継承の儀
今回で完全にアーシアの改革から分岐します。
魔法も神様もいないけど謀略とロマンのギリシアを楽しんでもらえればと思います。
もっともローマ帝国ができる前なのでロマンという言葉は存在しない世界ですが(笑)
二人と別れると昼食をとるのも忘れて、聖域に逃げ帰ってきた。
市場を通り抜ける間、周囲の男の目が気になった。
気のせいではなく、皆が、こっちを見つめている・・・美女ってこんな目にあってたのか。今なら素直に謝罪します。
視線が気持ちわるいことを実感した。
聖域の衛兵に挨拶して聖域に入り込む。
コリドスの館に続く階段の前で思わず立ち止まる。
ここ聖域には男はいない・・・それだけで心が安らぐ。
ボクはこの時代に完全に打ち負かされていた。
日本でも念友とか衆道とかあったらしいけど、それに巻き込まれるとすごくきつい。
ニューハーフと全く違うのが自分の方が正しいと信じているあの目力だ。
キラキラと迷いなくまっすぐに見つめてくる、あの瞳には、こっちが間違っているんじゃと思わせる力がある。
彼らにとっては同性での愛を経験しない男性は恋愛を知らない不完全な人物にあたるのだろう。
女性との自由恋愛は、起きようもない環境だし・・・女性は家の奥深くで結婚まで会うことがない。外に出ることもない人々だ。
こうやって見るとスパルタのリュクルゴスの改革は偉大だ。
女性を繁殖用の動物から人格を持った異性に格上げしたという巫女長の説明が今ならわかる。
全ポリスで女性が外に出始めたら・・・同性愛の風潮も少しは収まるはずだ。
でもそうなっていないということは、現在の状況に何か利点があるということなのか?
男性同士の方が実際には情が深くなるとか・・・
いかん!俺は女好き!女の子最高!!無理に、こうやって自分を鼓舞する日が来るとは思わなかった・・・
「アーシア様、昼食はいかがいたします?パンとワイン程度ならすぐ準備しますが?」
階段の前で立ち止まって考え事をしていたボクを気遣ったのだろう、コリーダが声をかけてきた。
かわいいよコリーダ。やっぱり女の子最高。
「では、頼む。」
「はい、ではお部屋にお持ちします。」
そういうとコリーダは館に栗の苗木を抱えて登っていった。
その後を一人階段を登っていく。
そして歩きながら疑問に思ったことがある。
ボクは、なぜここにいるのだろう?
ここに現れて、一人になってるのって実は初めてだったりする。
そのせいで自分のことを考える余裕ができたようだ。
いつもだれか横にいたから、深く考える暇もなく対応してきたけど、改めて考えてみなくても不思議な事態である。
もしかしたら、実は元の世界でも隠れているが、ありふれていて知らないだけなのかもしれないが、そこまで考えるときりがない。
ボクがここにいることにどんな意味があるのだろう。
誰かが召喚した?
少なくともまだそんな人にはあってない。方法もわからない。
神様が絡んだ?
神様にもあってない。
自然現象?
聞いたことないし、当てはまりそうな例も知らない。
思いついては否定して階段を登っているうちにコリドスの館に着いた。
玄関にはピュロスが待っていた。
「昼食はいかがでしたか?」
その問いかけに、中庭への案内を頼み、市場での様子を道すがらに順を追って話していく。
話を聞いていたピュロスの表情が警戒から驚き、笑み、最後には考え込んでいる。
百面相を見てるのは楽しいけどポーカーフェイスって必要ないんだろうか?
「コリーダから栗の木を預かっています。これは聖域に植えればいいのでしょうか?」
「問題なければ、そうして。」
栗の苗木を渡すと椅子に座って一息つく。
ピュロスは中年の奴隷を呼ぶと木を植える指示をしていた。
指示が終わったあたりにコリーダが昼食を運んできた。
コリーダは食事をおくと、すぐどこかへ行ってしまった。急ぎの要件があるらしい。
昼食はパンとワインだけだが空腹のせいでおいしく感じる。
たぶん一仕事終わったのもあると思う。
ワインを飲みたい気分になったがパンに浸すだけで我慢する。
午後の巫女長との要件がなければ酔っても構わないんだが・・・
食べ終えると急かすようにピュロスが説明を始めた。
「いまアレティア様が円形劇場を立ち入り禁止にして儀式を始める準備をしています。コリーダも周辺の警戒にあたっています。」
儀式?見せたいものって儀式なのか。
「この儀式を知っているのは巫女長とその所有物のみです。神官長も知りません。」
トップシークレットなんだ。奴隷はいいのか?なんか不思議なかんじだ。
「午後一時に始めるといわれています。至急移動願います。」
ピュロスの先導で食後の休みもなしに、急ぎ足で劇場に向かう。
劇場周辺には武装した女性(たぶん奴隷)がコリーダの指揮のもと警戒していた。
「お急ぎください、アーシア様。中でアレティア様がお待ちです。」
アレティア様も忙しい。
もう少し余裕をもってスケジュールをくめばいいのに。
劇場に入るとステージの黄金鏡の前に30cmほどの円鏡を手にしたアレティア様が待っていた。
「アーシア。これから儀式を始めます。私の位置にきて観客席の方を見なさい。」
唐突な宣言に驚くが、ともあれ彼女の横に急ぐ。
立つと同時に彼女は円鏡を調整して黄金鏡に太陽光を反射させた。
「太陽が明るくて高い時しかできないの。」
なるほど、それが急がせた理由した。
黄金鏡から反射した光は集光しながらとある観客席を照らしていたが、しばらくするとその座席の石が動き出した。
「アーシア、あなたにこのことを報せるのは大きな賭けになると思うの、でも巫女達の命が救えるかもしれない。」
アレティア巫女長は真剣な顔でこちらを覗きこんだ。
「アーシア、あなたは神託の存在を信じてないわね!」
・・・どう答えようか迷ったが、嘘は通じないことは思い知らされている。
ただ首を縦に振った。
「それでいいわ、でもポリスではデルフォイの神託は100%信じられるし、それに見合う結果も出ているわ。」
言語のロジックとかいろいろ使って、巫女のうめき声を神官が神託に翻訳することで当たるように作り変えたとは聞いているけど?
