天人様のところへ災難がやって来ました。
※本作は東方project二次創作作品です。
※独自設定を含みますが、それらは貴方の中の幻想郷を否定するものではありません。ご注意下さい。
※キャラ崩壊を含みます。ご注意下さい。
※十月四日は豊姫の日、及び天子の日です。
幻想郷の上空、二十八の天界の中で最上位に位置する『非想非非想天』。またの名を『有頂天』とも呼ばれる彼の地にて――
「やっほー、天子。地上の人里案内してくれる?」
「……だそうですよ、総領娘様」
自室の扉を開けるなり放たれた、"月の姫"綿月豊姫と"竜宮の使い"永江衣玖の言葉に、部屋の主――比那名居天子はうんざりと額に手を当てた。
「……色々と言いたい事はあるんだけれども、ぐっと飲み込んで理由を聞いてあげるからきっちり説明しなさい」
普段は奔放な天子ではあるが、それを上回る奔放さを発揮する豊姫と比較すれ
ば、常識人の部類に当たる。月の民がいきなりやって来た上に『地上を案内しろ』などと言われて、即座に首を縦に振る訳は無かった。
衣玖は『竜宮の使い』と言う妖怪であるが、この『竜宮』とはつまり月の都の事である。その衣玖を通じて、天子も綿月家と関わりを持っている。
本来であれば、月の民達は天人をも上回る高貴な存在である。が、それを気にして接し方を変える天子でも無ければ、それを気にして接し方を改めさせる豊姫でも無かった。
「うん。実は最近、サグメ様が地上に降りたのよ」
「サグメって、確か月の賢者?」
「そうそう。そのサグメ様からお土産話を聞いて、私も興味が湧いたのよ。だけど一人じゃつまんないし、案内役も欲しいかなって。それで、あなたに声を掛けた
の」
「……あんたねぇ……」
つまるところ、気まぐれな面倒事の種が笑顔を振りまいてやって来た、と言う事だ。出来る事なら回れ右して帰って欲しい、と言う本心をしかめっ面の上に乗せ、天子は続ける。
「だったら、"迷い竹林"に住んでるあんたの師匠なり元ペットの兎なりに頼めば良いじゃない。大体、依姫はどうしたの?」
地上にある"迷いの竹林"の奥には、元月の民と月の兎が住んでいる。正直、たまにしか地上に降りない天子よりも、彼女達の方が余程人里に詳しいだろう。
「いやだって。八意様達を頼って、そこから依姫に知られちゃうと困るじゃない。私がナイショでやって来たって事がバレちゃうわよ」
「…………一応聞いておくけど、あんた今日の本来の予定は?」
「サボタージュって来ました」
「自首しなさい。今ならまだ間に合うわ」
面倒事の種は、既に芽を伸ばしていたらしい。自身の側で花実が咲かれては堪ったものではないと、天子は慌てて止めに入る。
「まあまあ、総領娘様。こうなっては仕方ありません。毒を喰らわば皿まで、と言うじゃありませんか」
「そうよ、天子。一人殺るのも二人殺るのも一緒、とも言うしね」
「私はそれら言葉のどの辺りに説得されれば良いのかしら」
とことんマイペースな二人を前に、天子は頭を抱える。
「大丈夫よ、バレなきゃ。さあさあ、早く行きましょう」
「予定サボって月の都を抜け出しておいて、何故バレないと思えるの……。ああもうっ、分かったわよ。ただし、私は一切責任を取るつもり無いからね」
止める事は不可能と諦めた天子は、予防線の存在を明言しつつ、渋々承諾するのであった。
「へえ。地上の里って、こんな風なのね」
地上に降り立ち、人間の里へと足を踏み入れた豊姫は、辺りをぐるりと見渡しながら言った。
均された土の道を、活気と共に行き交う人々。街路沿いに立ち並ぶ、木造瓦葺きの民家。広場ではしゃぎ、駆け回る子供達の姿。
「なるほど、月ほど科学は発達してないけど、これはこれで風情があって良いじゃないの。穢れが多いのは何だけど」
「自分から来たんだから、それは我慢しなさいよ」
穢れとは、寿命をもたらすものだ。月の都は穢れが存在しないため、あらゆるものに寿命が無い――つまり、不老長寿が実現した世界なのである。
「では、豊姫様。何処から見て回りますか?」
衣玖が言った。
「何処から、って言われても分かんないから。あなた達に任せるわ」
「じゃあ適当に歩き回って、気になった場所が寄っていく、って事で。手始めに、そこのお店に入りましょう」
