年寄茸・オリジナル版
仙京山漢方店はここ数年の健康食品ブームに乗って驚異的な躍進を遂げ、その主力商品である『不老丹』はアンチエイジングに効能ありと言われ、世界各国でベストセラーになっている。
ただ、この会社は上場しておらず、京山会長のマスコミ嫌いもあって、あまり取材には応じてこなかった。そんな会長が何故か駆け出しの記者である俺の取材を受けてくれたのだ。
『健康食品会社の会長は本当に元気なのか?』というタイトルで取材したいと申し出たのが気に入られたのかもしれない。
警備員の厳重なチェックを受けて、地下三階にある会長室に通されると、
「おお、あんたが『週間文朝』の十和田はんどすか」
と、京山会長が上機嫌で迎えてくれた。
「取材に応じて頂き、ありがとうございます。ああ、本当にお元気そうですね」
俺はその容姿にまず驚いた。
「若う見えますやろ。これが『不老丹』の効果どす」
情報によると齢90歳を上回るはずの会長は矍鑠という表現を通り越して、まるで50代の若さにに見えた。
他の健康食品グループの会長達が元気そうでも年相応に見えるのとは対照的だった。
「驚きました。『不老丹』を飲み続けていると、本当に強力なアンチエイジング効果があるんですね」
「そうどす。ただ、市販の『不老丹』は安全のため、若干効能を抑えとるんどすわ」
「なるほど。アレルギーの人とかいたら困りますしね」
『不老丹』の主成分は舞茸などのキノコを抽出したものと発表されているが、やはりその中にはライバル社には見せたくない薬効成分も含まれているのかもしれない。
俺は、会長の生い立ちや、京山漢方店をここまで成長させた苦労話などの取材を終え、会長に礼を言って腰を上げた。と、その時、それまでにこやかに笑っていた会長の顔が真顔になった。
「実はこれから話すことはオフレコにしてもらいたいんやが・・・」
そう言われても、記者である以上、聞いたことを伏せるのは悩ましい事だし、もしそれが犯罪に関わるものであれば黙っているわけにはいかない。俺がそう説明すると・・・、
「それはそうどすやろ。けど、これはあんたの命にも関わる事どすね」
と、不気味なことを言った。俺の懸念をよそに会長は壁に取り付けてあったモニターのスイッチを入れ、デスクの引き出しからは古びた大きな手鏡を取り出した。
「京都には昔から不思議なものが伝わっとりましてな。これは『怪の手鏡』というんやが、ワシが若い頃に古刹の僧侶から、寺の改修と引き換えにもろうたもんどす。これで見ると、普通では見えへん生き物が見えますんや」
そう言いながらモニターに何やら画像を映し出す。
「赤ん坊の写真が写ってますやろ。その頭に何か見えしまへんか?」
確かにその赤ん坊の頭には椎茸くらいのキノコが生えていた。全体的に白っぽく透明で淡い光を放っている。その光は体全体を覆っていた。
「これは、この鏡を通して写した写真で、そのキノコは『年寄茸』と言うんどす。実はこの赤ちゃんだけやなく、どの赤ちゃんにも、人にも犬でも猫でも虫でも、全部このキノコが生えとるみたいなんどす」
会長が見せてくれた次の写真はちょっと驚きだった。それは渋谷のスクランブル交差点を、鏡を通して写した写真で(そのせいか、左右が逆になっている)そこには多くの人々が写っているのだが、どの人の頭からも先程の『年寄茸』が生えていた。ただ、その大きさは赤ん坊の物とは比較にならない位に大きい。制服の女子高生で直径30cm、中年のサラリーマンにいたっては座布団ほどの大きさがあった。
「『年寄茸』はどの生物にも寄生し、宿主からコラーゲン等を奪って成長しよります。次にお見せする写真は、かなり衝撃的どす」
会長がそう言って見せた写真は、有名な100歳老人姉妹『鉄さん、鈴さん』の写真だったが、彼女達の頭の上のキノコは敷布団位もあって身体中に覆い被さっていた。
「もしも、このキノコがなかったら人も動物も老けへん言うんやったら、見ることも触ることもでけへんこのキノコを、どうやって取るんかということどすわ。それには他のキノコを使うのが一番なんどすわ」