「どのようにもとれる言葉だけでは神託は権威が無くなるわ。時に完全に敵中させないと。」
それはわかるが?それとこの儀式は何の意味があるのかわからない。
「あの座席から地下室に降りる梯子があるわ。アーシア、あなたはその梯子を降りて、中にいる人と話しなさい。」
?
「それで継承の儀が終了するわ。明日からはあなたがデルフォイの巫女長になる。」
デルフォイの巫女長?・・・ボク、男だけど???
というか急に話を進めすぎ、説明がほしい。
「時間がないわ。急いで会ってきなさい。」
アレティア巫女長に急かされて、納得はしてないが地下室に向かうことにした。
入り口は45cm角くらいか?太った大人なら突っかかるくらいの狭さだ。
言われたようにその中には木でできた梯子が鎮座していた。
横木に足をかけながら後ろ向きに入っていく。
梯子は思ったより長い・・・4・5m位はありそうだ。
慎重に一番下の段まで降りると地下室というのが思ったより広いことが分かった。
30畳くらいは楽にある。
不思議な程、甘い香りが充満していて黴臭くはない。
灯りは中央に燭台、そこにろうそくが1本灯っていた。
「あなたが次の巫女長?」
部屋の片隅の薄闇の中から声が湧き出した。
「早く答えなさい。その蜜蠟のロウソクが燃え尽きるまでが持ち時間よ。」
ボクがオロオロしていると、
「掟通りに何も教えられてないわね。よろしい。答えなさい。あなたが次の巫女長?」
その返答に少し安心させられた。
「アレティア巫女長からそう告げられた。」
相手の顔がよく見えない。声から女性だとは思うのだが・・・
「デルフォイの巫女長になるということは、幾らでも金銀財宝が手に入り、全てのポリスにまたがる強力な権力を手に入れるに等しいわ。あなたは何がしたいの?」
・・・なにがしたいっていわれても、考えたこともないよ。
「早く答えないとロウソクが燃え尽きて真っ暗な地下に閉じ込められることになるわよ。」
その言葉にちょっとビビりながら慌てて答える。
「まずは神託で死ぬ巫女をなくしたい!」
「巫女が死ぬ理由はわかっているの?神気を吸うためよ。それなしでどうやって相手に神託を与えるの?」
「ボクは常時、神託時の声に変わっている。ボクが神託すれば巫女が神託を行う必要がなくなる。」
相手が黙り、少しの間沈黙が降りた。
「それで、アレティアは急いであなたをここに寄こしたのね。次の神託から犠牲を出さないように・・・」
「たぶんそう判断していいと思う。ボクもあの少女たちが窒息して死ぬ様は見たくない。」
脳裏に思い描いたのは今朝の水浴びの光景だったが・・・まあそれくらいの役得は許してほしい。
「継承を認めるわ。エウリュポン家のビオス。それともアーシア・オレステス・アリキポスの方がいい?」
「アーシアでお願いします。」
そこまで張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
一人の女性が部屋の隅から近づいてきた。
ロウソクの灯りに浮かぶのは巻毛の金髪に碧眼の20歳くらいの女性だ。
「初めましてアーシア、私はマリア、コリントスのアフロディテの神殿で神官になっているわ。」
アフロディテの神官?
「どちらかといえばコリントスの聖娼の束ね役といった方がわかりやすいかな?」
???
なお、わかんなくなった。
マリアさんがこれから説明してくれるみたい。
壁の棚からロウソクを取り出して火を移した。
「じゃあ、まずはコリントスとデルフォイのつながりからね。」