入り口に下げられた暖簾を指差し、天子は言った。
鈴奈庵。人間の里に存在する貸本屋である。本の貸し借りを行う事が出来るのはもちろん、本の売買、小規模ながら印刷・製本も行っている店である。
「……とまあ、そんな感じのお店です」
豊姫達を前に、鈴奈庵の一人娘、本居小鈴は言った。
「へえ、貸すだけじゃなくって、買う事も出来るんだ。ヴォイニッチ手稿の日本語版とか売ってる?」
「さらっと無茶振りしないで」
豊姫の言葉に、天子は言った。ちなみにヴォイニッチ手稿とは、イタリアで発見された"未知の言語"によって書かれた古文書である。
「すみません。それは現在貸し出し中でして……」
「あるんだ!?」
「私の"能力"を使えば、例え未知の言語であっても読む事は出来ますから、頑張って翻訳版を作りました。まあ内容は『インド人を右に』とか『ザンギュラのスーパーウリアッ上』とか、良く分からないものでしたけど……」
「勘なんだけど、それ多分ニセモノよ」
笑顔で説明をする小鈴に向かって、天子は言い切った。
「まあ、無いものは仕方ありません。店員さん、他におすすめの本があったら教えて下さいな」
「そうですね。今ある本でおすすめのものは……」
衣玖の言葉に、小鈴は本棚を探り始める。そして、数冊の本を取り出し、テーブルの上に並べていった。
「たとえばこれですね。『イケナイ女教師〜夜の保健体育・実技編〜』」
「真っ先に十八禁を勧められるとは思わなかったわ」
「じゃあ、これなんかどうです? 『第五の最終幻想』。迂闊に六十四ページ目を開くと、レベルが五の倍数の人がもれなく即死しちゃいますけど」
「リアルに人死にが出る商品を売らないで。あと、トラウマを抉られる人がいるかもしれないから気を付けて」
「では、こちら。『エニグマ』ってタイトルの、何処からともなく声が聞こえる本です」
「取り敢えず、奇妙でグレートな街の図書館に返却しておきなさい」
「科学の本はいかがです? 何故か水に溶けないはずの水素を、水に溶かして飲むと健康に良いと言う『水素水』とか、何故か火傷の患部を冷やさず温めると、治りが早くなるらしい『自然派ママ』の知恵とか、何故かサトウキビ由来の無害なうま味成分を、砂糖や塩を作るのと同じ手順で結晶化させると毒物に変貌するらしい
『化学調味料』への注意とか、中々にエキサイティングな内容ですよ」
「別の意味でエキサイティングな気配がするから止めなさい」
小鈴が推薦する本に、天子は律儀に突っ込みを入れていった。
「まあまあ。こちらの本棚にも、色々と面白そうな本が置いてますわよ」
「本当だ。どれどれ……」
豊姫が適当に選んだ一冊の本を手に取り、ぱらりと開く。
「あ、お客さん。それは……」
小鈴が言った直後、店内におぞましい声が響き渡った。地獄の底に住む悪魔が、その暴気を剥き出しにして叩き付けているかのような咆哮が、主に――と言うか全面的に、豊姫の開いた本の中から。
「あら。飛び出す絵本って奴かしら。面白いわね」
「気を付けて豊姫!? そこから今まさに飛び出さんとしている奴は、絶対外に解き放っちゃいけない類のクリーチャーだと思うから!!」
「総領娘様、人(?)を見た目で判断してはいけませんよ。こう見えても心優しい方なのかも知れません」
「心優しい方は、普通出て来るなり敵意全開の唸り声と共に、攻撃準備と思しき動作をしないのよ!?」
「あー、それ妖魔本ですね。世界を滅ぼす邪神が封印してあって、開くと出て来ます」
「ほら衣玖、やっぱり見た目通りの凶悪な奴だったよ!? そんな本、何で客の手の届くところに置くのよ!?」
「あらあら。この子、口を大きく開けたりして、何しようとしてるのかしら」
「喉の奥から妖しい紫色の光が漏れ出すに至って、なおも『この子』扱いなの豊
姫!? これ絶対、破壊光線吐き出す前触れだよね!?」
「それは困りますねー。お店が荒らされちゃいます」
「店員さん、あなたはもっと世界の存亡を心配して!?」
足音を響かせ迫り来る阿鼻叫喚の地獄絵図の予兆と、それら現実をのほほんとした笑顔で見つめる面子を前に、天子は世界を救うための、たった一人の絶望的な戦いを始めるのであった。