会長は群生している植物や菌類が他の種を攻撃するメカニズムを教えてくれた。
動けない植物たちは、相手にとって、いわば毒となる物質を放出し自分たちのコロニーに進出しないようにしている。
『不老丹』というサプリは、他のキノコを煮詰めて作ったものだが、そのエキスで人間の体に「年寄茸」に対する防御壁を作っていたのだ。
「ただし、ウチの『不老丹』は「年寄茸」を弱らせるだけで、完全に殺すことはでけまへん。完全に殺すには、ある種のウィルスを自分の体に感染させるんどすわ」
「つまり、会長さんはウィルスを使ったということですね。それを売り出さないのは、一度感染させるともう必要がなくなるので商売にならないとか」
俺は確信を突いたと思ったが・・・、
「いやいや、これは商売とかの話やないんどすわ。ワシは年寄茸というものは人間や動物にとって害を与えるだけのものと思うてました。それで、最初は自分の体を実験台に、キノコにだけ効くウィルスを使って完全に消滅させたんどす。見とくなはれ、ワシにはもうキノコがありまへんやろ」
会長は自分の頭を鏡に照らして、俺に見せた。
「ところが、キノコが無くなったんで喜んどったら、その後、大変な事が分かったんどす。なんとワシは陽が射す町を歩くと、大火傷をするようになったんどす。年寄茸は、人間からコラーゲン等を奪い取る代わりに、淡い光を傘のように放射し、紫外線から体全体を守っとったんどす。その上、キノコが無くなると嗜好まで変わるのか、無性に人間の血が飲みたくなるんどす。もうお分かりですやろ。年寄茸が消えた人間は、吸血鬼の様にになるんどす!」
「すると、僕をここに呼んだのは血を吸うため?」
俺は思わず後ずさった。
「誤解せんとくなはれ。ワシは社員から研究用として血をもらって生きとります。だから、他所様を殺めるようなことはしとりまへん。そうやなくて、ワシはもう一度、別の年寄茸を体に移植して、日中堂々と町を歩けるようになりたいんどす」
「そんなことができるんですか。体はウィルスに感染しているのに?」
少し落ち着いて記者魂が蘇った俺は会長に質問した。
「確かに普通の年寄茸では、もう生えてきよりまへん。けど、動物実験の結果やとレア種の『青年寄茸』なら、このウィルスにやられへんちゅうことが分かったんどす。勿論移植には頭皮を2mm四方使うので、人間の物やないと、あかんわけやけど、その『青年寄茸』を生やしているのが・・・」
会長は俺の頭に鏡をかざした。そこには座布団大の、青い年寄茸が生えていた。
「テレビを見てて『青年寄茸』を生やしとる人を、鏡を使うて探しとりましたら、人気俳優の不倫報道番組でしゃべるあんたの頭に生えとりました。ワシは何とか、あんたに連絡をしたかったんやが、その方法が分からんかった。どうしょうかと悩んどる時に、あんたの方から取材の申込みがあったんどすわ」
「つまり、僕の頭に生えている『青年寄茸』を、一部の頭皮と一緒に移植させて欲しいということですね。それならどうでしょう? この事を僕が報道する代わりに、会長にキノコをお分けするというのでは?」
しかし、会長はクビをふった。
「いや、年寄茸の事を報道したら世界中でパニックになりますやろ。こっちの条件としては、頭皮をほんのすこし分けてもらうのと引き換えに、あんたの命を守るという事どすな」
「き、脅迫ですか? 言うことを聞かないとこの場で血を吸うとか・・・」
しかし、会長は笑いながらこれを否定した。
「それも誤解どすな。あんたは『青年寄茸』が、どんなに危険なキノコなんか分かってはらへん。ええどすか? 『青年寄茸』が大きうなると肝硬変になりますんや! 十和田はんは近頃、肝臓の数値が極端に悪うなってまへんか?」
そういえば、この処γ-GTPが600近くにも跳ね上がって、医者からは入院を強く勧められていたのだった。
「あ、『青年寄茸』を弱らせることができるんですか?」
「できま。ウチの市販されていない『特別強力・不老丹』を服用されれば・・・」
俺は会長と取引する他なかった。
( おしまい )