古代ギリシアの扉 RW
改訂版です。題名にRWが付いたものが改稿終了の目印になります。
「それでは皆様、東山遊馬君のギリシャ赴任を祝いまして」
「「「カンパーイ」」」
グラスをぶつけ合う音が響き渡り、チェーン店の居酒屋の一室を飲み会特有のざわざわとした空気がたちまち埋めつくす。
「遊馬君、PJサブリーダー就任おめでとう」
「ありがとうございます、課長」
コップにビールを注ぎながら上司の課長がお祝いの言葉をかけてくる。
今日は歓送会という名目で営業部の先輩後輩集合での飲み会だ。
「メインの商品はオリーブオイルでしたっけ?先輩」
同じ課の後輩がうらやましそうに話しかけてきた。
「メインはそうなりだな。あとは現地を見ながらという話だ。」
今日も夕方まで会議室で受けた事業計画、その中身を思い出しながら答える。
「イタリアンレストランのチェーン店と組んでのブランド品づくりか、うちの商社にもメリットは大きいし、なにより農場にコネができるのがいいな」
課長がいうとおり、うち規模の商社ではめったにこない話だ。すでにPJリーダーの部長は現地入りしている。
「先輩、ちゃんと勉強してました?」
「まかせておけ。ギリシャ語もばっちりだ。」
半年前から語学研修をしてきた。
費用は会社持ちだが、その分のプレッシャーもあって、大学の時のドイツ語より覚えがよかった。
人間必要になれば何とかなるもんである。
「そういえば先輩って前に外人さんとつきあってましたね。」
にやにやしながら後輩くんが聞いてくる。
「ああ、静岡担当だった頃にブラジル人ととな・・・彼女はもう帰国したんだから深くつっこむな。」
彼女の滞在期間が切れて自然消滅,よくあるはなしである。
「まあ、いいですけど、とりあえず、どうぞ」
「お、ありがとう」
そんなことをいいながらグラスにビールがとぎれることなくつがれ、気づけばお開きの時間になっていた。
「東山、二次会いくぞー!」
同期の声が聞こえる。
主賓がつきあわないわけにはいかないか。
おう、かわいい女の子がいるとこ頼むぞ」
「まかとけ。」
同期が軽く請け負う。
彼がネオンがきらめく方にふらふらと歩いていく後を千鳥足でついていった。
「ビオス、大丈夫か?」
頭がガンガンと割れそうに痛む。
脂汗を流しながら、目をしっかりつぶり苦痛に耐える。
(味噌汁がほしいな、具抜きでいいから)
「ビオスまさかお間に神託が降りたのか?」
すぐ横から外国語が聞こえてくる。
「ペルシアとヘレネスは戦争になるのか?」
・・・なぜ、ギリシャ語?
「ちょっと待って、なにを聞きたいの?」
声を出した瞬間に脳天に鈍痛が走り呻く。
出た声も酒焼けでガラガラである。
「ペルシアとの戦争は勝てるのか。」
(いったいいつの話だよ。)
そうは思うものの声を出すのも億劫で一言ですませた。
「勝利する!」
ウガァ、一言でも頭が痛むぅ。
でもこれであとは静かに・・・
「「「「うぉおおおー」」」」
鯨波のように大声が辺り一面を揺るがす。
その声に反応して頭痛が・・・頼むから静かにお願い・・・って何人いるの?
あまりの大歓声に驚いて目を開ける。
抜けるような青空、大理石の円柱、コンサート会場のように段々になっているベンチ。
そのベンチに数百人の外国人が座っていた。
みんなローマ人のように布を体に巻き付けている。
そして例外なく、みんながこっちを見て、手を振りあげ大声で騒いでいる。
もうギリシャに送り込まれた?
空港とか覚えてないけど
いきなり横から肩をバンバン叩かれた。
頭痛に響くがそれ以上に叩かれた肩が痛い。
きっと真っ赤になってるだろう。
「ビオス大丈夫か?まさかお前に神託が降りるとは思わなかった。」
横にいた黒髪のおっさんが話しかけてきた。
背たけぇー、20cmは目線が上だ。
結構彫りが深くて美形だが・・2m近い身長なのか。
「誰ですか?」
「おいおい自分の父親を見忘れたのか。まったく鞭でひっぱたくぞ。」
笑いながらとんでもないことを言ってくる。
「ちちおや・・・えぇ?」
思いもしなかった言葉に俺が驚愕した。
それに気づいた男はいきなり真面目な顔になると
「おかしい!神官を呼んでくる。ビオス、そこから動くなよ!」
そう言うなり群衆をかき分けてどこかに行ってしまった。
そういえばちょっとだけ不思議なことがある。
さっきの大男、群衆と身長の差はほとんどなかった気がする。
ということはここにいる人みんな2m近い巨人ってこと?
あと自分の腕が細くて、肌がピンク。
着ている服がみんなと一緒・・・あれ?