結局邪神は再封印され(豊姫から本を取り上げて閉じた)、事なきを得た。豊姫は本を何冊か購入し、鈴奈庵を後にした。
その後は、気の向くままに人里散策を行った。蕎麦屋で舌鼓を打ったり、団子屋で舌鼓を打ったり、甘味処で舌鼓を打ったり。地上の里の様子に、豊姫は満足気だった。
「いや〜、食べたわねぇ。満足満足」
「食べ過ぎよ……。人のお金だと思って……って、きゃあ!?」
天子が角を曲がろうとした時、一人の少女が飛び出して来た。突然の出来事に回避する事も出来ず、正面からぶつかり合った天子と少女は互いに体勢を崩し、お尻を強かに地面に打ち付ける羽目になる。
「いたたた……。何処見てるのよ」
「いったぁ……。ごめんなさい、急いでたものだから……ってあなた、何時ぞやの天人?」
立ち上がり、砂をはたき落としながら、少女――アリス・マーガトロイドは言った。
「そう言うあんたは、いつぞやの人形遣い」
「知り合いなの、天子?」
豊姫が尋ねる。
「一応ね。以前、弾幕ごっこした仲よ。……急いでるって、どうしたのよ」
「ちょっとね。これから里で人形劇をしようとしてるんだけど、劇で使う人形をいくつか、自宅に忘れて来ちゃったみたいなの」
「あら。それは大変ですね」
アリスの言葉に、衣玖は相槌を打つ。
「急いで取りに帰れば、何とか間に合うと思って。……そう言う訳だから、これ
で」
アリスはそのまま立ち去ろうとしたが、
「待って。今すぐ自宅に帰りたいの?」
背中越しに豊姫が声を掛けた。
「ええ、そうよ」
「ふっふっふ。これは私の"能力"の出番ね」
「能力?」
アリスが首を傾げる。
「そう。私の『海と山を繋ぐ程度の能力』を使えば、あなたの家まで一瞬で移動出来るわ」
「つまり、ワープ能力って事かしら?」
「その通りよ」
豊姫が頷く。
「いやでも、豊姫。あんた、こいつの自宅の場所なんて知らないでしょ。どうするつもりなのよ?」
「ふふん、月の科学を舐めないでね。あらかじめ、私の携帯端末に幻想郷の地図データを登録しておいたわ。どの辺りかを教えてもらえれば大丈夫よ」
そう言って豊姫が携帯端末を取り出し、アリスの眼前にずいっと突き付けた。
「さあ、何処に連れて行けば良いか教えなさい」
「月の科学? ……まあ、余計な詮索はしないでおくわ、面倒だし。取り敢えず、迷いの森まで連れて行ってくれれば良いわよ」
アリスは言った。
「OK、だいたいこの辺りね。……じゃ、行くわよー!」
豊姫がそう言った瞬間、周囲の景色が変貌した。
先程まで街路を行き交っていた人々の姿も、建物も全て何処かに消え去り、代わりに全く別の風景が眼前に広がっていた。
「凄い……。ここって――」
アリスが呟く。
遥か彼方、地平線の向こうまで続く荒野。風に巻かれて流れゆく砂埃。倒壊し、歪なオブジェと化した建物群。
モヒカンヘッドやトゲ付き肩パッドの方々が辺りを闊歩し、手に火炎放射器を持って「汚物は消毒だ〜!!」だのと叫んでいた。
そう。ここは間違い無く――
「――何をどう考えても魔法の森じゃないわよね!?」
幻想郷では断じてあり得ない風景の数々を前に、アリスは叫んだ。
「あ、ごめん。ちょっと緯度ミスっちゃった」
「この有様は絶対に緯度経度の問題じゃないわよ豊姫!?」
「まあ、『弘法も筆の誤り』と言いますしね。仕方ありません」
「いや衣玖!? 弘法大師は『応』の一文字は間違えても、時空間レベルの間違いは犯さないと思うわ!?」
胸に七つの傷を負った拳法使いが救世主でもやっていそうな風景を、些細な手違い程度にしか受け取らない二人を前に、天子は心のハリセンを全力で振り下ろし
た。
「じゃあ、改めまして。行くわよー!」
豊姫が言うと、再び周囲の景色が変わる。
「……良かった。今度こそ魔法の森だわ……」
へなりと肩を落としながら、アリスは言った。
「えへん。お姉ちゃんは出来る子なのです」
「果てしなく疑問符は付くけど、まあ良いわ……」
胸を大きく張ってドヤ顔を浮かべる豊姫に、天子は溜め息混じりに言った。
「取り敢えず、ありがとう。これなら余裕で間に合うわ」
そう言ってアリスは、森の中へと駆け出して行った。
