アテナイへ
ようやくアテナイに到着しました。
この後はどう動くか・・・ちょっと考え中です。
テーベについたときには軽い対人恐怖症をを起こしていたせいもあって、あまり目立つ記憶はない。
せいぜいデルフォイと同じ規模のポリスだと感じだだけだ。
宿泊もポリス内のアポロン神殿に泊まった。
観光で市場ものぞいてないし名所・旧跡も訪れてない。
印象に残っているのは宿泊した翌日南門からテーベを出た時だ。
いきなり道が開けて明るく感じた。
テーベからアテナイへの道路は今までからやや広くなった道で、一車線道路ぐらいの幅が有り比較的平坦でよく踏み固められていた。
すれ違う人も多くなり、ロバに陶器を積んだ商人も見かけるようになった。
「テーベをすぎたら急に人通りが多くなったんだけど?」
ボクの疑問にピュロスが答えてくれた。
「デルフォイからテーベは海路で直接いけますが、テーベからアテナイにはコリントス地峡を経由していかないといけません。このため陸路でのアテナイ直接貿易が残っています。」
まあ、小規模な商人だけですが・・・と彼女は続けたが、確かにロバを2・3頭引き連れた規模の商人が多かった。
彼らは得意先の確保や、こまめな対応で商売を続けているのだろう。ニッチ市場とか隙間産業というやつである。
もう資本主義の論理が成立しかかっているのに驚かされたが、考えてみれば大市場のアテナイに向かっているのだから先端をいっていて当たり前といえば当たり前なのである。
テーベをすぎて以降は道の近くに宿場というかキャンプ場のような施設も現れ、治安は格段に高くなっていた。
おかげで野営の時も、他の商人と合同ということも起こり気は楽になっていた。
意外だがコリーダは隊商の護衛を行ったことも有るらしくこのような時の礼儀とかルールに詳しかったおかげでよけいな摩擦を起こさずにすんだ。
「明日はアテナイに入れます。」
夜営の時にコリーダがそう教えてくれた。
案外近いんだな、そう思ったが直線距離で50km程度しかないようである。
都市国家の林立だと戦争が絶えない理由はよくわかった。
アテナイもテーベも有力ポリスである。これが二日で行けるなら戦争を起こそうとすると、すぐに攻め込めるし兵站も問題ない。
兵士が持っている分とロバの輸送で十分足りる。
そして一旦起こった紛争の火種は延々と燃え続ける。
オリンポス大祭の期間だけでも休戦したくなるわけだ。
実際には古代ギリシア4大祭にはそれぞれ休戦期間があったから毎年休戦期間はあったわけだが・・・
戦争をしなかった年の方が珍しいのでは?と思ってしまう。
中小のポリスは大きなポリスが近くにないと成立しにくく、近すぎれば、いい餌になる。
すごく難しい舵取りを迫られることになるのだろう。
だからからかポリスは僭主(一代限りの王)が多い。
王家になる前に断絶するせいもあるが、アテナイの直接民主政が例外的に感じるほどだ。
貴族政でないのはポリスの大きさから、統治者=王で貴族と呼べるほど支配層が維持できないためであろう。
そんなことを考えながら二日目も歩いていた。
昼近くなっているがまだアテナイにはついていない。
土塀を前に一息入れる。
青い空、空を舞う海猫。
高い丘にはややくたびれた感じの神殿が見える。
しかし、のどかな風景である。
天気もいいし、暑くもない。
まわりの家々は数百メートルぐらいは間があいていて小さい。
まるでサイコロみたいだ。
畑もあるが麦の収穫が終わったせいかただの平地に見える。
なんとなく日本の農村の風景と通じるものがある。
たぶん市民とその奴隷の家だろう。たまに塀で囲まれたやや大きめの家に3・4軒の小さな家が固まって傍に建てている場所もある。
ちょっと気になるのは、そんな家は街道から離れた場所に立てていることだ。
街道から離れた丘の麓とか川の向こうとかに建てている。
なんか不便そうに思えるが、理由があるのだろうか?
先頭のコリーダは道なりに曲がって、神殿を避ける方向に進み始めた。
進む方向のはるか先には、くすむように小さな岩山が見えた。
よーく見るとその岩山に白い点らしいものが見える・・・まさか・・・
「ピュロス、行き先はあの岩山とは言わないよな?」
横のピュロスに聞いてみる。
「アーシア様、あそこまでは200スタディア(36km)以上あります。二日ほどかけるのが一般的です。急げばなんとかなりますが、宿はそこまで遠くありません。」
やっぱそうか。だとすると、この先の平地のどこかにアポロ神殿はあるらしい。
「あの岩山がアテナイのポリスなのか?」
たぶんそうだろうと思いながら確認してみる。
その質問にピュロスが変な顔をした。
「あのアーシア様、ここもアテナイのポリスなのですが・・・」
え、この農村風景がポリス?
