デルフォイの神殿
デルフォイ編導入部です。
動くたびに視線が刺さる。
そんな言葉がしっくりくる。
立ち止まってあたりを見回すと、誰かがじっと見つめている。
そんなことが神殿に着くまで数え切れない回数起きた。
街を歩くのは殆どが男性なので、見つめてくるのも男性である。
まれに女性もいたが・・・
明らかに神官長では無く、こちらを見つめている。
見つめ返しても、身じろぎせずこっちを見つめるのだから。
「どうかなされましたか?」
先導する神官長が声をかけてきた。
「自分がそんなに注目される存在なのかと思いまして。」
「致し方ありません。その美しさですから。」
美しさ!預言したからじゃなくて?
ちょっと思考がとんだ。
見つめてたの、男ばっかりだけど・・・そういえば自分もそうだったな、鏡を見つめてたっけ。
「なるほど。」
あっさり納得できた。
アポロン神殿に入り、日陰で涼しくなったのだが、妙な臭気は強くなったような気がする。
そして神官長がとあるドアの前で立ち止まった。
「アイオスです。アレティア巫女長に面談をお願い申しあげます。」
・・・たぶん口調からして巫女長の方が神官長より上っぽいな。
「はいりなさい。」
落ち着いた感じのおばさんの声だ。
「許可が出た。アレティア様は今まで3回アポロンの神託を受けられた希代の巫女だ。粗相の無いように。」
神官長が小声で俺に注意してきた。
(厳格な人なのかな?)
「わかりました」
その返答を聞くと神官長はドアを横に引いた。
ズズズ
「アレティア様、失礼します。」
(引き戸なんだ・・・)
考えてみれば蝶番がなければ押し戸はできない。
(ふすまみたい)
ここら辺が 日本人である。あっさり受け入れることができる。
「スパルタのビオス、神託によりアーシア・オレステス・アリキポスを名乗ります。いまだビオスに戻らず、巫女長のご判断をいただきたく同道いたしました。」
「アーシアですか?男性に見えますが?」
「男性です。しかしアーシアと申告がありました。」
「そうですか。」
目を細め、確認をとるように見つめてくる中年女性、たぶん40歳くらいだろう。
彼女は小さく頷き、金の髪飾りが軽く揺れた。
「アーシア殿、こちらに」
部屋の中のベンチに招かれた。
大理石のベンチに座ると、彼女はじっと観察を始めた。
「変なところはありませんね。神託が行われたのは確かですか?」
「間違いありません。劇場での占いの最中に神託が降りたこと、このアイオスが一部始終を確認しています」
神官長の言葉を聞いた彼女がこちらを向くと
尋ねてきた。
「あなたはビオスではなく、アーシアなのですか?」
「はい、アレティア巫女長、ビオスだった記憶がありません」
いけない東山ですと訂正した方がよかったかな。
「嘘は言っていませんね。・・・非常に興味深い事例のようです。アイオス、彼が信託してからどれくらいたっています」
神官長は腕を組んで、俯き答えた。
「もうすぐ正午ですか、午前十時から儀式でしたので、女神二人分かと」
「長いですね・・・」
今度は巫女長の方が腕を組み考え始めた。
「今しばらく様子を見ましょう。巫女の宿舎に空きはありましたね」
その言葉に神官長がうろたえた。
「いや、あそこは預言をする巫女。つまり処女しか入れない禁域ですぞ。アーシアは男性です。アポロン神の御心を考えますと・・」
「かまいません。アーシアはアポロン神が認めた巫女です。問題ないでしょう」
巫女長の目つきが鋭い。
権力闘争でもあるのかな。
「わかりました。では宿舎を手配します。」
神官長が折れたらしい。
「お願いします。あとアーシアは残って質問に答えてください。」
ズズズ
神官長が扉をしめた。
フーと息を吐くと、巫女長が尋ねてきた?
「さてアーシア・オレステス・アリキポス殿、本当の名前は何ですか?」