その後、折角だからと言う事で、アリスの人形劇を鑑賞して行った。
アリスの操る人形たるや、時に繊細に、時に躍動的に、さながら意思を持っているかのような動きを見せる。アリスの軽妙洒脱な語り口も相まって、集まった観客達を心底から楽しませる、実に見事な劇であった。
「今日は助かったわ。これはほんのお礼よ。機会があれば、また見てね」
劇終了後、アリスはいくつか手作り人形を豊姫に手渡し、立ち去って行った。
そして、西の空が茜色に染まり始めた頃――
「いや〜、楽しかった楽しかった。今日はありがとうね、天子に衣玖」
ほくほくとした上機嫌な笑顔を向け、豊姫は言った。
「そりゃどうも。……ま、こっちも暇潰しにはなったかな」
「素直じゃありませんこと」
そっけない風を装った天子の言葉に、衣玖はくすりと笑う。
「穢ればっかりだし、科学力も月に比べて全然だけど、案外楽しく暮らせるのかもね、地上って」
「じゃあ、あんたも地上で暮らしてみる?」
「それは勘弁。月だって楽しいし」
そう言って、豊姫は舌を出す。
「では、そろそろ帰りましょうか」
「そうね。……また来ちゃおうかな」
こっそりと悪戯っぽい笑みを浮かべ、豊姫は呟いた。
――天界、天子の自室にて。
「……何か弁明はありますか、お姉様?」
豊姫を床に正座させながら、妹の綿月依姫は言った。額でぴくぴくと動く青筋を見、腹の底で煮えたぎるものを強いて押し殺したような声色を聞けば、彼女の胸中でいかなる感情が渦巻いているか。何ら事情を知らない第三者が見たとしても、容易に察する事が出来るであろう様相であった。
「ついカッとなってやった。今は反省した振りをしている」
「……つまり弁明の余地無し、と」
それでも相変わらずのマイペースを貫く豊姫に、依姫は額の青筋の数を一つ追加する。
「全く、お姉様は気まぐれが過ぎます。天子と衣玖もです。お姉様が天界に来た時点で止めて下さい」
「申し訳ありません、依姫様。私は当然の責任として率先して止めようとしたのですけれども、二人分の荒ぶる権力の手前、ろくに抗する事も叶わず……。全て、私の不手際です」
「責任逃れの気配が全然隠れてないわよ、衣玖……」
しゃあしゃあと言い切る衣玖を半眼で眺めながら、天子はぼやく。
「あ、そうだ依姫。あなたにお土産あるわよ」
「この流れからお土産の話ですか」
依姫の言葉を聞いているのかいないのか、豊姫は妹へのお土産を絨毯の上へと並べていった。
『イケナイ女教師〜夜の保健体育・実技編〜』
『妖魔本(in邪神)』
『団子(お持ち帰り)』
『藁人形(アリス謹製)』
「………………」
「依っちゃんの喜ぶ顔を想い浮かべながら選びました」
「この中に人に渡すお土産として、どう考えてもおかしいものが四つ中三つありますけど、それがどれか分かりますか!?」
自身に渡された土産品の数々を前に、依姫は遂に叫び声を上げる。顔が紅潮しているのは、単に怒りだけが原因と言う訳ではない様子であった。
「落ち着いて下さい、依っちゃ……依っちゃん様。団子がお嫌いでしたら、私達が責任を持って食べますから……」
「言い直そうとしたけどまあ良いか、みたいな感じで直さなかったわよこの竜宮の使い!? そして真っ先にまともなお土産が排除された!?」
「これなんか、面白いわよ。開くとほら」
「お姉様!? 本の中から世界を滅ぼしそうな禍々しい面構えのクリーチャーが、今まさに飛び出さんとしてますけど!?」
「よりにもよって私の部屋の中で開かないで豊姫!?」
何ら危機感を感じさせない動作によって妖魔本は開かれ、咆哮と共に邪神が姿を覗かせる。心休まるはずの自室が瞬間的に修羅場の渦中へと変貌し、天子は悲鳴を上げる。
「ちゃんと世話するから。この子、飼って良いでしょ?」
「天子!? 何かこのクリーチャー、口だけでなく背中や尻尾からも破壊光線出しそうな雰囲気なのですが!?」
「遂に片足が出て来た!? 依姫、何が何でも豊姫から本を取り上げて!!」
無邪気に開け放たれた地獄の釜から、破滅が形を成して雄叫びを上げる。
悲壮なる決意を胸裏に抱き、天子と依姫、二人の少女の世界を救うための戦いが幕を開けるのであった。