そういえば、さっき高さ2m位の土壁すぎたけど、まさかあの塀がポリスの塀?
いやありえないでしょ、だって厚さ30cmくらいしかなかったよ。
だいたいアクロポリスはどこよ。まったく見えないでしょ。あの巨大な神殿はどこよ!
???・・・まさか・・・あの岩山・・・こっちから見えるということは、理論的にはあっちからも見える範囲ということだよな。
「ピュロス、まさかとは思うが、あの岩山がアテナイのアクロポリスなのか?」
「はい、あそこがアクロポリスです。頂上の白い建物は青髭の神殿ですね。」
しれっといわれた。
そのあとピュロスと歩きながら話した内容をまとめると、とんでもないことが分かった。
アテナイのポリスの大きさは、およそ60km~80kmの楕円形に近い形をしており、その中に住宅地が約40平方kmほどある。
その中心にアクロポリスが周囲5~6kmの城壁で囲まれ、高さ150mの岩山の上にそびえたっている。
ポリスの中では市民は12万人(内市民権所有者3万人他は家族)、半自由民3万人、奴隷8万人が暮らしている。
数字ばっかりでピンとこないと思う。
日本を例にしてみよう。
ポリスの面積は東京都と神奈川県を足した感じ。
住宅地は池袋の豊島区と新宿区を足したくらいだ。
そして中心地アクロポリス、これが偶然、皇居とほぼ同じ大きさ。
人口は東京都と神奈川県を足すと2300万人弱、アテナイは23万人つまり人口密度は100分の1。
中心地はものすごい密集しているらしいがポリスの周辺地は農村そのものの風景になっているわけだ。
アテナイなめてたわ。
広い、でかい、そして田舎。
これなら野外のどこでもトイレにできる。ようやく納得した。
ついでにいうと、このあたりの土は欧州らしく黒くてぱさぱさしているが、デルフォイよりはましな感じがする。たぶん他の地域より若干は農業収穫は多いと思う。
ただ休耕地が多く1回作ったら2~3年は休ませるので実質稼働が25%から30%、つまり休んでいる農地の方が圧倒的に多い。
何もない草地が多いせいで余計にだだっ広く感じる。
「そういえばアテナイとスパルタって今は仲いいのかな?」
風景をみながら呟いた。いやデルフォイのちんまりした感じを思い出して、懐かしんでたら、連想的に巫女長と神官長の関係を思い出して、ポリス間の友好度に気づいたんだけど、悪かったらドーリア人ってこと隠さないとまずい気がしただけである。
「たぶん大丈夫だと思います。20年ほど前に戦争してますが、それ以降は戦争してませんから。」
・・・20年前って大丈夫なの?
「前の戦争には私も関係あるんですよ。生まれる前ですけど。」
なにをいってるのかな?ピュロスさん。
「持ち主なので話しておきますが、口外無用です。」
紀元前510年、弟を暗殺されたアテナイの僭主ヒッピアスは他者への不信から恐怖政によってアテナイを支配していた。
その頃デルフォイで偉大な巫女が3度目の神託に成功していた。
その巫女が当時から巫女の長として巫女のまとめ役だったアレティアである。
神託の内容は「スパルタはアテナイの僭主を滅ぼすべし」だった。
スパルタはデルフォイの神託を絶対視して動き出す。
すぐにアテナイは陥落し、ヒッピアスはペルシアに追放になった。
その後アテナイに民主制が戻り政治が安定するまで12年かかったが、再建したアテナイよりアレティア巫女長へ感謝のしるしとして当時10歳のピュロスの奴隷に教育をして献上することになる。
5年間天文学他を学ばせたのちに15才でデルフォイに献上・・・以降ピュロスと呼ばれる。
「ということで3年前にデルフォイに行ったのですが、親からはすでに種付け前にデルフォイのアレティア様に行くことがわかっていたと聞かされました。」
「それって?」
「ええ、神託の時には私がデルフォイに行く話になっていたということです。」
・・・黒い話・・・
「でもアレティナ様は仕えてわかったのですが、報酬で動いたのではないと思います。」
別の目的があったということか。
「あの戦争ではスパルタはアテナイ僭主からの略奪で潤い、アテナイ市民は恐怖政から脱出し、アレティア様はデルフォイの巫女長をポリス間で通用する地位に認知させました。
神託の権威も高まりました。結局だれも損をしない幸福な結末になっています。アレティア様はそれを目指して神託をされたのだと思います。」
アレティア様らしい目的だが・・・信託の権威が高まれば、それだけ行う回数は少なくできる。雑事は占いで済ませることもできるようになる。
それとクニドスの館の少女たちの命が連動しているとなると悪いこととは言えないことは確かだ。