコリーダに挨拶してる・・・そうだよな巫女って女だと思うよな。
コリーダが慌てて説明を始めた。びっくり顔でダモンがこっちを見てる。また詳しい説明することになるのか・・・面倒ながらも手早く神官のダモン氏にこれまでのところを一通り説明した。
それを聞いた後でダモン氏は難しい顔で質問してきた。
「それでどちらに行かれるのですか?」
「アレティナ巫女長からはアルクメオン家のクレイステネス殿、アイオス神官長からはケルソスネスのミルティアディス殿を訪れるように言われています。」
「あの二人ですか・・・」
なおの事、難しい顔でダモン氏が考え込んだ。
「両方を訪ねるのはまずいでしょうか?」
「いやそういうわけではないのですが・・・」
少し間を置くとダモンはゆっくりと話し出した。
「問題は二人ともかなり老齢なのです。」
老齢?健康でも害しているのだろうか?
そこで考えていると横からピュロスが小声でこっそり話しかけてきた。
(アテナイでのベストカップルは老人と美少年です・・・)
「あ!」
思わずお尻を抑えて間抜けな声が出てしまった。
その声を気にしなかったダモン氏の独白めいた言葉がつづく。
「あの二人が張り合わないといいのですが・・・どちらも政治的に大物ですしね。」
横からピュロスが助け舟を出してくれた。
「その点については大丈夫だと思います。我らの主人アーシア様はスパルタニアンです。市民権は、現在長老会で審議していますが、まもなく降りる見込みだとアレティア様はおっしゃってました。」
それを聞いたダモンはほっとした顔で言葉をつづけた。
「そうですか、・・・ではともあれ、その2家の説明をしておきましょう。アルクメオン家のクレイステネス殿はアテネの民主政を確立した偉大な人物です。5年ほど前まで陶片追放で追放されていましたが、現在はアテネに戻られています。」
ああ授業で聞いたことがある言葉がでてきた、王家ができるのを防いだ制度で、制度を作ったが本人が追放されたやつだよね。僭主の可能性が高い人物を追放する制度だったはず。
「アルクメオン家はアテネ随一の富豪です。金銭的なことは彼の協力を得られれば解決できます。」
断言しちゃったよ。そんなにすごいのか。
「ケルソスネスのミルティディアス殿は今のアテナイの軍事の要です。ペルシアがミレトスを陥落させ、ミレトスの反乱を援助したアテナイとエルトリアを懲罰するべく、ペルシアで軍勢が準備している今では国内、最重要人物一人といっても過言ではありません。」
結構ぎりぎりな感じになってますね。
「ちなみにアルクメオン家は親ペルシア派です。ですがペルシアとの戦争に負けた場合の講和要員として反ペルシア派も距離を置きつつ、良好な関係を保っているので国内は比較的安定してます。」
・・・大人の事情って結構ドロドロやね。
「それよりも最大の問題は・・・」
そういいながらダモンは俺の顔をじっと見つめる。
「アーシア殿が美形すぎます・・・二人の家に行く前に群がる市民に囲まれて動けなくなる可能性もありますよ。」
・・・改めてそう言われると・・・心当たりがあって困る・・・一度は盗賊に捕まって売り払われそうになったしなー・・・
「ダモン様、市民の方々が相手では護衛の私も手を出すことができません。何かいい手はありませんか?」
コリーダがまじめな顔でダモンに尋ねている。
ピュロスもその横で一生懸命考えている。
とはいえ、中心人物の二人はアクロポリスの中にいるらしい・・・
ギリシャ人は人懐っこくて結構遠慮がない。関西のおばちゃんのグレードアップ版だ。
それこそ市場とかにいったら取り囲まれて身動きが取れなくなるだろう。
しかも周辺は全部「漢」、市民の女性は家の奥だから全部「漢」・・・泣きそう。
「何か手を考えましょうか。」
そういうとダモンは棚から粘土板を取り出した。
どうもカレンダーのようだ。
「えーと明日の祭りは・・・」
祭り?
「ちょうどいいのがリムナイのゼウス神殿でありますね。百牛犠牲祭ですか・・・これに行くといけにえの牡牛の焼き肉が食べれますよ。」
・・・?
「あとは明後日のテスモピリア祭ですか。これだと女性がたくさん出てきますので、なお収集がつかなくなりそうですね。」
・・・??
「アーシア様、アテナイは祭りが多いのです。年間の三分の一の日程は祭りで埋まっています。」
ピュロスが小声で補足する。
そんなに祭りばっかりで、いつ働いてるの?って働いてるのは奴隷か・・・
そんな俺らを気もとめずダモンが結論をだした。
「明日のゼウス神殿のヘカトンベーにしましょう。たぶんあの二人も来るでしょうし、アポロからいけにえの牡牛を献上する形にして、その牡牛を引いていけば、通路を開けてくれるでしょう。」
おお、ナイスアイディア。
「アーシア殿は、私の馬を貸しますので騎乗してください。コリーダはアポロ神殿の旗をもって先導してください。ピュロスは牡牛を引いてアーシア殿についてください。」
「騎乗ですか・・・」
ちょっと不安だった。乗ったことがない。今までのパターンだと体が覚えてるとは思うんだが。
ためらう俺にダモンがなにを勘違いしたのか
「これは失礼しました。お貸ししたのでは自由に乗れませんね。では馬は差し上げましょう。たしか8歳の馬がいますのでご自由にお使い下さい。」
・・・?
「アーシア様 8歳ですとあと1.2年でつぶす馬です。遠慮なくいただいて良いかと。」
え?ピュロス。でも高いんでしょう。いいのかな?
「いいんです。アーシア様ですから。」
はー、巫女ってそんなに地位高いのか。まあ今まで予言したうえで元気に旅する巫女なんていなかっただろうから仕方ないけど。
「ではそうさせていただきます。」
そういうとダモンはすごくうれしそうな顔をした。
「あ、あと1月後ぐらいにデルフォイから料理人が来ますのでここに立ち寄るかもしれません。」
「ドロンですか?」
ダモンは喜色満面で返事した。
話を聞いたらダモンとドロンは友人らしい。ドロンもアテナイの市民権持ってるって言ってたしなー。
「ドロンは引き継ぎでちょっと遅れてますが、アテナイにはしばらく滞在するはずです。」
そういうとダモンは一層喜んでいた。
その夜は神殿の横の宿舎に止まったのだが、ダモンから明日の祭りの口上や作法を習うのので手一杯になった。