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王道勇者。

「王様、これはいかがなものかと思うのだが」


 そう勇者様はおっしゃいます。

確かに当然でしょう。

魔王を退治してこいとの呼び出しに応じてみれば、『こんぼう』と腰蓑(こしみの)…ちがった、『ぬののふく』と100Gを渡されただけなのですから。

装備品がひらがななのが、まぁなんというか、ただならぬ性能を(かも)し出しています。

正確に言えば、 《不壊》 の能力です。

ぶっちゃければ、壊れませんというだけの話ですが。

更に言えば、武器屋でカスタマイズ出来ません。 《不壊》 ですから、改造なんて受け付けるはずがないのです。

つまり何時までも初期攻撃能力。さっさと買い換えろと言うことでしょうか。


 ちなみに城下町で売っている一番良い装備は『てつのけん』で5000G。

一番安い武器は『どうのけん』500G。

なお王様の側にいる兵士の装備は『鋼の剣』『鋼の鎧』『かっこいいサーコート』『蒸れないブーツ』です。

どう考えても、そこらに群がっている兵士の1人を剥いて、持ち物交換をした方がいいでしょう。

あと、消臭剤を付けて。


 しかし王様は、うむうむと何もかも判っているという表情で答えます。


「この世界にチートはない。王道であろうが」


 がっくり膝を突く勇者。

その通りです。これが物語のテンプレの正しい姿です。

ちなみにおカネ(マネー)の単位はGですが、ゴールドすなわち金ではありません。

銀貨(GINKA)でもありません。

ただのGです。

一説によると、『G』なる凶悪生物を一撃必殺で倒した昔の武芸者が使っていた投げ銭が起源とも云われています。

まぁそんな曰く付きの単位を誰も使いたくないため、国家機密に指定されてますが。

つまりは、Gという単位の銅貨銭です。

それなりに大きく、重量があります。台所に湧く虫なら一撃必殺くらいの固まりと思えば間違いありません。

何故こんな例えなのかは、国家機密なので言えませんが。


「ちょっと待てよ」


 はっと気が付いた勇者様は、己のステータスをチェックしました。

この世界に他人のステータスを見られるものはありません。スキルでも道具でも。

古き良き時代の王道ですから。


「(…………)」


 勇者様、しばし絶句しました。

レベルは1。ステータスもそれに準じており、けして強いとは言えません。

王様の周りにいる兵士どころか、王様自身どころか、もしかしたら王女様やメイドさんにすらガチで負けかねない数字です。


「どうした勇者よ。経験を積み、強くなれば良いだけではないか」


 なにもかも判っているという表情をして、王様が声を掛けます。

それに勇者様が絞り出すような声を発しました。


「いえ、俺、こんなステータスどころか経験値ゼロで、よく王様の城まで来れたなぁって」


 この世界に称号システムが無くて良かったです。

もしあったら、『逃亡勇者』とか、『逃げ足最高』とか、『チキンハート』などなど、旅立ちをマイナスにしかねないものを背負ってスタートしかねなかったからです。


「ま、まぁ、がんばれ」


 流石に気の毒に思ったのか、王様が励まします。


「はい、では、行って参ります」


 肩を落とし、とぼとぼと謁見の間を出られる勇者様。



 ……ところで王道ものって、スライム強いですよね。

物理無効とか、酸攻撃とか、不意打ち上等とか。

勇者様、レベル1の『こんぼう』『ぬののふく』で大丈夫でしょうか?


 ま、まぁ、王様は復活魔法を使えますし、所持金半減も0Gなら0Gで何も減りません。

『こんぼう』も『ぬののふく』も 《不壊》 装備ですので、いくら戦ってもすり減ることなく、メンテナンス不要です。

スライムの酸攻撃にだって、壊れることはありません。

まぁ、相手にもダメージが入らない以上、千日手なんですけどね。

あ、いえ、勇者様にはダメージが入りますから、負け確定の戦いですね。

勇者様は王道を歩まなければなりませんので、『にげる』コマンドは自己封印です。

泣けてきますね。スライムとエンカウントしないことを祈りましょう。


 とはいえ、死に戻りの最大のメリットは、プレイヤースキルの蓄積。

こればかりは消えません。死ねば死ぬほど強くなるのです。

実体験するとなると、とーってもいやーなスキルですけどね。


 さぁ頑張れ勇者様。

王道の王道たる王道を見せつけるのです。

くじけない心があれば、きっと大丈夫でしょう。


 まずは城下町で、所持金が無くなるまで買い物です。

アイテムは使わなければ、復活の時に徴収されませんから。

…最初から死に戻り全開の覚悟ですね。


 さぁ、勇者が街を出ます…出ます?…出ません。

辺りをしっかり確認した後、(かが)んで両手と片膝を地面に付けます。陸上でよくやる、スタート時のクラウチングとかいった姿勢ですね。詳しいことは知りませんが。

ぐっと全身、特に足首に力を込め、一気にダッシュです。

 おお成程。先程の周囲確認は、スライムの索敵でしたか。

素晴らしいスタートダッシュと、あらかじめ大きく弧を描く位置取りで、王都周辺のスライムを見事にかわしていきます。

エンカウントしなければ戦いにならず、『にげる』コマンド自己封印もなんらマイナスにはなりません。

さすがです勇者様、見事な頭脳プレイです。やはり王道は、こうでなくちゃなりませんね!