「転生したとか・・・」
ない・ない、と自分で自分の考えのバカさ加減を笑いながら後ろを振り向き凍り付いた。
そこには円形の鏡があり、見たことのない少年が映し出されていた。
「・・・ちょっとまって、まさか?」
カールしたの黒髪を、ボーイッシュなショートヘアーでまとめた中性的な顔立ち。
まるで天使のようなピンクの頬、くっきりとした顔立ちは厳しいというよりは凛々しいというのがふさわしい表情だ。
男の子とぎりぎりいえるような年齢だろうか。しばらく見とれてしまった。
初めての体験だが、鏡って動かないと、その像が案外、自分だとは気づけないものである。
しばらく見つめて、ようやくそれが自分だと気づいたが・・・一体なにが起きたんだろう?
群衆をかき分けてさっきのおっさんが戻ってきた。
一緒についてきている人がいる。
老人と女の子だな。
「ビオス、元に戻ったか!」
「私がビオスなのですか?」
近くにきた自称父親に尋ねてみる。
「当たり前だ。誉れ高きスパルタン、プトレモスとカイレイの子、エウリュポン家の末裔、メソアのビオス。・・・思い出せないか?」
よくわからない、正直に告げておこう。
「申し訳ありません。私はビオスでは無いようです」
そういうと男は後ろの老人にすがるような目をした。
老人は一つ咳払いをすると眉を寄せて重々しく話し始めた。
「プトレモス殿、どうやら神託の影響が長引いているようです。言い伝えでは聞いていましたが、私も初めて見ます」
老人はちょっと考え込んだあと言葉を繋いだ。
「戻るまで数日かかることもあるらしいのでとりあえずアポロン神殿で預かりましょう」
その言葉にプトレモスは安堵の表情を見せた。
「よろしくお願いします、アイオス神官長。我々は軍務があるので、明日には出発しないといけないのです」
「わかりました。事情は文書にしますので、お持ち帰りください」
「かたじけない」
まるで時代劇みたいな台詞だが・・・
「では息子よ。さらばだ」
そういうとプトレモスはあっさり離れていった。意外にさっぱりしてる?
……そういえばスパルタとかいってたな。
スパルタっていうとあれか、スパルタ式教育では戦力にならないと判断されると殺されるとか……あれって、まさかマジですか?
呆然と立ち尽くしていると神官長に手招きされた。
「ではビオス殿、こちらへついてきてください」
「あの、私は殺されるのでしょうか?」
おそるおそる尋ねてみる。
神官長は顔を覗き込むで、安心させるようにほほえみを浮かべると軽く肩を叩いた。
「いやいや、神が降りた依代を、そのように扱うことはありませんよ。たとえドーリア人でもね。」
そして神官長はまっすぐ瞳をのぞきこみながら尋ねてきた。
「で、あなたは誰なのでしょうか?」
「私が誰?」
そう言われるとちょっと悩む? 東山優馬じゃないよな。
外観違うし・・・誰なんだろう?
とりあえず思いついたことを答えてみる。
「私は日本人です」
「ニホン人とは聞いたことがありませんな? しかし言葉は通じると……バルバロイではないのですね。ヘレネスのどの辺にあるんでしょう?」
ボクは彼の言葉に頭を振って否定すると同時に疑問が浮かんできた。
そういえば、ここどこ?
「ここはどこでしょうか?」
「デルフォイのアポロン神殿ですが」
デルフォイ、預言で有名な都市だというぐらいは知っている。でもなんでスパルタ人がいるの?
「どうかなされましたか?」
立ち止まったのを怪訝に思ったらしい女性が尋ねてきた。
「スパルタンのビオスはなぜここにきたんでしょう?」
その言葉に女性は緊張に強ばりながら答えた。
「ペルシア帝国が小アジアの諸ポリスの征服を終えました。このあとの展開を尋ねるためデルフォイのアポロン神殿にスパルタより使節団が派遣されました。正使はエウリュポン家のペトロクレスです。副使があなたの父君のプトレモスです。あなたを含め10名ほどの少年が一緒に派遣されました。次代の顔つなぎと聞いています。」
こっちをじっと見つめ、プルプル震えながら答えてくれる女性、もしかして怖がらせた?
奇妙に緊張した雰囲気は神官長の一言で救われた。
「どうしたクリサンテ。緊張してガチガチになっているぞ。
「失礼しました。アポロン神の依代から直接にお言葉をいただいたので・・・」
神官長が苦笑している。
「神懸かりの最中に依代が、他者に声をかけたということは殆ど例がありません。アポロンと直接はなすようなものでして、彼女の態度はお許しください。」
なるほど・・・
「それでニホン人のえーと、名前はどのように呼べば?」
「東山優馬、東の山に優馬と書きます。」
しまった、つい、いつもの癖で漢字の説明した。
わかるはずないか。
「アーシアどのですか?」
「ええ、それで」
とりあえずそれでもいいかと思ったが」、神官長が妙な顔をした。
「アーシア・オレステス・アリキポス・・・女性名ですが?」
え?
「いえ、アーシアはふつうは女性につける名前なので・・・」
といわれても・・・
「アイオス神官長、アポロンの預言をした巫女ですので女性名の方が自然なのでは?」
クリサンテさんが答えている。
「なるほど。」
神官長が納得している。
・・・とりあえず名前の件は放置しよう。
「ではアーシア殿こちらへ。」
野球場のような場所をでて、石畳の敷き詰められた道を進んでいく。
たぶん中央の神殿に向かっているのだろう。
時折風に乗って硫黄のような臭いが鼻をつくが、温泉でもあるのだろうか?