 城下町には、勇者様の雄叫びが、ドップラー効果で残されていきました。


「スライムよりも倒しやすい、物理めちゃ弱の魔物は何処だ~~~~~~~ぁぁぁぁっぁ~~~~~~~ぁっ!」


 その後の勇者様の活躍は、まぁなんというか、大変だったようです。

王道、ですので。


 罠を仕掛ける? 勇者様が? そんなのダメダメ。


 NAISEIで資金を稼ぐ? 勇者様が? そんなのムリムリ。


 他人の家からタンスを開けて? それは泥棒です。 そんなの勇者様のする行いじゃありません。


 返事のない屍を探る? そんな死者を(はずかし)めるような真似は許されません。 丁寧に埋葬されました。

もちろん遺品は苦労して遺族の元へお届けに行かれました。あ、これお使いイベントというやつですね。

なにやら勇者様が涙を流されているようです。きっと遺体や遺族のことを思ってのことでしょう。

絶対に自分の境遇が惨めになったわけではないはずです。装備品付きで王様の元へ死に戻…復活出来るのですから。


 こうして運良く王都周辺の魔のスライム地帯を脱出出来たときに出会った魔物を倒しては死に戻り、経験値を少しずつ貯めて勇者様は徐々に強くなられていきました。

ちなみに『ぬののふく』は 《不壊》 品ですので、いつまで経っても腰蓑(こしみの)になんてなりません。

良かったですね、原始人度が上がらなくて。ステータスのパラメータにはありませんが、隠し数値というやつには油断なりませんから。


 こうしてアイテムを貯めて死に戻り、売却金額がほしい物の購入金額に達したところで一気売りして装備品更新をされた時の勇者様の喜びようは、王都でも話題になるほどでした。

泣き笑いのしわくちゃな表情でぼろぼろと大粒の涙を振りまき、怪しすぎて仕方のないダンスを大通りで踊ったのですから。

ちなみに通報を受けて出動した王都警備隊は、何も見ない振りをしてあげました。

勇者様の頑張りを知っているからです。

あと、自分たちの月給とか装備品とか、その他色々に思うところがありましたので。


 こうして王道を歩み続ける勇者様は、確実に強くなっていかれています。

どこぞの棚ぼた召喚者とは違われるのです。

きっと華麗に王道的に、魔王を倒されることでしょう。


 また、勇者様はいくら宿屋で眠っても、野外で昼夜を過ごされても、決して日付が進むことがありません。

『お』・『う』・『ど』・『う』ですから。ですから。

けっして、勇者様の成長速度が遅いというわけではありません。

王道を進むが故に、ずるいショートカットなるものをされないだけです。


 さて、そろそろ勇者様は、船を手に入れられた頃でしょうか。

祖父が王国艦隊がどうのこうのと言っておられましたが、勇者様は提督ではありませんので、軍船を指揮する権限など持っておられないのです。

王様も下手に軍事官僚に横やりを入れて軋轢(あつれき)を生んだり、ましてや航行時の経費を請求するわけにも参りませんからね。

 それに下手に艦長とかに任命しちゃうとなると、勇者様の地位や立場が曖昧になってしまいますからね。

それに艦長資格とかいうものを手に入れるまでのあれこれを計算するとなると、触れない話題にした方がいいようですから。

海軍もポストが1つ減るのは嫌でしょうし。




 さて、この記録を継ぐ子や孫たちよ。

しかと記録なさい。勇者様が王道を歩む様を。

取り敢えず私は、勇者様がどのように船を動かすのかを見てきます。

戻らなかった場合は、この記録を継ぎ、完成まで一族で頑張るのですよ。

そう、私が祖父や父たちから、この記録を受け継いだように。


 …私の予想ですと、死に戻りや常に財布がカラの事から考えて、船員を雇わずに単独でなんでもやっちゃいそうな気がしていますが。

まぁそれも、たぶん、勇者としての必要なスキルなのでしょう、ええきっと、そうです、そうに違いありません。


 あぁそれにしても、王様は何故王都に酒場を作らなかったのか、今判りました。

王様が復活出来るのは勇者だけ。仲間は教会でお布施を払って復活させねばなりません。

勇者様に金銭管理の負担を強いるくらいなら、単独行動させた方がまだ正気…おっと、王道を歩めると判断なされたからでしょう。


 こうして記録を続けているからこそ、見えてくるもの、判ってくるものがあるのですね。

王道を歩み続ける勇者様に、(さち)あらん事を…



おしまい(勇者の旅は続く…)

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